ヨルシカ『藍二乗』歌詞の意味を考察・解釈~青年の葛藤を描いた意義深い歌詞~

変わらない風景 浅い正午
高架下、藍二乗、寝転ぶまま
白紙の人生に拍手の音が一つ鳴っている
空っぽな自分を今日も歌っていた

変わらないように
君が主役のプロットを書くノートの中
止まったガス水道 世間もニュースも所詮他人事
この人生さえほら、インクみたいだ

あの頃ずっと頭に描いた夢も大人になるほど時効になっていく

ただ、ただ雲を見上げても
視界は今日も流れるまま
遠く仰いだ夜に花泳ぐ
春と見紛うほどに
君をただ見失うように

転ばないように下を向いた
人生はどうにも妥協で出来てる
心も運命もラブソングも人生も信じない
所詮売れないなら全部が無駄だ

わざと零した夢で描いた今に寝そべったままで時効を待っている

ただ、ただ目蓋の裏側
遠く描く君を見たまま
ノート、薄い夜隅に花泳ぐ
僕の目にまた一つ

人生は妥協の連続なんだ
そんなこと疾うにわかってたんだ
エルマ、君なんだよ
君だけが僕の音楽なんだ

この詩はあと八十字
人生の価値は、終わり方だろうから

ただ、ただ君だけを描け
視界の藍も滲んだまま
遠く仰いだ空に花泳ぐ
この目覆う藍二乗

ただ、ただ
遠く仰いだ空、君が涼む
ただ夜を泳ぐように


はじめに

2018年12月26日にネット上で投稿され同年28日にリリースされた楽曲です。
「ヨルシカ」は2017年に結成された二人組のバンドです。
ギターをn-bunaさん 、vocal をsuis(スイ)さんが担当しています。

『藍二乗』は2018年5月にリリースされたアルバム『負け犬にアンコールはいらない』以来の新曲で
1,800万再生を記録している「ただ君に晴れ」のMVを担当した映像クリエイター「ぽぷりか」による
青年の葛藤を歌ったロック・ナンバーとなっています。

『藍二乗』は「ヨルシカ」の過去にリリースされた楽曲と関連があるものと思われます。
「雲と幽霊」や「ただ君に晴れ」などのMVで見られたシーンや登場人物が挿入されている
ような感じを受けました。

一連のストーリーの延長線上としてこの作品が提出されたのかもしれませんね。
さっそく歌詞の意味を考察して世界観を広げていきましょう。

タイトル『藍二乗』の意味とは

ユーチューブ下記コメント欄や様々な解釈サイトを総合してみると
二つの見解が非常に多いことがわかります。

一つ目は藍二乗を「虚数単位のi2」つまり「-1」とする見解です。
「iを二乗」するつまり「-1」をそれぞれ歌詞中の
「僕」と「君」にみたてて最終的に「1」になるという理解です。

この見解は一人では生きられない、二人でようやく一人前の私たち
という表現を伝えています。

筆者はこの見解を過去の楽曲である「言って。」や
「言って。」で亡くなってしまった男の子のアンサーソングとなった
と思われる「雲と幽霊」の内容が裏付けていると考えました。

先立った青年は「君」に会えなくなったのでマイナス、
「君」も青年と会えなくなったのでマイナスという理解です。
もう一度二人一緒になることでマイナスをプラスに変えれますが
そうすることが現実問題として出来ない葛藤を描いているのかと
読み解きました。

二つ目は「藍」が登場する別の楽曲での用いられ方に注目しました。
特に注目したい点は「ウミユリ海底譚」の
「僕の心が藍色のように暗く染まっていく」という歌詞です。

歌詞文脈からこの時の「僕」の精神状態が暗く悲しい状態であることを
表わしています。
ですから「僕」が抱く暗い感情が何重にもなっていく様を表現していると
理解できます。

