Sou『愚者のパレード』歌詞の意味を考察・解釈

何回目だっけ 忘れてしまうよ
当たり障りのない日々で僕は
正しいフリしてるの
汚れてしまったんだろう
それに気付けない
「お前は誰だ?」

関係ないだろ 溺れてしまえよ
有象無象の人混みに紛れては
怯えてるんでしょ
誰だってそうなんだよ
夢の中で踊りましょう

不完全で不安定な心で
最大の理想像を描いた
対照的な自分なんて
もう殺してしまえよ
猜疑心に苛まれた少年は
まやかしの明日を捲るのさ

単純なんだろうか 明かりは届かない
常識に囚われて
はみ出す勇気もなく
汚れた身体で綺麗に踊る

酩酊した思考が絶え間なく合図を送って
ほら今を壊していくけど
足りない意味ない
気付いたら僕はもうダメになっていた
愚者のパレード

最低な生活 君も同じなの
全てがぼやけてて いつもそこに居なくて
答えはないんでしょ
僕だってもう分からないよ
混沌とした街で一人ゆらり
溶けていく

行き交う人々
その誰もが 偽りに見えてしまって
揺れ動く僕の感情が
音を立てて崩れてく

絵空事世界なんて 誰かの偶像だ
一縷の希望に縋って
周りを塞ぎ込んで
どれが本当 顔が見えない

ボロボロになった仮面を
懲りずまた直しては
壊してを繰り返して行く
止まない止まないこの歓声は
僕らを嘲笑っていた

並行世界の君は 黒に紛れ込んで
もうどうやったって後悔ばっかだ
味気ないでしょ
死にきれない劣等感と
消しきれない背徳感で
現実が停止した
ねえ誰か救ってよ

ニセモノだって
ホンモノだったって
淘汰していく

単純なんだろうか 明かりは灯らない
常識に囚われず 何度も悩み抜いて
それでも答えは変わらぬまま
酩酊した思考が
絶え間なく合図を送って
もう僕を殺してくれよ
足りない意味無い
気付いたら僕らもうダメになっていた

醒めない夢かい
気付かずに今日もまた踊って狂えよ
愚者のパレード


はじめに

『愚者のパレード』とは2019年3月29日にネット上で公開された楽曲です。
さらにi Tunes、レコチョクを含む7つのサイトにて動画配信されてます。
動画再生回数は1週間で40万を突破し人気のほどを見せています。

少しアーティストのSouさんについて触れてみたいと思います。
Souさんは2013年ニコニコ動画にて歌い手としての本格的な活動を開始してい
ます。

ボカロ曲を中心に歌い手として人気を集め、さらに他アーティストのカバーな
どを活動内容としています。

歌い方や声質が独特であり、泣きそうな悲嘆めいた声が特徴的です。
今作のダークな歌詞に映え、世界観を引き立てています。
曲調は軽快なギターリフで始まりサビ終わりに抜けの良さを感じる
フェードアウトで終わっています。

今作とPVの内容はざっくり述べると「懐疑心の強い主人公」の歌で
あると理解できます。
彼は見るものすべてを疑ってしまう傾向があるため、自分の中に別
人格を作り出し自分を守っていきます。

しかしそうした予防策が強い副作用をもたらし、本人を酷く苦しめ
ていきました。
実際に彼がどのような経験をし、どんな感情を抱いたのか続く考察
から確認していきましょう。

タイトル『愚者のパレード』とは

「愚者」とは「愚かな」「馬鹿な人」を意味する言葉です。
タロットカードにも存在している言葉ですが、ドイツのある
有名なお祭りにも登場するようですね。

ドイツのフィリンゲンのカーニバルでは「ナロ(愚者)」の
お面を被った住人たちが列を作って行進していきます。
まさにタイトルにあるように愚者のパレードです。

愚者のお面に注目すると「笑顔」だったり「不満そう」な顔
をしていたりと実にさまざまです。

今作の主人公も周囲の人々の前では笑顔を見せたり、内心不
満そうにしていたりする部分がリンクしていると思います。
ドイツのパレードと異なる点が今作のパレードは主人公一人
で行われているという点にも注目できます。

主人公は一人ですが、心の中で複数人の人格を作り上げて周囲
の人間に上手に合わせていきます。
それを合理的と考えている、あるいは他者を信じられない故に
本当の自分を明かさないという予防線なのかもしれません。


