ヨルシカ『花に亡霊』歌詞から予想する世界観

もう忘れてしまったかな
夏の木陰に座ったまま、氷菓を口に放り込んで風を待っていた

もう忘れてしまったかな 世の中の全部嘘だらけ
本当の価値を二人で探しに行こうと笑ったこと

忘れないように 色褪せないように
形に残るものが全てじゃないように

言葉をもっと教えて 夏が来るって教えて
僕は描いてる 眼に映ったのは夏の亡霊だ
風にスカートが揺れて 想い出なんて忘れて
浅い呼吸をする、汗を拭って夏めく

もう忘れてしまったかな
夏の木陰に座った頃、遠くの丘から顔出した雲があったじゃないか
君はそれを掴もうとして、馬鹿みたいに空を切った手で
僕は紙に雲一つを描いて、笑って握って見せて

忘れないように 色褪せないように
歴史に残るものが全てじゃないから

今だけ顔も失くして
言葉も全部忘れて
君は笑ってる
夏を待っている僕ら亡霊だ
心をもっと教えて
夏の匂いを教えて
浅い呼吸をする

忘れないように 色褪せないように
心に響くものが全てじゃないから

言葉をもっと教えて
さよならだって教えて
今も見るんだよ
夏に咲いてる花に亡霊を
言葉じゃなくて時間を
時間じゃなくて心を
浅い呼吸をする、汗を拭って夏めく

夏の匂いがする

もう忘れてしまったかな
夏の木陰に座ったまま、氷菓を口に放り込んで風を待っていた

ヨルシカ『花に亡霊』の概要

今回は人気アーティストであるヨルシカの楽曲『花に亡霊』の歌詞を考察していきたいと思います。

『花に亡霊』から筆者が特に感じ取った点は以下の通りです。

・見えないものの価値を実感する

上記の点を続く楽曲紹介と共にお話したいと思います。

『花に亡霊』のMVが2020年4月22日にネット上で公開されました。
動画再生回数は公開から一時間も経たないうちに10万を超える人気ぶりを見せました。

今作は同年6月5日に公開されるアニメーション映画「泣きたい私は猫をかぶる」主題歌となっています。

参考までに映画あらすじを紹介しておきます。

笹木美代(ささき・みよ)は、いつも明るく陽気な中学二年生の女の子。空気を読まない言動で周囲を驚かせ、クラスメイトからは「ムゲ(無限大謎人間)」というあだ名で呼ばれている。しかし本当は周りに気を使い、「無限大謎人間」とは裏腹に自分の感情を抑えて日々を過ごしていた。

そんなムゲは、熱烈な想いを寄せるクラスメイトの日之出賢人(ひので・けんと)へ毎日果敢にアタックを続けるが全く相手にされない。めげずにアピールし続ける彼女には誰にも言えないとっておきの秘密があった・・・。

実はムゲは、ある夏祭りの夜お面屋にいた猫の店主から、「かぶると猫へと姿を変えることができる」という不思議なお面をもらって以来、猫・太郎として日之出の家に通っていたのだ。

普段はクールに振舞う日之出だが、太郎にだけは素直な気持ちを打ち明けることができ、いつしか太郎は日之出の支えになっていた。

≪人間≫のときには距離を取られてしまうが、≪猫≫のときには近づけるふたりの関係。ムゲもまた、猫でいれば周囲との関係に悩むことない自由さを知り、次第に心地よさを覚えていく。

猫として長く過ごすほど、いつしか猫と自分の境界があいまいになるムゲ。

ある日、再び現れた猫店主から、猫の“お面”とムゲの“顔”を交換し、≪人間≫を捨て≪猫≫として生きるよう迫られる・・・

https://nakineko-movie.com/

上記を簡単に概略すると主人公が好きな人に近づける手段を見つけるも、リスクとしてそれまでの自分と生き方を失うという話ですね。

「猫を被る」という言葉の意味を実際の猫のお面で表現したり、主人公と好きな人の生き方で巧みに伝えていました。

映画が公開されるまでは内容に踏み込んで考察することができません。
開示されている情報を時折用いますが、メインは歌詞からの考察になります。

さて今作「花に亡霊」作成についてヨルシカからコメントが寄せられていました。

<主題歌:ヨルシカ コメント>

昔から映画をよく見ます。暇になる度に邦洋問わず鑑賞するのですが、音楽と調和した一本を見た時の感動は他には代え難いものがあります。特に物語の個性と、音楽の個性がぶつかり合った作品に心惹かれます。

初め打ち合わせで監督の方に言われた言葉は「自由に作ってみてほしい」でした。ヨルシカは基本的にコンセプトが軸にある音楽を出しているバンドで、話を頂いた時は新たなコンセプトアルバムを作っている最中でもありました。

