syudou『孤独の宗教』歌詞の意味を考察・解釈

アタシ決して不幸じゃないし
それに気づけない程の馬鹿じゃない
イヤイヤでも心に栓をすりゃ
地味な痛みや苦味も分からない
どうやったってどうなったって
満たされてるのに変わりないけど
夜中一人巡る思考 今にも破裂しそう

超平均的安定思考の
自称メンヘラww(わらわら)
健康寿命と精神異常は
アナタのおかげ
 
アタシは孤独じゃない
全く孤独じゃないと
分かっても決して消えない愛の飢えを
アナタに騙されたい
全く騙されたいの
信じて愛したそれが偽りと知ったって
清く正しく生きていこうぜ 

誰かのせいにゃしたくない
けど全て引き受けちゃ身が持たない
朝と夜とで1日計2回
それで救われるなんて馬鹿みたい
もう嫌んなってもうやんないって
言ったのに気づけばまた縋ってる
「死ぬよりはまだいいでしょう」
の顔に浮かぶ死相

天真爛漫純粋野郎にゃ
一生納得はムリムリ 
おっさん目線も恣意的意見も
頭がおかしい

アタシはまともじゃない
全くまともじゃないと
分かっても決して混じれぬ普通の日々に
本当は流されたい
全く流されたいの
ハッピーエンドの終電を乗り過ごさないように
着の身着のまま走っていこうぜ 

単純明快的青写真を
追走中なのまだまだ
純情さに軽蔑されぬように
生きていたいのよ でもでも

夜眠って朝に起きて繰り返してそれだけ
夢も希望もあったはずがふと気付けばこれだけ
だけどそのひとつに全部捧げられりゃどれだけ
嗚呼世界よ この腑抜けを腹から笑え

アタシは孤独じゃない
全く孤独じゃないのになぁ

R.I.P.

アタシは孤独じゃない
全く孤独じゃないと
分かっても決して消えない愛の飢えを
アナタに騙されたい
全く騙されたいの
世間と自分との鎖がバラバラになったって
二人楽しく堕ちていこうぜ

syudou『孤独の宗教』の概要

『孤独の宗教』とは人気ボカロPであるsyudouさんが歌い手ゆきむらさんに書き下ろした楽曲で2020年2月3日にネット上で公開されたました。
動画再生回数は公開から僅か1日で8万を超える人気ぶりを見せています。

『孤独の宗教』の作詞作曲をsyudouさんが担当し、映像はヤスタツさんが担当されました。

今作のMVはどのような仕上がりになっているでしょうか。
スピリチュアルなタイトルにふさわしく信者と教祖らしき人物が登場し物語が展開されていきます。

全体を通して主人公はある宗教にのめり込んでいるように見受けられます。
しかしラストには自分の信じてきた教祖が亡くなってしまい墓の前で途方に暮れるようなシーンがありました。

曲調もsyudouさんらしく、どこかおどろおどろしく奇怪でダークテイストに仕上がっていました。
転調や突然のミュートも中毒性をもたらしていました。

それではさっそく気になるタイトルや歌詞の考察を始めていくことにしましょう。

『孤独の宗教』の意味とは

『孤独の宗教』の歌詞内容から宗教に対しやや皮肉めいた表現が見られました。
昨今でも宗教に対する悪いイメージが定着しており、そうした点を強調しているのかもしれません。

多くの人のイメージの1つに「宗教はのめり込むもの」というものがあります。
信者は「そうでもない」と否定しますが周囲から見た場合にそう見えるということがあります。

同様に歌詞中の主人公は自分が「孤独」だということを否定しています。
実際に孤独にのめり込んでいるのにそうではないと否定するのです。

「宗教」には教祖がいるものです。
歌詞の中でそれが「アナタ」と表現されています。
主人公は「アナタ」に強い感化を受け考え方や生き方に影響していきます。

こうした点を考えると『孤独の宗教』に含まれる『孤独』と『宗教』は主人公の生き方に誘引力と持続力をもたらしていることを理解できます。
続く部分で孤独に気づけず幸福を追求し続ける主人公に注目していきます。

