椎名林檎『鶏と蛇と豚』歌詞の意味を考察・解釈

甘い蜜を覚えた。
頬張りながら私はこれが瞬く間になくなってしまう事態を危ぶんだ。

自分が全てを平らげるまえに、あらたなぶんを蓄えて置くべき

口から蜜を溢れさせたまま奔走した。
充分な量を集めて来た上で私はー
更に貪り続けた。すると俄かに吐き気を催し遂に嘔吐した。

一度は満ち足りた筈が違っていた。
望んだものに有り付いてなぜこれほど
厭わしい思いをさせられるのであろうか。

はじめは確かに好ましく感ぜられたこの蜜が
まさか毒なのではあるまいか。

私を貶める罠か。
誰かに呪われている。
恨みを買うようなことは何もしていない。
なお且つ己の心身の都合なら
己が一番わかっている。
やっぱりおかしい。

愛するのは、自分だけ。
目で視て、耳で聴いて
鼻で嗅いで指で触れて、

そして舌で味わった私の体験こそが、
何にも代え難く尊いものである。

はじめに

『鶏と蛇と豚』とは2019年5月21日にネット上で公開された楽曲です。
同年5月27日、実に5年振りのリリースとなる椎名林檎ニューアルバム「三毒
史」に収録されています。

アルバムタイトルと完全リンクしトップナンバーとなる今作はリスナーに強烈
な印象を残すこと間違いないでしょう。

今作についてライナーノーツやMV監督のコメントから考察イメージを膨らませ
ることができます。

「鶏と蛇と豚」は新作アルバム『三毒史』の舞台設定を紹介するべく書き下ろされたオープニングトラック。
アルバム・タイトルに用いた三毒とは、仏教において克服すべきとされる煩悩を意味する、“むさぼり”、“いかり”、“おろかさ”。

般若心経の読経と共にDJ大自然のスクラッチとシンフォニックな管弦打楽器が風雲急を告げる。圧倒的な密度を誇る演奏と無機質な歌声による「鶏と蛇と豚」は、現世へと通ずる門で毒のように甘い禁断の蜜を貪り、己の五感に絶対的な確信を抱く生者のモノローグ。(ライナーノーツより)

「ふたりの虚無僧が東京タワーで女と出会った夜。
女が行き場のない気持ちを抱きながら六本木を歩いた夜。
ある男女が銀座で待ち合わせた夜。
男が不思議なトンネルに迷い込んだ夜。
そんな夜の、ほんのちょっと前に東京で起こった出来事を映像にしました。
マジ卍」。


https://sp.universal-music.co.jp/ringo/   椎名林檎 special site より

上記から今作にはレリジョン要素が強いことを理解することができます。
また「夜の東京」をテーマに繰り広げられる物語でもあることがわかり
ましたね。

今アルバムでかなり方向性を変えてきた椎名林檎さん、この先どこに向
かっていくのかはファンでさえ想像がつかないと言っています。
今作MVのスケール感の大きさからオリンピックに出て欲しいとの声が
動画コメント欄に多数見られていました。

まさに社会現象を引き起こす要素を持つ今作MVはどんな構成になって
いるのでしょうか。

まず不意を突かれたのが開始1分近くがお経でスタートする点です。
この時点で不気味さを感じる方も多いようです。

そして和の印象からラララランドのように開始されるミュージアム。
ここからは終始英語で歌われます。

そして一番目を引くのが3匹の生き物と3人の人間でしょう。
3匹はタイトルの「鶏と蛇と豚」です。
3人はそれぞれ「赤、青、黒」の衣装に身を包んでいます。

そして椎名林檎さんが時空を超える騎士のような衣装を着ていますね。
MV終盤には3人の登場人物が騎士に忠誠を誓うようなシーンが観察
されました。

はっきりいって歌詞もMVも何回みても難解です(笑)
考察ではフィーリングも大事な要素だと思いますので、今記事も広い
視野と心で閲覧して下さると助かります。

タイトル『鶏と蛇と豚』とは

前述ライターノーツでの説明通りだと思います。
「“むさぼり”、“いかり”、“おろかさ”」という
煩悩を指しているようです。

3つに共通する点は日常生活では制御しなければ
ならないという点です。

これらの負の感情とどのように向き合っていくか
が今作の要になっているのだと思います。

『鶏と蛇と豚』歌詞の意味

蜜のように滴る貪欲さ

甘い蜜を覚えた。
頬張りながら私はこれが瞬く間になくなってしまう事態を危ぶんだ。

自分が全てを平らげるまえに、あらたなぶんを蓄えて置くべき

歌詞冒頭の「甘い蜜」とはむさぼる「貪欲さ」を指すのでしょう。
人間には誰しも多かれ少なかれ「欲求」があります。
物が欲しい人が欲しいという感情が強まり、気づけばそれは貪欲
になることがあります。