僕はその言葉が嬉しくもありつつ、つまりは、作品という枠組みの中で支える音楽ではなく、枠組みの外で泳ぐ自由さを求められているのだと捉えました。

今回使っていただいた主題歌はヨルシカとしての作品性をそのままアウトプットしたものでもあり、この映画の創造力とぶつかり合って輝くような、独立した二作品が綺麗に調和を保っているような、そんな景色を作る音楽になっていればと、そう願っています。映画館で鑑賞出来ることを一つの楽しみにしています。

https://nakineko-movie.com/

上記コメントからわかるのは映画内容に完全に寄せたわけではない点です。
ヨルシカの独自性がメインとなりそれらが映画の世界観と対立しないように調和を図ったとのことです。

特に映画公開まではヨルシカの言葉遊びと音楽性に注目して考察したいと思います。

もう一つ重要な点として今作「花に亡霊」に関して、ヨルシカはどんなことを意図して歌詞を考えたかは重視しません。
なぜならヨルシカのn-bunaさんがツイッター上で次のように述べていたからです。

花に亡霊 ただ綺麗な言葉と景色を並べただけの歌を書こうと思いました。この曲で何を伝えたかっただとか、表現したかったかとか、そういうのは何も無いです。受け取り方は任せます。

n-buna

https://twitter.com/nbuna_staff/status/1252895287728680960

ですから今回は筆者が思う「こういう感じじゃないかな」という予想みたいなものを執筆していきます。

「花に亡霊」の曲調にも注目してみましょう。
序盤の静寂まとう転調は前作「パレード」、後半の盛り上がりを見せる部分は前作「夜行」に似ていると感じました。

歌い方でもメリハリがつけられており、ABメロは吐息をそっと吐くような繊細さ、サビからは息を大きく吹き込むような大胆さが感じられました。
映画主題歌らしい楽曲に仕上がっています。

それではさっそく気になるタイトルや歌詞全体を見て行きましょう。

『花に亡霊』について考えた

タイトルとMVの映像や歌詞を重ねて色々予想してみました。

タイトルの「花」「花火」をイメージできます。
MVでも花火の演出があり、浴衣を来た主人公の姿も観察されています。
さらに歌詞では「夏の花」という表現もあることから花火のイメージが定着しました。

さらに「花」「見えるもの」を示唆しているのではないかと考えました。
それには主人公の見つめる世界が該当すると思います。

対して「亡霊」とは「見えないもの」を示唆していると考えられます。
それは歌詞中の「言葉」「時間」「心」が該当するかもしれません。
さらに「本心や本来の姿を隠している状態」「面影」も当てはまると思いました。

映画あらすじを見ても主人公の美代は「猫の姿」になり、本来の自分を見せていません。
賢人も普段はクールを装い本心を見せていません。
そうした部分が亡霊によって表現されていたりして、、と勝手に考えているわけです(意味ないみたいだから)

『花に亡霊』歌詞から膨らめた世界観

回想―二人の夏

もう忘れてしまったかな
夏の木陰に座ったまま、氷菓を口に放り込んで風を待っていた

もう忘れてしまったかな 世の中の全部嘘だらけ
本当の価値を二人で探しに行こうと笑ったこと

今回は一人の男性を主人公にして考察していきたいと思います。
歌詞中で主人公は「僕」と表現されています。
彼には「君」で表現されている大切な女性がいました。

彼は彼女と過ごした夏の季節を回想しています。
二人が木陰に座ってアイスを頬張っていた点から、真夏を連想します。
「風を持っていた」という部分には文字通りにも比喩的にも解釈できると思いました。

帆を張って風を待つ船のように二人はお互いの関係性を深めるために「前進」する機会を待っていたのかもしれません。

続く部分で「世の中の全部嘘だらけ」「本当の価値」が比較されています。
これは世の中の価値基準に背を向け、二人で価値あるものを見出そうとしている様子が伝わります。

いつまでも鮮明に

忘れないように 色褪せないように
形に残るものが全てじゃないように

この部分はそれより前の節にかかっているように思えます。

主人公は彼女との想い出を回想していました。
ですから彼が「忘れないように 色褪せないように」したいものは「二人の想い出」だったのでしょう。

彼は「形に残るもの」つまり目に見える実在するものだけが価値を持つのではないことを述べているように感じます。

彼は二人の想い出を頭と心で何度も思い描き鮮明に保とうとしているようです。

夏の亡霊

言葉をもっと教えて 夏が来るって教えて
僕は描いてる 眼に映ったのは夏の亡霊だ
風にスカートが揺れて 想い出なんて忘れて
浅い呼吸をする、汗を拭って夏めく

この部分から主人公に状況と心境の変化があったと感じます。
彼はなんらかの理由で彼女と会えなくなってしまったのでしょう。

「夏が来るって教えて」と嘆願しているのは、二人で夏を過ごすことが出来ない状況だからだと予想しました。
彼女が遠くへ行ってしまった、あるいは亡くなってしまったのかもしれません。

