ヨルシカ『春ひさぎ』歌詞の意味を考察・解釈

大丈夫だよ大丈夫
寝てれば何とかなるし
どうしたんだいそんな顔してさぁ
別にどうともないよ

駅前で愛を待ち惚け
他にすることもないし
不誠実の価値も教えてほしいわ

言勿れ 愛など忘れておくんなまし
苦しい事だって何でも教えておくれ
左様な蜻蛉の一つが善いなら忘れた方が増し
詮の無いことばかり聞いてられないわ
言いたくないわ

大丈夫どれだけも吐いても
言葉は言い足りないし
どうしたんだいあんたにわかるかい
この憂いが

玄関で愛を待ち惚け
囁く声で喘いで
後悔の悔を教えてほしいわ

陽炎や 今日などどうか忘れておくんなまし
悲しい事無しの愛だけ歌っておくれ
終いは口付け一つが善いのも言わない方が増し
詮の無いことでも忘れられないわ
知りたくないわ

陽炎や 今日などいつか忘れてしまうのでしょう?苦しいの
左様な躊躇いの一つが愛なら知らない方が増し
詮の無いことだって聞かせてもっと

言勿れ 明日など忘れておくんなまし
苦しい事だって何度も教えておくれ
無粋な蜻蛉の一つでいいから、溺れるほどに欲しい
詮の無いことだって聞かせてもっと
愛して欲しいわ

ヨルシカ『春ひさぎ』の概要

今回は人気アーティストであるヨルシカの楽曲『春ひさぎ』の歌詞考察をしていきたいと思います。

『春ひさぎ』の歌詞では以下の点が伝えられています。

・泥棒の正体と目的

・商業音楽の需要とアーティストの苦悩

上記の点をメインに考察を進めていきますので、どうぞ最後までご覧ください。

『春ひさぎ』は 2020年7月29日リリース ヨルシカ 3rd Full Album 「盗作」収録曲となっています。
同年6月3日に公開されたMVは、公開から僅か1日で60万を超える動画再生回数を記録しました。

動画説明欄には今作の世界観を示す次のようなコメントがありました。

俺は泥棒である。 往古来今、多様な泥棒が居るが、俺は奴等とは少し違う。 金を盗む訳では無い。骨董品宝石その他価値ある美術の類にも、とんと興味が無い。 俺は、音を盗む泥棒である。 春をひさぐ、は売春の隠語である。それは、ここでは「商売としての音楽」のメタファーとして機能する。 悲しいことだと思わないか。現実の売春よりもっと馬鹿らしい。俺たちは生活の為にプライドを削り、大衆に寄せてテーマを選び、ポップなメロディを模索する。綺麗に言語化されたわかりやすい作品を作る。音楽という形にアウトプットした自分自身を、こうして君たちに安売りしている。 俺はそれを春ひさぎと呼ぶ。

https://www.youtube.com/watch?v=F3cXxqgbx9Y

まずコメントから主人公が泥棒であることを理解できます。
また泥棒の目的は「音を盗む」ことです。

MVでも黒い大男が演奏者から「音」を奪っているのが確認できます。
これは文字通りの「盗作」ではなく、大衆が求めるようなキャッチーなメロディーや歌詞を他のアーティストから盗む(学ぶ)という意味に思えます。

コメントでは彼の苦悩が語られています。
その苦悩とは「商売としての音楽」言い換えると「商業音楽」の強要です。

個人ではなく、事務所に所属するアーティストたちの共通の悩みと言えるかもしれません。

筆者の友人にメジャーデビューした人たちがいるが、自分の望む音楽を世に配信できないと言っていました。
知名度が上がるまでは抽象的な表現は避け、直接的な表現で歌詞を仕上げることを求められたそうです。

人気になってからも、アーティストの独自性と大衆うけの均衡を図ることは困難だそうですね。

こうした経験をした人たちには、今作『春ひさぎ』の歌詞が特に刺さることでしょう。

『春ひさぎ』の意味とは

タイトルについてはコメントに詳しい説明がありましたね。

「春をひさぐ」とは売春の隠語です。
今作では「商売としての音楽」のメタファーとして機能しているようです。

歌詞の中でも遊女と客のやり取りが見られます。
遊女は安い賃金で不特定多数の客を性的に喜ばせています。
同様に主人公の泥棒は、遊女のように大衆を満足させるためだけの音楽を生み出しています。

上記のように考えると、事務所は「遊女屋」と表現できるかもしれません。

コメントにあったプライドには、アーティストの譲れない訴え方や表現方法が含まれるのでしょう。
しかし、客のニーズに合わない場合は、事務所から削るよう指図されてしまいます。

これらの点からタイトル『春ひさぎ』は、アーティストの苦悩を表現していると解釈しました。

『春ひさぎ』歌詞の意味

考えなければ過ぎ行く

大丈夫だよ大丈夫
寝てれば何とかなるし
どうしたんだいそんな顔してさぁ
別にどうともないよ

駅前で愛を待ち惚け
他にすることもないし
不誠実の価値も教えてほしいわ

1番A,Bメロでは主人公の心境が、遊女と客のやり取りで例証されています。

初めは性行為に抵抗があった遊女も「寝てれば何とかなるし」と自分に言い聞かせています。

これは「嫌なことでも意識せずにいれば気にならなくなる」という点を伝えているのでしょう。

商業音楽を強要される主人公も、当初は事務所に自分の意見を訴えていたことでしょう。
しかし意見が通らないことを痛感するや、考えることをやめるようになったのだと思われます。