『愚者のパレード』歌詞の意味

「住居侵入罪」

何回目だっけ 忘れてしまうよ
当たり障りのない日々で僕は
正しいフリしてるの
汚れてしまったんだろう
それに気付けない
「お前は誰だ?」

関係ないだろ 溺れてしまえよ
有象無象の人混みに紛れては
怯えてるんでしょ
誰だってそうなんだよ
夢の中で踊りましょう

主人公は日常生活で自分の正否を周囲が期待
していないことを実感していました。
否であると結論していることでも周囲は正と
し、それに従わなければならないのです。

主人公は本心を心の奥底に押し殺し否を正と
して「正しいフリ」をしてきたのでしょう。
周囲との関係は穏やかでしたが心はそうでは
ありませんでした。

そして続く部分で「お前は誰だ?」と問いか
けがなされています。
心の汚染を意に反さないもう一人の自分を見
つめて主人公は自問したのです。

このもう一人の人格はいつから自分の心に居
座るようになったのか検討もつきません。
そう、自分の知らない間に心の敷地に入って
きた侵入者のようでした。

もう一人の自分は主人公に嘘に溺れるように
勧めてきます。
これまで主人公がありふれた人ごみの波に逆
らっては怯えてきたのを見てきたのです。

波に逆らうのではなく「流される」ことの楽
さを主人公に教えているかのようでした。
「夢の中で踊ろう」とは本心は現実世界以外
の場所で語るべきだと述べているようです。


幻想世界で理想の探求

不完全で不安定な心で
最大の理想像を描いた
対照的な自分なんて
もう殺してしまえよ
猜疑心に苛まれた少年は
まやかしの明日を捲るのさ

「不完全で不安定な心」とは若さ故の過ちを
兼ね備え精神もバランスの取れていない心を
表現しています。

それでも人は夢を見るものです。
頭の中に大きく広げられた真っ白なキャンバ
スに理想を描くのです。

そこには自分とはかけ離れた立派でバランス
の取れた成熟した自分が居ました。
しかしもう一人の自分はそんな自分など幻想
に過ぎず追うのは無駄であると思っています。

その言葉の真実性を疑う主人公は自分だけを
信じて生きることを決意したようです。
理想には必ず近づけるはずだ、確固とした真
実はどこかにあるはずだと探求します。

「まやかしの明日を捲る」とは一般的に普通
とされている日常にメスを入れて真実を模索
することを描写しているように感じました。

踊り疲れた愚者

単純なんだろうか 明かりは届かない
常識に囚われて
はみ出す勇気もなく
汚れた身体で綺麗に踊る
酩酊した思考が絶え間なく合図を送って
ほら今を壊していくけど
足りない意味ない
気付いたら僕はもうダメになっていた
愚者のパレード

主人公は一般常識に逆らって生きていくつもりでした。
それでも全く逆らえず落胆していました。
常識から逸脱し新たな発案をする勇気もなくなってい
たのです。

「汚れた身体で綺麗に踊る」とは他者の前で上手に立
ち回るという意味の描写でしょう。
「酩酊した思考」とは酒を飲み過ぎて思考の鈍った状
態を表現しています。

これでいいんだろうか?と懐疑心を抱いていた主人公
は遂にその正否を問う疑問さえ持たなくなってしまい
ました。

そんな自分に気づいてしまった彼は「ダメになってい
た」という弱々しい一言を地に落とします。

踊り疲れた彼に救済の手を差し伸べる観客は誰もいま
せん。
その時、彼は自分が愚かで馬鹿であったことをさらに
痛感したかもしれません。

自分に手を差し伸べる人物がいるとすれば、それは知
らずうちに自分の心に住み着いたもう一人の自分だけ
でした。

落胆する主人公にまたもう一人の自分が手を差し伸べ
てこう言います。

「何も考えずに一緒に踊り狂おうよ」

まとめ

懐疑心に囚われた男の末路を垣間見ることができました。
皆さんは普段「疑うこと」と「信じること」どちらが多い
でしょうか。

信じることは確かに素晴らしいことであり、詐欺が多発す
る現代社会においては貴重なものだと言えます。
しかし古くからある例証の言葉には「蛇のように用心深く
はとのように純真」であるよう勧められていました。

何でも信じて失敗するのも避けたいですが、なんでも疑っ
て人間関係や温かな感情を諦めたくはないですね。

Souさんの考えさせられるリアルな歌詞を堪能することが
できました。
今後の活動と次回作にも期待し注目していきたいと思います。