そのように仮定すると彼の「言葉をもっと教えて」とは「彼女の言葉」であり、もっと話していたかったという願いに思えます。

そして彼が描いてる「夏の亡霊」とは「夏の想い出と彼女の面影」であると解釈しました。

続く部分の彼女のスカートを揺らした風の例証は「想い出が風化する」ことを彼が望んでいるのを伝えているように思えます。
前述では、忘れないようにと願っていたのではないでしょうか。

心境が変化した要因となったのは、彼女に再会できないことを悟ったことにあると考えられます。
想い出を忘れることで前進しようとしたのでしょう。

絵に描いた雲

もう忘れてしまったかな
夏の木陰に座った頃、遠くの丘から顔出した雲があったじゃないか
君はそれを掴もうとして、馬鹿みたいに空を切った手で
僕は紙に雲一つを描いて、笑って握って見せて

ここでも主人公の回想が綴られています。

彼と彼女は遠くの景色をぼうっと眺めていました。
眺めていると丘から雲が顔を出し、それを見つけた彼女は嬉しそうに手を空へと伸ばしました。

そんな彼女のしぐさに彼は「馬鹿みたい」と思いながらも笑ってみせたのでしょう。
その後、彼は紙とペンを取り出し「雲」を描いてみせました。

彼の行動から「彼女の欲するものはすぐにでもあげたい」という考えが読み取れます。

こうした何気ない出来事を回想した後にいなくなった彼女を思うと、彼女が雲のように遠い存在となってしまったことや、絵に描いた雲のように彼女の手を再び取ることはできないことを実感したかもしれません。

心、通わせて

今だけ顔も失くして
言葉も全部忘れて
君は笑ってる
夏を待っている僕ら亡霊だ
心をもっと教えて
夏の匂いを教えて
浅い呼吸をする

この部分から彼女が遠くへ行ってしまった、あるいは亡くなってしまったことが濃厚になったと感じました。
「顔も失くして言葉も全部忘れて」とは彼が彼女と顔を合わす事も言葉を交わすこともできない状態を示唆しているように思いました。

しかし「今だけ」とあるのは再会の希望を残しておきたいという彼のささやかな願いだと解釈しました。

別の観点でも考えてみましょう。

時として「顔」や「言葉」は人間関係を深める上で障害になる場合があります。
映画の美代は「猫の姿」になったとき「顔」と「言葉」を捨てました。
その代わりに賢人に近づき心を開かせることに成功しました。

ですから歌詞中の主人公は彼女と「心を通わせていたい」と願っていたのかもしれません。
彼女を失った今、見えない彼女と心を通わせることができるという実感は唯一の救いと言えます。

目に見えない尊いもの

言葉をもっと教えて
さよならだって教えて
今も見るんだよ
夏に咲いてる花に亡霊を
言葉じゃなくて時間を
時間じゃなくて心を
浅い呼吸をする、汗を拭って夏めく

ここでは「目に見えないもの」が幾つか列挙されています。

それは「言葉」「時間」「心」です。

彼は会えなくなった彼女ともっと「言葉」を交わしたいと願いました。
しかし回想を重ねていくごとに会話より一緒に過ごした「時間」が大切であることに気づいたのかもしれません。

さらに会えない時間が長くなってからは、目に見えなくても「心」で通じ合っていることの大切さを実感したのかもしれません。

このように彼は彼女を失ってから段階的に尊いものを見つけていったようです。

「夏に咲いてる花に亡霊を」とはなんでしょうか。
それは「二人で見た花火の想い出」「彼女の面影」を重ねたのでしょう。

別の考え方としては彼が「目に見える世界に見えない彼女を想い見た」とも解釈できます。

重ねた回想とそれによって得た尊いものを彼はぎゅっと握りしめたことでしょう。
その手の強さは絵の雲を握ってみせたときより、彼女の手を握ったときよりもずっと強いものでした。。

まとめ

いかがでしょうか。
ヨルシカのナブナさんは、伝えたいことや表現したかったことがないと言っていましたが、作品から感じたことは言葉で表現したくなります。

何かを失えば落胆や失意を経験します。
得られたもののことなど考える余裕はありません。
しかし筆者は「花に亡霊」から教訓を得ました。

失って気づく尊いものの存在に気づかされたからです。
言葉や時間そして心について黙想して、日々大切にしたいと思いました。

歌詞を読み進めるたびに感動の波が押し寄せてきました。
美しい情景と複雑な心境がフレーズ1つ1つから感じ取れます。
今後、公開される映画にも期待感が高まりますね。

ヨルシカの今後の活動と次回作に期待し注目していきたいと思います。
美しい表現に富んだ素晴らしい作品をありがとうございました。

ここまで記事を読んでくださった皆さんにも感謝します。
ありがとうございました。

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