ゆず『花咲ク街』歌詞の意味を考察・解釈

咲くLa lala ハナヒラリ 
春よ来い 早くこい 君を連れて
咲くLa lala ハラリララ
巡る季節また広がる 満開の笑み

パッと蕾は開くよ 
ハニカム笑顔みたい
きっと誰のこころも 
花開く日は来るんだ

一つだけの影法師 
遠く聞こえる笑い声
「消えてしまいたい」
「なに言ってるんだよ」
両手広げ いつも待ってる

花咲ク街で 会えるから
春よ来い 早く来い 君を連れて
悲しみやがて 雪解けて
巡る季節また広がる 満開の笑み

あっという間 消える夏花火
慣れない浴衣 夢はうたかた
願うこのまま ありのまま 
されど時はいつも過ぎゆくまま
秋の夜長 旅の道すがら 
耳を済ませば虫の音(ね)響く
積もる雪 募る想い 並ぶ足跡 春夏秋冬

2つ並ぶ合せ鏡 
互いの心映し出す
「なにも見たくない」
「気が向いたときでいいよ」
年中無休で いつだって開いてる

離れていても 届くから
風薫る 空に舞う 君の唄が
高鳴る胸は焦がれてる
遥かなる未来へ開け

花咲ク街を 歩いてる
春が来た やっと来た 君の元へ
喜び芽吹き 色づけば
木漏れ日の中振り返る 桃色の頬
巡る季節また広がる 満開の笑み

歌詞考察の前に

今回は人気アーティストであるゆずの楽曲『花咲ク街』を考察していきたいと思います。

今作から筆者が特に感じた点は以下の通りです。

遠い地で大切な人を見守る

味わいと深みある優しさ

上記の点について曲紹介と共にお話していきたいと思います。

『花咲ク街』 MVは2020年3月4日にネット上で公開されました。
動画再生回数は公開から1週間で20万を超える人気ナンバーとなりました。
同日リリースされた NEW ALBUM『YUZUTOWN』の収録曲です。

もとより同年2月26日に先行配信された時点でかなりの人気を得ていた今作は、誰からも愛されるようなメロディーで構成されています。

伊藤園「お~いお茶」CMソングとして起用されており、笛や琴などの和楽器を中心に深みある曲作りが意識されています。
奏でられるメロディーから人間味と人間の内面にある深い優しさを筆者は感じました。

MVにも注目してみましょう。

今作MVは米津玄師さんやあいみょんさんなど有名アーティストの映像作品を手掛けてきた林響太朗氏が監督しています。

移り変わる季節をバックにゆずの2人の熱いパフォーマンスが繰り広げられます。
全身に染み渡るような歌声のハーモニーと優しさと力強さを兼ね備えたギターが聴き手を感動へと誘います。

背景の季節は春から夏、秋、冬へと移り変わり自然のさまざまな表情を伝えてくれました。
歌詞でも四季のそれぞれの良い点に触れています。
同時に遠くに感じる春と大切な人を待ち焦がれる人物像も浮かんできます。

ですから冒頭で述べたように今回は「 遠い地で大切な人を見守る 」主人公味わいと深みある優しさを中心に歌詞を考察していこうと考えました。

それではさっそく気になるタイトルや歌詞全体に注目していきましょう。

タイトル『花咲ク街』とは

タイトルは文字通り「花が咲く」ことと比喩的な意味で「笑顔が咲く」ことを示しているようです。

種を蒔いて待っていれば必ず花が咲くように、待っていれば大切な人は必ずやってくるという願いの強さも歌詞から読み取ることができます

そのような素敵な待ちに自分はいるということを主人公は認識しているように感じます。
また聴き手にも同じように感じてもらいたい、大切な人との再会をいつまでも信じて欲しいという応援の気持ちが歌詞には表れています。

タイトルは大切な人を信じて待つ希望に満ち溢れた街を示唆していると解釈できます。

『花咲ク街』歌詞の意味

花と笑顔咲く

咲くLa lala ハナヒラリ 
春よ来い 早くこい 君を連れて
咲くLa lala ハラリララ
巡る季節また広がる 満開の笑み

パッと蕾は開くよ 
ハニカム笑顔みたい
きっと誰のこころも 
花開く日は来るんだ

今回は一人の男性主人公を主軸に考察を進めていきたいと思います。

歌詞冒頭では彼が「春」と大切な人である「君」を待ち焦がれている様子が綴られています。

「咲くLa」とは春の花である「桜」を表現しているようにも思えます。
「ヒラリ」や「ハラリ」という優しい擬音が春と大切な人の訪れがすぐそこまで迫っていることを巧みに伝えていますね。

続く部分では「蕾が開く」ことと「笑顔」が例証を用いて結び付けられています。

「誰のこころも」という部分は「君」以外も対象としている表現です。
第三者に注目させた意味としては「笑顔」の及ぼす範囲と力がいかに広く大きいかを伝えるためだと解釈しました。

蕾のように表情や心を固く閉ざした人でも春と人間が持つ味わい深さで笑顔にできるということでしょう。

消えそうな影

一つだけの影法師 
遠く聞こえる笑い声
「消えてしまいたい」
「なに言ってるんだよ」
両手広げ いつも待ってる

この部分は1つの解釈としてゆずの2人からファンへの激励だと筆者は解釈しました。
「一つだけの影法師」とは1人孤独に佇んでいる人から伸びる影のことでしょう。

その人と「遠く聞こえる笑い声」が対比されています。
さらに「消えてしまいたい」という台詞を口にしていますからよほど思いつめた状況にあることを理解できます。

気持ちが不安定であったり孤独を感じていると、どこからか聞こえる笑い声を羨ましく感じたり自分の存在価値を考えるようになるかもしれません。

そんなときに歌詞は「なに言ってるんだよ」とゆずの2人が激励し、両手を広げて受け入れ態勢万全で迎え入れている場面を想像しました。

もう1つの解釈としては主人公と大切な人との会話です。

筆者が考えるに「消えてしまいたい」と述べているのが大切な人であり「なに言ってるんだよ」と述べているのが主人公だと解釈しました。
これは主人公が待つ側であることを考慮した上での仮定です。