『孤独の宗教』歌詞の意味

「言い聞かせ」の詠唱

アタシ決して不幸じゃないし
それに気づけない程の馬鹿じゃない
イヤイヤでも心に栓をすりゃ
地味な痛みや苦味も分からない
どうやったってどうなったって
満たされてるのに変わりないけど
夜中一人巡る思考 今にも破裂しそう

『孤独の宗教』の歌詞に注目するにあたり、1人の男性主人公を主軸にして考察したいと思います。

彼は自分が「不幸ではないことや馬鹿でないこと」を毎日歌うようにあるいは呪文のように言い聞かせているようです。
そうすることで本当にそう思えるようになってきたのでしょう。

「イヤイヤでも心に栓をすりゃ」というフレーズから彼が過去に心の傷を負った経験があるという点を理解できます。
「地味な痛み」には誰かからの悪口や陰口が含まれるのかもしれません。

心を閉ざし上記の言い聞かせによって自身を高めることで、彼は生きることが出来ているのかもしれません。

しかし「夜中一人巡る思考 今にも破裂しそう」とあるように、夜になると「自分は本当に幸福なのか」「一人の自分は不幸ではないのか」という思考が浮かび心が張り裂けそうになっているのだと読み取れます。

そうなる度に彼は上記の詠唱を続け気持ちを落ち着かせるのでしょう。

安らぎの源

超平均的安定思考の
自称メンヘラww(わらわら)
健康寿命と精神異常は
アナタのおかげ

主人公は自身を「安定思考の自称メンヘラ」と呼んでいます。
「メンヘラ」はメンタルヘルスの略称であり「心に問題を抱えている人」を意味する俗語となっています。

「自称」とあるように本当はそこまでの状態ではなく、周囲の人にかまって欲しくてメンヘラを演じているに過ぎないという意味なのかもしれません。

続く部分では「アナタ」が登場してきます。
『孤独の宗教』のMVに登場した教祖に該当するとも考えました。

しかし筆者はもっと広義的な意味があると考えました。
それは主人公にとって「孤独を忘れるためのものすべて」と「習慣」を指すという解釈です。

ある人にとってそれは「友人や著名人」かもしれません。
あるいはタイトルに即して「教祖や宗教」なのかもしれません。
人以外ならブランドも含まれると思います。

それらを追求しのめり込むと「健康と寿命」また「精神」に影響が出ることを「健康寿命と精神異常」という部分で伝えているように感じます。

嫌気さしてもやめられず

誰かのせいにゃしたくない
けど全て引き受けちゃ身が持たない
朝と夜とで1日計2回
それで救われるなんて馬鹿みたい
もう嫌んなってもうやんないって
言ったのに気づけばまた縋ってる
「死ぬよりはまだいいでしょう」
の顔に浮かぶ死相

ここでは宗教への皮肉が色濃く出ています。

「朝と夜」の祈りキリスト教(宗派による)の祈りの習慣を連想させられます。
著者ジョン・ベイリー博士の「朝の祈り 夜の祈り」のタイトルとも重なります。

そうした習慣に対し「それで救われるなんて馬鹿みたい」と彼は述べています。
心境の変化が起こっていることを理解できます。

この習慣は前述の「アナタ」に関係したものだと考えました。

アナタが人であればその人に会ったり話したりする「習慣」、人以外のものであれば「買ったり見たり」する習慣が人の救いに繋がります。

しかしあるとき主人公はそれら習慣が自分の救いにはならないことに気がついたのでしょう。
そうしたものを追求しても一向に孤独や不幸の感覚を拭うことができなかったのだと思われます。

