ユリイ・カノン『だれかの心臓になれたなら』歌詞の意味を考察・解釈~命が命を救いまた別の命を救っていく~

「こんな世界」と嘆くだれかの
生きる理由になれるでしょうか
これは僕が いま君に贈る
最初で最期の愛の言葉だ
街も人も歪み出した 化け物だと気付いたんだ
欲動に巣食った愚かさも 全てがこの目に映る
シアトリカルに手の上で誰も彼も踊らされる
生まれた意味だって知らぬまま
形骸化した夢は錆びついてしまった
「愛をください」
きっとだれもがそう願った
「愛をください」
そっと震えた手を取って
「愛をください」
心を抉る 醜いくらいに美しい愛を
「こんな世界」と嘆くだれかの
生きる理由になれるでしょうか
いつか終わると気付いた日から
死へと秒を読む心臓だ
ねえ このまま雨に溺れて
藍に融けたって構わないから
どうか どうか またあの日のように
傘を差し出し笑ってみせてよ
もしも夢が覚めなければ姿を変えずにいられた?
解けた指から消える温度
血を廻らせるのはだれの思い出?
雨に濡れた廃線
煤けた病棟 並んだ送電塔
夕暮れのバス停 止まったままの観覧車
机に咲く花 君の声も
何もかも最初から無かったみたい
死にたい僕は今日も息をして
生きたい君は明日を見失って
なのに どうして悲しいのだろう
いずれ死するのが人間だ
永遠なんてないけど
思い通りの日々じゃないけど
脆く弱い糸に繋がれた
次の夜明けがまた訪れる
どんな世界も君がいるなら
生きていたいって思えたんだよ
僕の地獄で君はいつでも絶えず鼓動する心臓だ
いつしか君がくれたように
僕も、
だれかの心臓になれたなら

はじめに

2018年2月12日にネット上で投稿された楽曲です。
加えて2018年12月19日リリース「kardia」というアルバムの
最後に収録されています。

ユリイ・カノンさんが手がけた曲で多くのリスナーを
魅了しています。

MVも非常にお洒落で繊細なアートの世界が広がっており
歌詞と相まって世界観を理解しやすい構成になっています。

『だれかの心臓になれたら』に関して
ユリイ・カノンさんご自身がツイッターにて
下記の通り曲紹介をしております。

『だれかの心臓になれたなら』は 見て分かる通りのまま追想の歌です。
そして決別の歌です。 歌詞の“僕”という人にとって“君”という人は消えても
尚生きる上での目標であり生きたいと思えた存在でしたが 僕は彼とは違う
生き方をする生き続ける事で誰かの生きる力になりたい。という事を書いてます。

https://twitter.com/yurrycanon/status/966638984305590273 より引用

この部分だけは考察の仕様がないのでその他の
歌詞の細かな部分を読み解いていきたいと思います。

タイトル『だれかの心臓になれたら』

前述引用文で述べられていたように「心臓」とは
「生きる力」のことです。
だれかの生きる力になりたい気持ちを全面に表わして
います。

基本的に人は自分が一番と考え自分の為に生きる力を
用います。
それでも尊敬する誰かに出会い励みや慰めという
生きる力を与えられたときに考え方が変わるものですね。

歌詞の中でも考えの変化が見てとれる箇所があります。

それではさっそく追想&決別の歌を読み解いていきましょう。


『だれかの心臓になれたら』歌詞の意味

恩人へ送る最後の言葉の背後には

「こんな世界」と嘆くだれかの
生きる理由になれるでしょうか
これは僕が いま君に贈る
最初で最期の愛の言葉だ

「僕」で表わされている主人公は「君」で表わされる大事な
人(以下恩人と表記)を亡くしてしまいました。

葬儀の最中でしょうか、彼は恩人を目の前にして
感謝の気持ちを述べました。
そして「こんな世界」で生きてはいけないと
投げ出してしまう人々の生きる理由になることを
告げました。

「最初で最期」とあることから彼は恩人を
思い続けることや未練を捨て去る覚悟を決めたようです。
恩人と過ごした過去の思い出からの決別の歌でもあるようです。


生きる力のない人々が作り上げる死んだ世界

街も人も歪み出した 化け物だと気付いたんだ
欲動に巣食った愚かさも 全てがこの目に映る
シアトリカルに手の上で誰も彼も踊らされる
生まれた意味だって知らぬまま
形骸化した夢は錆びついてしまった
「愛をください」
きっとだれもがそう願った
「愛をください」
そっと震えた手を取って
「愛をください」
心を抉る 醜いくらいに美しい愛を
恩人を失った彼は人生を振り返り自分の世界を評価しました。
街も人も悪いものにカタチを変えて純粋さを失っている点を
指摘しています。人々の私利私欲が街の中に渦巻いているのを彼は目に焼き付けていたのです。「シアトリカル」とは演劇的あるいは劇場風を意味する言葉です。
つづくフレーズと相まってすべての人は誰かに踊らされて生きているに
過ぎないと語っています。生きる力がなくても誰かの操り糸に引かれるように生活していくことは
できるのです。
彼はそんな街と街に住む現状を冷めた目で見つめていました。

