ずっと真夜中でいいのに。『Dear. Mr「F」』歌詞の意味を考察・解釈

追いかけて みたけれど
目を見開いて 逃げていった
緑色 囲まれた
この空間から はみ出したら負けだ
あの風車の 下でさ
待ち合わせしよって 約束した
僕の足音 だけが虚しく リズムをとってた

暗い 幽い 森の中
取り残された感覚 思い出した
きみ無しじゃ 生きていけないって
依存しそう で厄介さ

もう駄目だ もし触れたら
消えて無くなるんでしょ 真っ白に
だめだ もう僕をさ
見つけないでくれよ お願いだよ

そもそも 住む世界が違うな
会いたいよ 迷惑かな
間違えた ふりして笑おう
どうにもならない
きみが 空気が 僕のパワーが
消えないことは もう 知ってるよ

ずれても 気付かないまま
輪の中 軽やかな壁が見えた
空気は 読み書きできずに
吸って吐いて 返した
居場所を決めたせいで
凹んで 嵌まって 抜け出せなくなった
無限にある時間はいらない きみが 欲しいなら

もう冷めた きみどころじゃないくらい
時間に 追われたい
醒めた もう僕をさ
突き放してくれよ お願いだよ

そもそも 住む世界が違うな
冗談だよ 口癖の
間違えた ふりして笑おう
どうにもならない
きみが 空気が 僕のパワーが
消えないことは もう 知ってるよ

あぁ、なんか わからなくなりました
自分って誰 あれ 何故なれないの
降らす 張っ苦 胸が堕悪
強がり 群がり 口走り 空回り
僕なりに演じてるよ
ひとりぼっちが叫んでるよ
ねえ 気付いてた 知らなかったよ
どこに居ても 答えなど無いな

今更
ふれた温度 覚えてる
思い出して 臆病になって
それだけを ただ 繰り返したくて
どうにもならない
きみが 狂気な 僕のパワーが
消えないことは もう 知ってるよ

住む世界が違えば
会えないの? 何処に居ても
伝えられたら 変わったかな
ひとりで平気だけど 太陽はあかるいけど
きみの足跡は 消えないよ

はじめに

大人気アーティストずっと真夜中でいいのに。(以下ずとまよと表記)の
新曲『 Dear Mr「F」』が2019年10月29日にネット上でプレミア公開されまし
た。

同年10月30日にリリースされる1st full ALBUM『潜潜話』に収録されていま
す。
動画再生回数は本日公開から僅か5分で1万を超える人気ぶりを見せていました。

同楽曲は東名阪ツアー「1st LIVE~まだまだ偽りでありんす。~」にて披露され
多くのファンを感動させ強いインパクトを残しました。
その後も話題になり続け、タイトル「F」の正体や歌詞全体の世界観について論
じられてきました。

曲調はピアノ中心にローテンポでゆったりと進行するバラードとなっています。
撃ちつけるような強烈な演奏と静かに奏でられる部分のメリハリが、物語に躍動
感を与えていました。

MVの内容はどのようなものになっているのでしょうか。
歌詞にも登場しますが、今作の舞台となる深い森が描かれていました。
森の中で一人の人物が明るく輝く街並みを眺めています。
それは人ではなにか、怪物と呼ぶには可愛い姿をした生き物でした。

顏には手術の後があり欠損している部分もあります。
本考察ではこの生き物のことを「彼」と表現することにします。
彼はある時、一人の少女と出会います。
彼女の身体には光り輝く大きな矢が突き刺さっていました。

物語の進行と共に彼と彼女の関係性は深まっていきそして最後には。。

上記の点から今作は住む世界や立場が違う者同士の恋愛を題材としているように
筆者は感じました。

タイトル『Dear Mr「F」』とは

タイトルの「Dear Mr」とは「親愛なる私の」という意味です。
「F」は歌詞やMVの情景から考えて「Frankenstein(フランケンシュタイン」
であると解釈しました。

メアリー・シェリーのゴシック小説『フランケンシュタイン』とその登場人物
であるヴィクター・フランケンシュタインから取られているように思います。

細かなストーリーは省略しますが、彼は生命の謎を解き明かし自在に操ろうとい
う野心にとりつかれ「理想の人間」の設計図を完成させました。
しかし自分の予想を大きく裏切る仕方で「怪物」が生み出されてしまいました。
その怪物の顔はつぎはぎだらけで醜い形相でした。

MVで筆者が「彼」と表現した生き物の顔にも手術の痕跡がありましたね。
そして映画「フランケンシュタイン」においても多くのシーンで深い森が登場
してきたことを思い出します。

注目したいのはタイトルがフランケンを愛した人物の気持ちを表現している点で
す。

原作でも、怪物が自分を生み出したフランケンを追い求めていました。
当初は怒りや憎しみなどの動機ではなく感謝や親しみという良い動機がありまし
た。

歌詞全体や世界観からタイトル「フランケン」は文字通りではなく比喩的な意味
で用いられているのだと解釈しました。
つまり「自分とは姿カタチも大きく異なる人物」ということです。
そのような人を好きになり強烈な愛した人を表現しているのでしょう。

MVで少女の体に矢が刺さっている点から筆者は次の点も考えました。
「フランケンシュタイン」 という言葉は次の意味を持つ慣用句となっています。

自ら創造したものに滅ぼされる者
自ら撒いてしまった呪い(または災い)の種

自ら生み出してしまった恋のせいで身を滅ぼす、呪いのように全身
に恋煩いがまとわりつく
という側面もあるのだと考えました。

続く部分から細かな点に触れ意味や心情を汲み取っていきましょう。

『 Dear Mr「F」』歌詞の意味

擦れ違い感じた追走

追いかけて みたけれど
目を見開いて 逃げていった
緑色 囲まれた
この空間から はみ出したら負けだ
あの風車の 下でさ
待ち合わせしよって 約束した
僕の足音 だけが虚しく リズムをとってた

