ユリイ・カノン『人間らしい』歌詞の意味を考察・解釈

そう、人の形なれど
何にもなれないや厭厭
ざまあご覧遊ばせ
どうだい
頽廃した今に泣いた理想論者


あーだこーだでシミュラクラ
生命の定理は曖昧だ
てめえの情にも辟易で
救える脳など無い無い無い
尽いた謬錯な感情が
ぐるぐるぐるぐる縒り合って
愛されたくて狂ったりなんかして
それは――


「人間らしい」なんて君が笑う
拝啓 愛を吐いて 死を抱いて
ドクドクドクと脈打つ欲にトドメを刺すんだ
嗚呼
「人間らしく」なんてBye Bye Bye
Lie 無い Eye であたしを抱いて
カラカラカラに涸れ 空になる心を満たして
醜いその腹の内を抉って
さあ引き摺り出せ
どす黒くてドロドロな本性を見せてよ


どうも、皆さんお疲れさん
今世はここまで また来世
ねえ、待って!
それじゃあおかしくない?
人生がそれで決まっちゃうの?


いっせーのーで脚が浮いて
ゆらゆらゆらゆら宙ぶらりん
最低最高
こんな世界なんて


さらば
「人間らしい」なんてあざけ嗤う
足んない愛を求めて浪浪
地獄にだって天国にだって
どこにもソレは無い?
あー馬鹿馬鹿しい 薄っぺらな生涯
もう死なないと治らない容態
毒 毒 毒と交じり混ざった
不幸せの味はいかが?


嗚呼
この世界は
要らないものがあまりに多すぎる
ほら 何もかもを
棄ててしまおう
それじゃあ、お先に


人間らしい在り方を問う
右に倣い 上っ面を飾る
見て呉れだけのお前のことが死ぬほど嫌いだ
嗚呼
爛々々と命が咲いて
天誅待って 杳として迷妄
はらはらはら落ちる花に憂いで
それは――


「人間らしい」なんて君が笑う
拝啓 愛を吐いて 死を抱いて
ドクドクドクと脈打つ欲にトドメを刺すんだ
嗚呼
「人間らしく」なんてBye Bye Bye
Lie 無い Eye であたしを抱いて
カラカラカラに涸れ 空になる心を満たして
醜いその腹の内を抉って
さあ引き摺り出せ
どす黒くてドロドロな本性を見せてよ
眉目良いその面の皮を剥がして
さあ曝け出して
有るが儘 生きる
君の姿は甚く人間らしい


はじめに

『人間らしい』とは2019年4月25日にネット上で公開された楽曲です。
ユリイ・カノンさん待望のナンバーがこの春、遂に登場しました。
前作「誰かの心臓になれたなら」でも強烈なインパクトを与えたアーテ
ィストであり多くのコアファンを確立していますね。

動画コメント欄に注目すると動画投稿数十分前からの待機組がかなり居
ることに驚かされました。
中には曲を聴く前から「いいね」を押すという信者ぶりを発揮するファ
ンもいましたね(笑)

ユリイ・カノンさんの歌詞の特徴としては難解な漢字と身体を題材にし
たものが多いと個人的に感じております。
今作についてもご本人が「どす黒くてドロドロな本性を。」というコメ
ントを残しておられました。

人間の外ではなく本性という中身に注目して物語が進んでいきます。
明の部分というよりは暗の部分が全体を占めているようで、歌詞の中に
は過激な表現も多々用いられています。
一度聴けば印象に残るフレーズとなるでしょう。

それではさっそく歌詞の考察を始めていくことにしましょう。

タイトル『人間らしい』とは

歌詞の中にはタイトルである「人間らしい」と似た表現である
「人間らしく」という2つのフレーズが出てきます。

歌詞全体から判断するに「人間らしい」とはどす黒い本性を隠
さず露わにすることだと理解できます。
一方「人間らしく」という部分は主人公によって一切否定され
ており「byebyebye」と自分から遠ざけています。

ここから「人間らしく」とは誰かが身勝手に定めた不確かな人
の生き方を指すのではないかと考察しました。
主人公は本性を隠して良い面だけを見せる生き方に納得がいか
ないように感じます。

それでも彼自身も「これぞ人間らしい生き方」とはっきり述べ
るに至る確かなものを掴んではいないようです。
持論は抱いているものの周囲の人に聞いて模索している段階と
も取れる行動に出ているからです。


『人間らしい』歌詞の意味

ふらついた定理に据えられた理想

そう、人の形なれど
何にもなれないや厭厭
ざまあご覧遊ばせ
どうだい
頽廃した今に泣いた理想論者

あーだこーだでシミュラクラ
生命の定理は曖昧だ
てめえの情にも辟易で
救える脳など無い無い無い
尽いた謬錯な感情が
ぐるぐるぐるぐる縒り合って
愛されたくて狂ったりなんかして
それは――