客が「どうしたんだい」と遊女の身を案じているような問いかけがあります。
彼女の「別にどうともないよ」という返答は、アーティストの苦悩は大衆には理解できないことを伝えているようです。

続く部分の歌詞で彼女が「駅前で愛を待ち惚け」している様子が綴られています。
客引きを表現しているのでしょう。

そのように考えると、ここでの「愛」は純愛ではなく客が望む一時的で安い愛(愛の伴わない性行為)を指していると解釈できます。

彼女は自分の行為に不誠実さを感じており、自分の価値を問うようになります。
例証の彼女と同様に、主人公も商業音楽を生み出し続けている自分は不誠実だと感じたかもしれません。
そして自分の価値を問うようになったことでしょう。

純愛、蜻蛉のよう

言勿れ 愛など忘れておくんなまし
苦しい事だって何でも教えておくれ
左様な蜻蛉の一つが善いなら忘れた方が増し
詮の無いことばかり聞いてられないわ
言いたくないわ

前述とは違い、サビの「愛」は遊女の望む純愛を指しているように思えます。
主人公にとっての純愛は、アーティストとしての自分を愛してくれることでしょう。

「言勿れ」はダブルミーニングのように感じます。

一般的な「言う勿れ」には「口に出して言うな」という意味があります。
さらに言勿れは「事勿れ」という言葉を連想させます。

「事勿れ」は、平穏無事に済みさえすればよいとする消極的な態度や考え方が含まれます。
先ほどの主人公の考え方と非常にマッチしています。

2つの意味をまとめると、主人公は平穏無事に過ごす日常を壊すような純愛を口にして欲しくないと願っています。
もちろん本心からではありません。

しかし純愛、つまりアーティストとしての自分を愛してくれることを願っても事務所や大衆の多くはそれを望みません。
自分の望む音楽が提供されればそれで満足なのです。

歌詞の「蜻蛉(かげろう)」もダブルミーニングでしょう。

「蜻蛉」は、とんぼに似ていて羽や体が弱々しい昆虫です。
また短命であります。

さらに蜻蛉と関連のある「陽炎」も連想しました。
もともと蜻蛉の飛ぶ姿が陽炎の立ち上る様子に似ていることが由来のようです。
この後の歌詞にも陽炎は登場しています。

これらの意味から主人公が純愛を、弱々しく短命で消えてしまうものとしていることがわかります。

音源から零れ落ちた訴え

大丈夫どれだけ吐いても
言葉は言い足りないし
どうしたんだいあんたにわかるかい
この憂いが

玄関で愛を待ち惚け
囁く声で喘いで
後悔の悔を教えてほしいわ

2番A,Bメロではアーティストの苦悩が色濃く綴られています。

「大丈夫どれだけ吐いても」とはアーティストの苦悩や音楽で訴えたいことを指すのでしょう。

1番では「駅前」で愛を待ち惚けていた彼女でしたが、2番では「玄関」になっています。

仕事を終えた彼女が、家で純愛を望んでしまっていることが伺えます。
儚く純愛が消えてしまうたびに彼女は傷ついてきたことでしょう。

同じように主人公も、アーティストとしての自分らしさを愛してくれる人を求めてしまいます。
しかし、自分らしさではなく自分が生み出す商業音楽を愛していることを痛感し傷ついたのでしょう。

「後悔の悔を教えてほしいわ」にも注目してみましょう。

彼女が後ではなく「悔」を求めているのはどうしてでしょうか。
苦悩から目を背け考えることをやめてきた彼女は、悔やむという感情を忘れてしまったのでしょう。

同じように主人公も、商業音楽を生み出すことに対する悔やむ感情を次第に忘れていったのでしょう。

愛する人、陽炎のよう

陽炎や 今日などどうか忘れておくんなまし
悲しい事無しの愛だけ歌っておくれ
終いは口付け一つが善いのも言わない方が増し
詮の無いことでも忘れられないわ
知りたくないわ

陽炎や 今日などいつか忘れてしまうのでしょう?苦しいの
左様な躊躇いの一つが愛なら知らない方が増し
詮の無いことだって聞かせてもっと

ここで登場する「陽炎」遊女の大切な人を指すと思われます。
なぜなら「悲しい事無しの愛」や「口付け」と関連づけられているからです。

彼女は自分と出会っても「忘れてしまうのでしょう」と述べています。
同様に主人公も、自分らしさを愛してくる人もいつか商業音楽を求めるようになると感じているようです。

それでも主人公も遊女も、自分の生活のためにプライドを削って大衆を喜ばせ続けていくのです。。

まとめ

いかがでしょうか。

アーティストの苦悩や願いが歌詞全体から伝わってきましたね。
クリエイティブな思考を持つ人は、自分の思い通りの表現が出来ないことに心痛を覚えます。
今作『春ひさぎ』は、そのような人たちの心に響いたに違いありません。

MVの不気味でおどろおどろしい雰囲気も魅力的ですね。
エルマー&エイミーの清々しさと対照的でした。

今後どのような世界観が繰り広げられていくかが気になります。

ヨルシカの今後の活動と次回作に期待し注目したいと思います。
奥深くて素敵な作品をありがとうございました。

ここまで記事を読んでくださった皆さんにも感謝します。

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