暗い 幽い 森の中
取り残された感覚 思い出した
きみ無しじゃ 生きていけないって
依存しそう で厄介さ

歌詞で「僕」と表現されている人物は筆者が「彼」とした怪物なのだと
思います。
原作「フランケンシュタイン」での「怪物」に該当するのでしょう。

生みの親であるフランケンと出会っても自分の望む仕方で接してもらえず
寂しさや孤独、そして怒りや憎しみまで感じます。
今作の怪物は出会った少女に対して怒りや憎しみを感じてはいないでしょう。
それでも容姿や立場の違う彼女を見て実らない恋愛に苛立ったかもしれません。

上記の気持ちを「僕の足音 だけが虚しく リズムをとってた」というフレーズが
忠実に表現していると感じました。
どれだけ彼女を好きになっても一人芝居、決して彼女と同じ時を刻めないのだと
怪物は考えたかもしれません。

MVでは自室の隅で押さえられない涙を流していました。
それでも窓から輝く光を眺めていたのは、諦めきれない気持ちや思いを彼が持っ
ていたことを描写していると解釈しました。

迷惑とわかっていても

そもそも 住む世界が違うな
会いたいよ 迷惑かな
間違えた ふりして笑おう
どうにもならない
きみが 空気が 僕のパワーが
消えないことは もう 知ってるよ

怪物にはいつでも「住む世界が違う」という気持ちがありました。
恋愛している人の中にもこうした点が脳裏に浮かぶことがありますね。
特に人気のある人、大勢の人にいつも囲まれている人や何かの能力に
秀でている人
に対してそのように感じます。

そうした人に自分が会うことは「迷惑」だとも考えるようになるでしょう。
この考え方から自信のなさを読み取ることもできます。

それでも「きみ」で表現される少女が生きて行く上での「パワー」であることも
認めています。
歌詞にもあるようにそれが自分の中から「消えない」ことも理解しているのです。

ですから実らない恋は気持ちを時に抉り、痛めつけ動揺させるのでしょう。

深い森の遭難者―自分を見失う

あぁ、なんか わからなくなりました
自分って誰 あれ 何故なれないの
降らす 張っ苦 胸が堕悪
強がり 群がり 口走り 空回り
僕なりに演じてるよ
ひとりぼっちが叫んでるよ
ねえ 気付いてた 知らなかったよ
どこに居ても 答えなど無いな

実らない恋をした怪物は自分がわからなくなったようです。
「自分って誰」という表現は文字通り自分のことを知らない、または
自分の価値や存在意義がわからなくなった
ことを示唆しているように
思えます。

「なれないの」という表現から「理想の自分になれないの」という彼の
悔しさを理解できます。
「降らす 張っ苦 胸が堕悪」とは胸を苦しめ張りつめさせる要因が雨の如く
降ってくる状況
を表現しているのでしょう。

「堕悪」はダークと呼んで彼の胸の内が暗い状態を表現していると思います。

「強がり 群がり 口走り 空回り」はすべて自分らしくないことを示唆して
いるように思えます。
続く歌詞の「僕なりに演じてるよ」という表現がそれを裏付けており、彼
がそうした演技で実らない恋の孤独を紛らわせていると理解できます。

気づけば深い森の中で彼は迷い自分を見失っていました。

姿消えても足跡消えず

住む世界が違えば
会えないの? 何処に居ても
伝えられたら 変わったかな
ひとりで平気だけど 太陽はあかるいけど
きみの足跡は 消えないよ

MVの最後に怪物が少女の身体から「矢」を抜き取るシーンがあります。
抜き取った後に怪物は姿を消してしまいます。

これは実らない恋と知った人が好きな人のもとを去ることを描写している
ように感じます。
そうすることで相手が自分の事で思い悩むことから解放されるという点も
伝えていたのだと考えられます。

その点は彼女から矢が取り除かれたと同時に羽が生えたことからも理解で
きます。
自由にどこでも行ける状態を暗示していると考えました。

MVの中盤ではお互いに触れ合い少女から怪物を求めているようなシーンも
ありました。
ですから彼女も彼を思い、そして立場や状況の違いに苦悩したことでしょう。

彼女が最後に天を見上げたのは彼が天国のような遠い場所に行ったということ
を表現しているのかもしれません。
それでも彼も彼女も、お互いの姿が見えなくなっても実らない恋の日々という
足跡が残り続ける
と信じていたのでしょう。。

まとめ

いかがだったでしょうか。
立場や状況が異なる、あるいは容姿や能力の差異に圧倒され実らない恋だと感じ
る人の心情がリアルに表現されていましたね。

今回の考察はあくまでも原作に照らし合わせた一つの説です。
歌詞の僕ときみを逆転させて考えることもできるでしょう。
考察が多岐に渡るということはそれだけ楽曲の世界観が広いのだと筆者は思いま
す。

余談ですが、幼い頃に映画「フランケンシュタイン」を一人で見て恐怖と感動を
同時に覚えました(終盤の女性が怪物になるシーンが、、、)

ACAねさんの透き通るような歌声、特に自分がわからなくなったシーンの歌い方
が独特で大好きです。
泣きそうに、全身の力が抜けてしまったような様子が伝わってきました。

「1か月にいったい何曲MV公開するの!?」と期待と心配で胸を膨らめていま
す(倒れないか心配)
体調に気を付けて今後とも元気に活動して欲しいと願っております。
素敵な作品をありがとうございました。

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