そう考えると彼が包容力のある性格であることを理解できます。
消極的なことを口にしてしまった時に余裕ある対応してくれる男性って魅力ですよね(頑張ります 笑)

悲嘆は雪解けと共に

花咲ク街で 会えるから
春よ来い 早く来い 君を連れて
悲しみやがて 雪解けて
巡る季節また広がる 満開の笑み

サビでは主人公が大切な人との再会をどれほど期待しているかが綴られています。

歌詞を熟考すると「花咲ク街」大切な人と再会する希望と喜びに溢れた街と言えます。
彼はそこで「春」と大切な人が来るのを今か今かと首を長くして待っています。

続く部分では「悲しみ」が無くなることを「雪解け」と表現しています。
冬の間に凝り固まった悲嘆でも春の暖かさのような人を目の前にするとそれは解けて無くなってしまうのです。

春がやってくると花はMVのように満開に咲き乱れます。
同様に大切な人を前にした主人公も満開の笑みを浮かべます。
人間味ある自然な反応であり人は無情の喜びを心のうちに隠すことができません。

大切な人と共に四季巡り

あっという間 消える夏花火
慣れない浴衣 夢はうたかた
願うこのまま ありのまま 
されど時はいつも過ぎゆくまま
秋の夜長 旅の道すがら 
耳を済ませば虫の音(ね)響く
積もる雪 募る想い 並ぶ足跡 春夏秋冬

ここでは主人公と大切な人との想い出が回想されています。

夏の風物詩である「花火」は刹那の時を感じさせます。
「あっという間」に感じる出来事をたくさん経験しながらも2人の関係性が「このまま ありのまま」ずっと続くことを願っているのです。

同時に誰にも阻むことのできない時間経過を肌で感じ、身をゆだねるしかできないやるせなさも綴られています。

続く部分では「秋の情緒」を感じさせる歌詞が綴られています。
「夜長」と「虫の音」は共に安心感や安らぎをもたらしたことでしょう。
主人公は大切な人と過ごすこの季節により一層の癒しを感じていたに違いありません。

最後に冬の思い出についても綴られています。
「並ぶ足跡」とは主人公と大切な人とが雪道を共に歩いたことを示唆しているのでしょう。

彼は降り積もる雪のように大切な人への思いを募らせていきます。
きっとこの回想から長い間、大切な人と会っていないのかもしれません。
ですから会えない時間の分だけ思う気持ちが強くなっていったのでしょう。

もう一度、大切な人と季節を一緒に巡りたいと心から切望したに違いありません。

寛容―深みある優しさ

2つ並ぶ合せ鏡 
互いの心映し出す
「なにも見たくない」
「気が向いたときでいいよ」
年中無休で いつだって開いてる

この部分は主人公と大切な人の心情が綴られているようです。

人の対面が「合せ鏡」で例証されています。
付き合いが長ければ長いほど相手の顔の表情を見るだけである程度の心情が汲み取れてます。

前述の仮定と同様に「なにも見たくない」が大切な人の台詞であり「気が向いたときでいいよ」が主人公の台詞だと考えています。

大切な人はある期間、2人の関係を含むあらゆることに対して消極的な姿勢を示していたのでしょう。
目に映るすべての出来事を否定したくなるような気持ちだったかもしれません。

特に女性には嫌いになったわけではないのに大切な人と距離を取りたくなる場合があるようです。
理由を聞くと「自分でもよくわからない」と言われることがあります。
後に気持ちの整理がついた頃に理由を見つけて伝えてくれる場合もあります。

そうした例を考えると「気が向いたときでいいよ」「いつだって開いてる」という彼のような「寛容さ」はとても大切であると言えますね。

種蒔けば花咲く

花咲ク街を 歩いてる
春が来た やっと来た 君の元へ
喜び芽吹き 色づけば
木漏れ日の中振り返る 桃色の頬
巡る季節また広がる 満開の笑み

ラストでは待ち焦がれていた主人公の努力が報われていることが綴られています。

「やっと来た」大切な人を前にして彼は喜びを抑え切れません。
春と同時に勢いよく芽吹いた草木のように歓喜します。

それを見た大切な人の照れた頬も春の花のように「頬を桃色」に染めていきます。

笑顔の2人は花咲ク街で共に春爛漫と大切で尊い時間を満喫していったことでしょう。。

まとめ

いかがだったでしょうか。
明るいメロディーとMVを見たときには幸せいっぱいの楽曲に思えました。
しかし歌詞のところどころに2人の間に緊張走る場面や不順調であった背景を垣間見ました。

それら冬のような冷たい時期を乗り越えて春という順調な時期が巡ったのだと考えるととても奥深い歌詞だと感じました。

まさにタイアップの「お茶」のようにゆっくり1口ずつ味わいながら歌詞を堪能したいと思います。

ゆずの奏でる音楽がこれからも多くの人の心に安らぎと癒しを与えていくことを願っています。

今後の活動と次回作に期待し注目していきたいと思います。
素敵な作品をありがとうございました。

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