東京事変『群青日和』歌詞の意味・考察と解説

新宿は豪雨
あなた何処へやら
今日が青く冷えてゆく東京
戦略は皆無
わたし何処へやら
脳が水滴を奪って乾く

「泣きたい気持ちは連なって冬に雨を齎(もたら)している」
と、云うと疑わぬあなた
「嘘だって好くて沢山の矛盾が丁度善い」
と答にならぬ”高い無料(ただ)の論理”で
嘘を嘘だといなすことで即刻関係の無いヒトとなる

演技をしているんだ
あなただってきっとそうさ
当事者を回避している
興味が湧いたって
据え膳の完成を待って
何とも思わない振りで笑う

突き刺す十二月と伊勢丹の息が合わさる衝突地点
少しあなたを思い出す体感温度

答は無いの?
誰かの所為にしたい
ちゃんと教育して叱ってくれ
新宿は豪雨
誰か此処へ来て
青く燃えてゆく東京の日

はじめに

2004年に発売された東京事変のデビューシングル、『群青日和』。
ソロ活動で大きな成功を収めていた椎名林檎がボーカルとして参加するバンドのデビュー曲とあって発売前から大きな話題を集めていました。
結果、オリコンの週間シングル売上は第2位。
一バンドのデビューシングルとしては異例の売り上げといえるでしょう。
そんな世に広く知られた『群青日和』ですが果たして歌詞はどのようなものなのでしょうか。
今回は『群青日和』の歌詞の考察を行います。

歌詞考察

豪雨の中、すれ違う二人の心

新宿は豪雨
あなた何処へやら
今日が青く冷えてゆく東京
戦略は皆無
わたし何処へやら
脳が水滴を奪って乾く

頭サビです。
「新宿は豪雨」とまず情景描写から始まるこのパート。
「あなた何処へやら」「わたし何処へやら」とすれ違う恋人同士が『群青日和』の登場人物です。
「脳が水滴を奪って乾く」とは主人公が相手に対してどんな言葉をかければよいのかわからなくなっている様が表現されています。
思考が停止していく様を水を用いた比喩表現で表したのは吹き荒む雨を見ているからでしょう。
大雨の中、心が離れて行く相手、そして自分に対して何をすれば良いのかわからないという困惑が描写されています。

すれ違いは会話の中で深まって

「泣きたい気持ちは連なって冬に雨を齎(もたら)している」
と、云うと疑わぬあなた
「嘘だって好くて沢山の矛盾が丁度善い」
と答にならぬ“高い無料(ただ)の論理”で
嘘を嘘だといなすことで即刻関係の無いヒトとなる

一番Aメロ〜Bメロです。
ここでは恋人同士の会話が綴られます。
「泣きたい気持ちは連なって冬に雨を齎(もたら)している」と語る主人公。
言わずもがな、冬は乾燥する季節。雨が降ることは一年間で最も少ないです。
それにも関わらず今雨が降っているのは、自分の泣きたい気持ちによるものだと言っているのです。
とても叙情的な表現ですが、恋人にこんなことを言われたとあっては謝るか泣きたい理由を聞くか何らかのアクションを起こすのが通常です。
しかし、これに対して「嘘だって好くて沢山の矛盾が丁度善い」と主人公の恋人は返します。
全くもって不誠実な回答です。
主人公の言葉が嘘でも真実でもよく、言葉の真意を聞かないことにより起こる矛盾が曖昧なままの方が丁度よいと主人公の泣きたい気持ちの理由全く聞こうとしません。
そんな相手の対応を受けて主人公はそんな態度をするなら「即刻関係の無いヒトとなる」と呆れるのです。
心情を告げた主人公とそれをはぐらかす恋人。
両者のすれ違いが鮮明に描かれています

傷つかないための予防線

演技をしているんだ
あなただってきっとそうさ
当事者を回避している
興味が湧いたって
据え膳の完成を待って
何とも思わない振りで笑う

一番サビです。
Aメロ〜Bメロで主人公に対して不誠実な発言をした恋人。
これに対して「演技をしているんだ」「当事者を回避している」と本当は自分の思いを気づいているくせに、その思いに向き合うのが面倒だから気づかないふりをしているんだと不満をあらわにします。
あなたは自身の興味があることでもそのようなそぶりを見せず、「据え膳の完成を待って」と目の前に提示されてたら食いつくくらいの反応しかしなと恋人の性格を非難します。
せっかく自分の泣きたい気持ちを告げたのにそれに向き合わないような適当な発言をされたのでは当然の反応ですね。
しかし、楽興の最も盛り上がるパートの一つであるサビが恋人への不満で埋め尽くされているのをみるとその不満が相当なものであることが推察できます。

Cメロ〜大サビ

突き刺す十二月と伊勢丹の息が合わさる衝突地点
少しあなたを思い出す体感温度

答は無いの?
誰かの所為にしたい
ちゃんと教育して叱ってくれ
新宿は豪雨
誰か此処へ来て
青く燃えてゆく東京の日

Cメロ〜大サビです。
「少しあなたを思い出す体感温度」というパートから一番で描かれた場面から状況が変わり恋人が既に過去の人となってしまったことが推察されます。
そして「答は無いの?」と十二月の厳しい寒さのなかで寂しい思いをしながら、別れたあの日の恋人とのやり取りを思い出して悶々とする主人公の姿が描写されます。
そんな姿に続いて描写されるのは「新宿は豪雨」。
そんなやりとりを思い出して泣きたい気持ちに呼応するかのようにまたも真冬の新宿に降る大雨です。
豪雨の際、前回は思いがすれ違う相手が一緒ではありましたが二人でその時を過ごしました。
しかし、今回は一人。
孤独に耐えきれず「誰か此処へ来て」と主人公の嘆きが綴られるのです。
ある一組の男女の別れを季節外れの大雨になぞらえて描写した名曲です。

おわりに

歌詞考察の結果、『群青日和』で表されていたのは冬に起こった男女の別れだとわかりました。
特に何らかのメッセージもなく、冬の情景と主人公の感情をありありと描写するその歌詞はかえってリスナーの胸を打ちます。
もし同じように冬に別れを経験したことがある人であれば当時を思い出して胸がぐっと締め付けられるような思いをするのではないでしょうか。
曲の世界観に私たちを引き込む椎名林檎の高い歌詞能力に脱帽してしまいます。

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