歌詞の冒頭では主人公が周囲の人々の生き方に
ついて苦言を述べています。

人は皆、人の形をしているが「何もなれない」
つまり中身がないように感じると述べています。

彼の懸念点は喜怒哀楽を押し殺して周囲に合わ
せるしか出来ない態度のことかもしれません。

頽廃(たいはい)とは道徳や健全な気風が崩れ
ることで、そのような時代において中身のない
理想論者たちは泣きを見ていると皮肉を述べて
もいます。

上記を要約すると「人の理想は時代の流れによ
って消えさる」という趣旨の考えを主人公が持
っているように思えました。

続く歌詞では「シミュラクラ」という聞きなれ
ない用語が出てきますね。
これはシミュラクラ現象が由来であると筆者は
考えました。

上記の現象は人間の目には3つの点が集まった図
形を人の顔と見るようにプログラムされていると
いう脳の働きを指しています。

例証すると逆三角形を見たときに人の顔のようだ
と判断してしまうのもこの働きです。

つまり「あーだこーだでシミュラクラ」とは自分
で良く考えた結果判断したものではなく、咄嗟に
判断して物事を決める人の軽率さを描写している
のだと読み解きました。

そもそも人は生命の定理がなんであるかを未だに
断定できてはいません。
それは一般人だけでなく科学者・生物学者でさえ
はっきりとした理解には至っていません。

それなのに人は「こうあるべきだ」と理想を打ち
立てます。
そしてその理想を自分だけでなく他者にも押し付
けようとするのです。

主人公が溜め息を深くつき苦言を述べる理由には
実にこうしたものがあったのだと思います。


人間らしいvs人間らしく

「人間らしい」なんて君が笑う
拝啓 愛を吐いて 死を抱いて
ドクドクドクと脈打つ欲にトドメを刺すんだ
嗚呼
「人間らしく」なんてBye Bye Bye
Lie 無い Eye であたしを抱いて
カラカラカラに涸れ 空になる心を満たして
醜いその腹の内を抉って
さあ引き摺り出せ
どす黒くてドロドロな本性を見せてよ

ここで初めて人物像を示す用語が現れます。
一人称「あたし」つまり主人公が女性であ
ることを示しているようです。

さらに二人称である「君」が登場しており
主人公が親しくしている男性なのでしょう。

彼は苦言をあれこれ語る彼女に「人間らし
い」と笑って言いました。

彼女は「そう、周りがよく言う人間らしく
という生き方にさよならしたの」と言葉を
返したのでしょう。

そして「Lie 無い Eye であたしを抱いて」
と彼にお願いしました。
言い換えるなら「嘘の無い瞳で私の全体を
本音本性のすべてを包んで」と言います。

そうして欲しい理由が続く部分に示され、
自分の渇いた心を満たして欲しいのです。
このようなお願いを出来る間柄ですから
彼は彼女から信頼されているのでしょう。

彼女は彼のドロドロでどす黒い本性を見
たいと願い伝えます。
過激な表現ですが簡単に言うと「本音で
話し合おう」ということでしょう。

彼には間違っても他者の言う「人間らし
く」振る舞って欲しくはないのでした。

人間らしいとは中身で生きて行くこと

眉目良いその面の皮を剥がして
さあ曝け出して
有るが儘 生きる
君の姿は甚く人間らしい

「眉目(びもく)」とは文字通り顔の眉と目のことであり
「容姿」を指す言葉です。
主人公は容姿の良さは人間らしいことになんら関係がない
ことを強調しています。

彼女の現段階で行き着いた結論は「有るが儘 生きること
こそ人間らしい」ということでした。
理想や取り繕いなど飾り気あるものすべて無用のものとし
て考えているようです。

淡々と持論を語る彼女を見て彼は「君の姿は甚く人間らし
い」と称賛の声をあげています。
この発言からも彼と彼女の生き方に関するベクトルが同じ
であることを理解できます。

もはや自分たちが誰よりも人間らしいと考えているのです
から、彼らにとって「人々」とは自分たち二人を指す言葉
になっているのかもしれませんね。

まとめ

今作では「人間らしさ」を色々な角度から追及していたと
思います。

確かに日常でも「人として」なんていう言葉を使ったり使
われたりしていることに気がつきます。
その言葉の背後に確かな根拠などなくても用いているのか
もしれません。

主人公の苦言に同意される方も少なからずいたことでしょ
う。
しかし日常生活を円滑に進めていくためには自分らしさと
他者への受け入れの双方を考える必要がありますね。

何事もバランス(汚い台詞)ということでしょうか(逃)

ユリイ・カノンさんの奥深い歌詞の世界を楽しむことがで
きました。
今後の活動と次回作にも期待し注目しています。