それでもずっと続けていた習慣を手放した途端に「死にたくなるような不安や恐れ」が彼の中に沸き起こるのかもしれません。

歌詞ではあたかも習慣の方から「死ぬよりはまだいいでしょう」と主人公に囁きまた続けるよう促しているようです。

しかし習慣には「死相」が浮かんでおり「永続的存在ではない」ことを主人公は見て取っているのだと解釈しました。

渦巻く閉鎖的思考

天真爛漫純粋野郎にゃ
一生納得はムリムリ 
おっさん目線も恣意的意見も
頭がおかしい

「天真爛漫純粋野郎」とは無邪気で明るく純粋な人を指します。
彼はそうしたタイプの人が自分の独特の思考とそれがもたらす苦悩を理解できないと語っています。

「おっさん目線」とは人生経験に基づいて語られる世の中の常識と価値観のことを示唆していると解釈しました。

「恣意的意見」とは「気ままで自分勝手な意見」を指します。

上記の目線や意見に対し彼は「頭がおかしい」と吐き捨てています。
彼にはおっさん世代や自分勝手な人たちに悩まされた背景があるのだと読み取れます。

「ありのまま」を終電にのせて

アタシはまともじゃない
全くまともじゃないと
分かっても決して混じれぬ普通の日々に
本当は流されたい
全く流されたいの
ハッピーエンドの終電を乗り過ごさないように
着の身着のまま走っていこうぜ 

ここで主人公は自分が「まともじゃない」と認めています。
それでも「普通の日々」には戻れないという趣旨の歌詞が続いています。
彼は理想の自分を思い描き幸福であると言い聞かせてきました。

そうした気持ちを持続させるための習慣も手放さずに生きてきました。
周囲の人たちから白い目で見られることもあったかもしれません。

それでも彼は「ハッピーエンドの終電を乗り過ごさないように」つまり自分にとっての最後の幸せを逃さないように奮闘しています。

彼は周囲からどう見られようと「着の身着のまま」つまりありのままの自分という装いで人生を歩んでいくことに決めたようです。

救いもたらす習慣と共に

アタシは孤独じゃない
全く孤独じゃないと
分かっても決して消えない愛の飢えを
アナタに騙されたい
全く騙されたいの
世間と自分との鎖がバラバラになったって
二人楽しく堕ちていこうぜ

ここでも前述のように主人公の言い聞かせが綴られています。

「孤独じゃない」と繰り返すことで安心感を維持することができるのです。
しかし彼は「愛の餓え」を感じていることを正直に認めています。
実際に彼は1人で生きており誰も彼を慰める者はいないのです。

だからこそ「アナタ」つまり人や物がもたらす習慣から孤独を紛らわしてもらいたいのです。
そうしたものが自身に永続的な幸福を与えないとしても生きている間は「騙されたい」のです。

上記の願いはとても強くなによりも優先されています。
「世間と自分との鎖がバラバラに」とは上記のある種、狂信的な考え方が世間との確執を生み絆を破壊することになろうともという意味だと解釈しました。

そうなるとしても彼は自分の孤独を和らげる習慣とともに「堕ちていく」つまり人生を終えることを望んでいます。

周囲の人たちは彼が永遠の孤独を抱いて生涯を終えるのだと思うでしょう。
しかし彼にとって孤独と向き合いそれを拭うために奮闘する生き方は唯一知る幸福な生き方なのです。

彼の孤独は幸せを模索する理由となり、そのために彼はあることを習慣にし、習慣に飽きたら孤独を感じるというループに陥っているのです。
彼はまさに孤独という宗教に入会してしまったと言えるかもしれません。。

まとめ

いかがでしょうか。
スピリチュアルなタイトルと歌詞から孤独に対する見方が少し変わったような気がします。

孤独があるからこそ人はそれを拭う、あるいは和らげるための習慣を探し求めるんだと思いました。

考察を終えて筆者の頭に残ったものは「何事もほどほどがいい」という点です。
何よりも優先すべき対象や物事があるかもしれません。
しかし身近な人たちを押しのけてそれらを優先するというのは良いことではないと感じました。

色々な読み解き方が出来るMVと歌詞だと思います。
皆さんの意見をコメント欄にてお待ちしています。

syudouさんらしい世界観を『孤独の宗教』を通して垣間見ることができました。
併せてゆきむらさんの歌声もとても綺麗で魅力的でしたね。

今後の活動と次回作に期待し注目していきたいと思います。

4 件のコメント

  • 孤独の宗教の考察、丁寧にありがとうございます*_ _)
    探していたので有難いです✨

    • No Nameさんコメント有難うございます。
      参考にして頂けたようで嬉しく思います。

      これからもSugar&Salt Musicを宜しく
      お願いします!

    • あいさんコメント有難うございます。
      欧米の墓に刻まれた「rest in peace」の略ですか。
      気づかせてくださり感謝します。

      これからもSugar&Salt Musicを宜しく
      お願いします!

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