ヨルシカ『ノーチラス』歌詞の意味を考察・解釈

時計が鳴ったからやっと眼を覚ました
昨日の風邪がちょっと嘘みたいだ
出かけようにも、あぁ、予報が雨模様だ
どうせ出ないのは夜が明けないから

喉が渇くとか、心が痛いとか、人間の全部が邪魔してるんだよ

さよならの速さで顔を上げて
いつかやっと夜が明けたら

もう目を覚まして。見て。
寝ぼけまなこの君を何度だって描いているから

傘を出してやっと外に出てみようと決めたはいいけど、靴を捨てたんだっけ
裸足のままなんて度胸もある訳がないや
どうでもいいかな
何がしたいんだろう

夕飯はどうしよう
晴れたら外に出よう
人間なんてさ見たくもないけど

このままの速さで今日を泳いで
君にやっと手が触れたら

もう目を覚まして。見て。
寝ぼけまなこの君を忘れたって覚えているから

丘の前には君がいて随分久しいねって、笑いながら顔を寄せて
さぁ、二人で行こうって言うんだ

ラップランドの納屋の下
ガムラスタンの古通り
夏草が邪魔をする

このままの速さで今日を泳いで
君にやっと手が触れたら

もう目を覚まして。見て。
君を忘れた僕を

さよならの速さで顔を上げて
いつかやっと夜が明けたら

もう目を覚まして。見て。
寝ぼけまなこの君を何度だって描いているから

はじめに

『ノーチラス』とは2019年8月27日にネット上で公開された楽曲です。
同年8月28日にリリースされた 2nd Full Album「エルマ」のラストを飾る曲
となっています。
動画再生回数は公開から僅か2日で65万を記録し驚異的な人気を誇っています。

現在、急上昇ランキング3位をマークしコメント数も4,800を超えています。

人気の理由はアルバム「エルマ」の物語を完結させる最重要なシーンが盛り込ま
れていること、さらにハイクオリティなフルアニメーションムービーにあると筆
者は考えました。

勿論ヨルシカの魅力溢れる歌声と音楽的センスは言うまでもありません。

今回はアルバム初回限定盤に付随されている「日記」について触れることはあり
ません。
かなりの解答になってしまうので本考察では割愛し、いつものように個人的考察
を展開していきますのでどうぞ宜しくお願いします。

さて今回MVはどのような内容になっているのでしょうか。
ざっくり説明すると青年エイミーをエルマが追走するという内容です。
文字通り彼を追いかけるというだけでなく、彼のこれまでの歩みと現在の在り方
や音楽への姿勢を追いかけているといった感じです。

初めはエイミーがエルマに魅了され追いかけていました。
彼女から音楽を教わり次第に彼女の生き方や在り方に倣いたいと思ったほどで
す。
今回はエルマ側がメインとなりますがエイミーの回想も含まれています。

昨日MVメイキングムービーが公開され非常に興味深かったのでご紹介します。

今回MVを担当しコメントして下さったのはMORIE.Inc.ディレクターの森江康太
氏です。
森江氏は「曲をいただいてから最初のシナリオを書くまでが数か月ぐらいで、そ
の間に曲を何度も何度も聴いて、、、」と語っていました。

この点からもアルバム「エルマ」の巨大なスケール感に追いつこうとする姿勢を
垣間見ることができますね。

さらに映像に関して「ワンカットでエルマが一人で歌っているような」工夫をし
たり絵コンテに注力したことも語っていました。
個人的に名言だなと感じたのは「絵コンテですべてが決まると言ってもいいぐら
い」というコメントでした。

そして考察に影響する部分ですが、今作タイトル『ノーチラス』に関しても次の
ような思い入れを語っていました。

「ジュール・ヴェルヌ」の「海底2万マイル」という作品がすごく好きであると
述べていました。
この点はヨルシカのナブナさん本人のツイッターでも類似した情報を提供していましたね。

8/28発売のアルバムから最後の一曲。 題はジュールヴェルヌの海底二万マイルに出る潜水艦、ノーチラス号からの引用。 眠りからの目覚めと深海から浮上するそれのメタファー。


https://twitter.com/nabuna2/status/1166274215546216450  ナブナ twitterより

タイトルについては続く部分で詳しく説明したいと思います。

これだけ尽力した最高のMVにいったいどんな歌詞が割り当てられているので
しょうか。
気になる歌詞をさっそく考察していきたいと思います。

タイトル『ノーチラス』とは

上記引用からも明白ですが、題はジュールヴェルヌの海底二万マイルに出る潜水
艦、ノーチラス号からの引用です。
ではそれ以外に意味はないのでしょうか。

『ノーチラス』について調べると「水夫」「船舶」さらには「オウム貝」という
意味があるようです。
いずれも海に関係する言葉なのですが、ヨルシカの前作を考慮すると色々な類似
点を見いだせることがわかります。

例えば「心に穴が空いた」でも深海というワードが、「だから僕は音楽を辞め
た」では海底をエイミーが歩くシーンがあります。
このように深海や海底はエイミーと関連付けられるワードとして多用されてきま
した。