多くの方がこのどちらかの見解の一つを起点とし考察を進行させています。
筆者はどちらの見解も並行して考察していけると思いました。


『藍二乗』歌詞の意味

青年のとても暗く無味乾燥な日々

変わらない風景 浅い正午
高架下、藍二乗、寝転ぶまま
白紙の人生に拍手の音が一つ鳴っている
空っぽな自分を今日も歌っていた

主人公である青年はいつもとなんら変わらない
昼下がりとても暗い気持ちで寝ころんでいました。

満足感や充足感のない人生に「拍手の音」つまり
自分の心臓の鼓動だけが無駄に鳴り響いていることを
実感しています。

ただ物理的に生きているという事実以外に青年には
何もありませんでした。


無味乾燥な日々の大地に咲いた花

変わらないように
君が主役のプロットを書くノートの中
止まったガス水道 世間もニュースも所詮他人事
この人生さえほら、インクみたいだ

あの頃ずっと頭に描いた夢も大人になるほど時効になっていく

ただ、ただ雲を見上げても
視界は今日も流れるまま
遠く仰いだ夜に花泳ぐ
春と見紛うほどに
君をただ見失うように

「プロット」とは映画やゲームなどのシナリオに
おいての筋書きのことです。
青年の頭の中には「君」の思い出が中心となり
それに基づいて考えが発展していくのでしょう。

青年の関心事のほとんどを「君」が占有し
それ以外の生活に関わるすべてのことが
どうでも良くなっているようです。

余談ですが「止まったガス水道」のフレーズとともに
挿入されたMVのシーンは「ただ君に晴れ」にも挿入
されていたシーンでした。
なんらかの関連性を個人的に感じました。

青年の人生は広がりのない浅く乾いたものでした。
それでも「君」のことを考える人生は「インク」のように
広く浸透していきにじむような色濃いものに変化していきました。

それでも青年は幼いころ見た夢も時間と共に風化している
と感じています。

夜空を見上げると花のように美しい君がまるで泳いでいるかの
ように見えました。
それでも見間違えだったと思えるほどに彼女の幻影は即座に
夜空へと消えていったのです。

妥協という麻酔も効かない君の存在

転ばないように下を向いた
人生はどうにも妥協で出来てる
心も運命もラブソングも人生も信じない
所詮売れないなら全部が無駄だ

わざと零した夢で描いた今に寝そべったままで時効を待っている

ただ、ただ目蓋の裏側
遠く描く君を見たまま
ノート、薄い夜隅に花泳ぐ
僕の目にまた一つ

人生は妥協の連続なんだ
そんなこと疾うにわかってたんだ
エルマ、君なんだよ
君だけが僕の音楽なんだ

「君」を思って上を見上げても会えずに挫折感を
感じまた転落することを青年は恐れています。
ですから妥協して彼女のことを忘れようとします。

心や運命そしてラブソングは目に見えない形のないものです。
青年にとってそうしたものは幻想に過ぎず信じる対象にはなりません。
とても暗い気持ちになった青年は結果がすべてという思考になっています。

目を閉じてすべてが終わるのを待ちわびている青年ですが
瞼の裏側に「君」の姿を見ます。

ここで「夜隅」というスラングが出てきます。
恐らくノートの四隅とかけたことばの洒落ではないかと考えます。
夜の片隅に君がいるように青年は感じたのでしょう。

「エルマ」とは欧州に多く見られる女性の名前です。
さらに一説によると「全部、すべて」という意味合いもあるそうです。

つまり青年にとって「君」という女性の存在がすべてであり
人生のすべてであることを表現しているのかと読み解きました。

彼の心臓の鼓動が奏でる単調な音と転調もリズム変化もない人生は
彼を楽しませる音楽とはなりませんでした。

「君」と過ごす変化に富む人生こそが青年を楽しませる音楽だったのです。

その事実に気づきながらも会えないことで暗くなる自分、
そして暗くなると思い出す花のように美しい「君」の姿、
何度も繰り返されるこの循環に青年は強い葛藤を覚えます。

青年の葛藤などしらずに今夜も夜空の片隅には
一輪の狂い咲く「君」の姿が映るのでした。

まとめ

会いたい人に会えない辛さや葛藤を美しく描写していたのでは
ないでしょうか。

情景を瞬時に思い描ける明快な歌詞とvocal のsuisさんの
透明感のある声が絶妙なハーモニーを奏でていると思います。

MVで青年の表情が見えないのは歌詞や曲調から青年の葛藤や
感情を読み取って欲しいという意志の表われに感じました。

ヨルシカの今後の活動や次回作を楽しみにしています。