「形骸化」とは当初備わっていた実質を失い形だけになっていることを
示す言葉です。

以前の自分がそうであったように街の人々は生まれた意義も見いだせず
幼い頃に描いた夢も風化している点に触れていました。

それでも人々が愛を渇望していることも事実で彼はそれを
なんらかの方法で満たしてあげたいとも願っています。

恩人の追想~降り注ぐ雨の中であなたは~

いつか終わると気付いた日から
死へと秒を読む心臓だ
ねえ このまま雨に溺れて
藍に融けたって構わないから
どうか どうか またあの日のように
傘を差し出し笑ってみせてよ
もしも夢が覚めなければ姿を変えずにいられた?
解けた指から消える温度
血を廻らせるのはだれの思い出?
子供の時には考えない命の終わり、しかし大人になると度々考えてしまいます。
「死へと秒を読む心臓」とは自分はあとどれくらい生きられるだろうと考え
生きる力をなくしてしまうことを示唆しているのでしょう。

主人公の彼の脳裏に恩人との思い出が浮上します。

恩人は文字通りの雨の中傘を差し出してくれたのでしょう。
もしくは降り注ぐ困難から守る傘の役目をしてくれた比喩かもしれません。
いずれにせよこの出来事があってから恩人は彼にとって生きる力になりました。

彼は恩人が生きている時の夢を見ていたことがあるようです。
その夢が覚めなければ死んで変わり果てた恩人を見ずに済んだと感じています。

葬儀かあるいは彼を病院で看取った時に手を握っていたのでしょう。
彼の手から伝わる体温は失われておりそれが命が死んだことを彼に伝えました。


不条理さと理不尽さを感じながら

雨に濡れた廃線
煤けた病棟 並んだ送電塔
夕暮れのバス停 止まったままの観覧車
机に咲く花 君の声も
何もかも最初から無かったみたい
死にたい僕は今日も息をして
生きたい君は明日を見失って
なのに どうして悲しいのだろう
いずれ死するのが人間だ
永遠なんてないけど
思い通りの日々じゃないけど
脆く弱い糸に繋がれた
次の夜明けがまた訪れる
「雨に濡れた廃線
煤けた病棟 並んだ送電塔
夕暮れのバス停 止まったままの観覧車
机に咲く花 君の声も」というフレーズは
恩人がいた病室の風景を描写しているように思えます。「雨に濡れた廃線」は彼と点滴や医療機器を繋ぐ線を、
「煤けた病棟」は古くからある病院で薄汚れている様子を、
「並んだ送電塔」は心電計を、
「夕暮れのバス停」は点滴棒を、
「止まったままの観覧車」は血液などを循環させる機能を停止したことを、
「机に咲く花」はお見舞いの花を、
「君の声」は恩人がまだ話せていたころの声を描写しているように感じました。恩人のいた病室が綺麗に片づけられているのを見た彼は
すべてが初めからなかったかのように思えたのです。
彼は不意に不条理さと理不尽さを感じます。
生きる力をなくして死にたいはずの自分が生かされ
他人に分け与えるほど生きる力をたくさん持っていた
恩人が死んでいるのです。生きているのに悲しい気持ちを味わう日々に
自分でもよくわからない感情が彼の中で湧き上がってきました。それでも永遠に生きられなくても理想が実現しなくても
恩人と脆く弱い生きる力でも繋がることで明日を見ることが
出来てきたことに感謝します。

高鳴る鼓動は誰かのために歌う

僕の地獄で君はいつでも絶えず鼓動する心臓だ
いつしか君がくれたように
僕も、
だれかの心臓になれたなら
彼にとって恩人を失い相も変わらず存在意義を見いだせない世界は地獄でした。
それでも存在していけるのは今は亡き恩人がくれた生きる力でした。過去に恩人がくれた励まし、慰めなど雨の中で傘を差し出すようなことを
いつしかだれかに行ないたいと彼は強く決心していました。無気力が渦巻くこの世界では喧騒や雑音が聞こえてきます。
それでも彼の耳に届くのは止まったはずの恩人の心臓が奏でる
生きる力という題の命の歌でした。

まとめ

歌詞を読むたびにMVを見るたびに涙が出そうになります。
生きていく上で誰かからもらった励み多いことばは
自分の心の土壌を肥やし成長させていきますね。

何も考えずに生きるのをやめて
誰かの為に生きることを決意したくなる
そんな歌詞に思えました。

ユリイ・カノンさんの素敵な楽曲に癒されました。
そして今後の活動と次回作を楽しみにしています。


 



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