上記はエイミーに「水夫」という言葉が割り当てられるのではと筆者は考えまし
た。
エイミーがエルマの音楽と生き方を模索しようと漂っている様を比喩的に表現し
ていると解釈できたからです。

「船舶」に関してもエイミーの心に広がるエルマという海の上を1年の間、旅し
たと言えるかもしれません。

ですから『ノーチラス』とは「これ」という断定的なものはないのだと筆者は
思います。

『ノーチラス』歌詞の意味

日差しの届かない人間の闇

時計が鳴ったからやっと眼を覚ました
昨日の風邪がちょっと嘘みたいだ
出かけようにも、あぁ、予報が雨模様だ
どうせ出ないのは夜が明けないから

喉が渇くとか、心が痛いとか、人間の全部が邪魔してるんだよ

エイミーは自分の部屋で何時間も熟睡していました。
昨日の風邪を忘れるほどに体調は良くなっています。
頭は寝すぎたせいかぼんやりとしています。

彼が「出かけたい」のは路上で弾き語りをしたいから
かもしれません。
しかし気持ちとは裏腹に行動が伴いません。

自分の中で音楽に対する不満や複雑な感情が湧き上がって
いたのです。
人間はより多くのものを渇望し、それが得られないと心を
痛めるものです。

その点が「喉が渇くとか、心が痛いとか、人間の全部が邪
魔してるんだよ」というフレーズに包含されています。
エイミーの満たされないエルマの音楽への渇望が、彼の新
たな音楽への道を阻んでいるのです。

自分が音楽に向き合えない理由を雨のせいにするのはもう
限界です。
日差しの届かない彼の心の闇は晴れることはないのです。

行動の理由付けに囚われて

傘を出してやっと外に出てみようと決めたはいいけど、靴を捨てたんだっけ
裸足のままなんて度胸もある訳がないや
どうでもいいかな
何がしたいんだろう

夕飯はどうしよう
晴れたら外に出よう
人間なんてさ見たくもないけど

エイミーは自分に降りかかる「雨」つまり困難に立ち向かおうと
意を決して行動しようとします。
しかし「靴」で示されているように歩み出すために必要な理由付け
がありませんでした。

「裸足のまま」というのは「明確な理由付けもなく」という点を示
唆しているのでしょう。
エイミーの場合、音楽を理由付けもなく続ける度胸もないというこ
とになるでしょうか。

MVの路上でエイミーが弾き語りしている時に、ほとんどの人が関心
を示さず、立ち止まった人も冷めた反応を示しているシーンがありま
した。

これは自分の音楽に興味を示さなかったことで落胆したのではなく、
彼が街の人たちの冷めた感情と自分の中の冷めた感情をリンクさせた
ことを表現していると思いました。

ですから歌詞の「人間なんてさ見たくないけど」とは、もうこれ以上
自分と似たような人間を見たくないという意味に取れます。

「さよなら」の後に再会を

このままの速さで今日を泳いで
君にやっと手が触れたら

もう目を覚まして。見て。
君を忘れた僕を

さよならの速さで顔を上げて
いつかやっと夜が明けたら

もう目を覚まして。見て。
寝ぼけまなこの君を何度だって描いているから

「このままの速さで」とは毎日訪れる日々をただ漫然と
スローリーな感じで消化していく生活スタイルを述べて
いるのでしょう。

エイミーはこんな状態で君に触れても、君を忘れかけて
いる僕だから失礼になるだろうと思っているようです。

ですからMVにあるように「毒性の人工染料」を一気に
飲み干して海に飛び込んだのでしょう。
心の闇の晴れない自分をいったん終わらせて、新たな自
分でエルマを見つめることを誓います。

彼がこれまでの日記と歌詞をエルマに分かるように残し
ていったのは、彼が彼女を最後まで思い続けていたこと
を伝えるためでしょう。

エイミーにとってさよならは一瞬でしたが、同じ速さで
心の闇から解放される感覚があったのでしょう。

MVで興味深かったのは中盤で「飛行船」が出てきたこと
です。
そこにはエイミーが乗っておりどこか悲しげな表情を浮
かべていました。

これは彼が「さよなら」をしてエルマから遠く離れた存
在となること、そしてもう一度「浮上」することを表現
しているのだと筆者は解釈しました。

お話の中で登場するノーチラス号のように、エイミーは
今もエルマを想い彼女の生き方に倣おうと漂っているの
かもしれません。
彼の航海に終わりはありませんでした。。

まとめ

いかがだったでしょうか。
毎回記載しているのですが、ヨルシカワールドは広大過ぎて
何日か脳内迷子になってしまうのです(泣)

それでも自分なりに頭を悩ませて解答が導き出された時の解
放感が病みつきになってしまいますね。

エイミーが人生すべてをエルマに捧げていたこと、そしてそ
れを知ったエルマも涙で応え応じた点にも感動を覚えました。

2人が「音楽=人生」という構図を聴く人すべてに伝えてくれ
たこと、そしてヨルシカという存在が「音楽=物語」なので
あるということを教えてくれたことに感謝します。

今後の活動と次回作に期待し注目していきたいと思います。
素敵な作品を有難うございました。

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