貪欲は放置しておくと「今すぐ欲しい、どんな手段を使っても」
という危険な兆候を表します。

しかし歌詞の中の主人公は「この欲求」が完全になくなることを
恐れているようにも感じます。
ですから欲求を満たすための題材が完全になくなって無関心になる
前に新たな欲求を持つことを意識しているのかもしれません。

また物質に対する欲求についても言及しているようです。
「自分が全てを平らげるまえに、あらたなぶんを蓄えて置くべき」
という部分から「食べ物を食べきる前に 金を使い果たす前に」
もっと得なければという強い欲求を感じます。

物やお金に関するバランスの取れた見方は重要ですね。
それでも気をつけていないとすぐに人は貪欲になり本当に大事な
家族や自分を犠牲にして物やお金を得ようと考えてしまいます。

求めすぎて溢れたもの

口から蜜を溢れさせたまま奔走した。
充分な量を集めて来た上で私はー
更に貪り続けた。すると俄かに吐き気を催し遂に嘔吐した。

一度は満ち足りた筈が違っていた。
望んだものに有り付いてなぜこれほど
厭わしい思いをさせられるのであろうか。

はじめは確かに好ましく感ぜられたこの蜜が
まさか毒なのではあるまいか。

主人公は物質への欲求を暴走させ貪欲に生きていたようです。
MVでの街を歩いている様子はもしかすると目的のない乱費を
描写していたのかもしれません。

物やお金を十分得ていた主人公はさらにそれらを求めたので
しょう。
その結果として自分から吐き出すようにして溢れたものとは
「虚しさ」だったことでしょう。

プール付きの豪邸の多くには係りつけの精神科医がいると聞
いたことがあります。
要点はお金持ちはそれらを維持するために奔走し精神的障害
を蒙るという事実です。

勿論すべての人がそうとは断定しませんが誰しも留意しなけ
ればならない点と言えるでしょう。

生き物を飼えば世話が必要であり物を買えば管理が必要です。
所有物を増やせば増やすほど自分の時間はそれらに支配され
ると言っても過言ではありません。

MVで時計が加速していたのは一日の時間が24時間とは思えな
いほど早く感じる点を描写していたと筆者は解釈しました。

残された自己愛を抱いて

愛するのは、自分だけ。
目で視て、耳で聴いて
鼻で嗅いで指で触れて、
そして舌で味わった私の体験こそが、
何にも代え難く尊いものである。

ここでは主人公の感じる「自己愛」に言及しています。
よく「信じられるのは自分とお金だけ」という言葉を
聞きますね。

往々にしてビジネスで成功者が口癖のように語る台詞
です。

物質を得ることに過度の関心を抱くと他者を犠牲にす
る精神が身に付く危険性があります。
ノウハウ本などを見ても「これが私の学んだことであ
り貴重な実体験なのです」という台詞も良くあります。

確かに自分だけの力で成功した時の喜びは一入でしょう。
それでも自分だけを愛し自分だけの力に頼るというの
はどこか視野の狭さを感じます。

MV最後に3人の登場人物が時空を超える騎士に忠誠を誓
うシーンはまさに時間を超越する存在に人が頼る必要性
を暗示しているかのように見えました。

考え方や感じ方は人それぞれです。
それでも心に幸福や満足感のかわりに虚しさが広がる生
き方であればどこか調整が必要なのかもしれませんね。

自分の心から鶏や蛇や豚を追い出す必要があるかもしれ
ません。。

まとめ

夜の派手なパレードとは裏腹に歌詞は自分の心を統御す
る内容になっていたと感じました。
そしてお経スタートからの英詩は全くの予想外でした。
椎名林檎さんの世界観の広さを感じました。

24時間を上手に使っていくには自分の欲求のコントロー
ルが大切だという点も印象付けられました。

本当に多岐に渡る考察ができる今作だと思います。
それだけスケール感と独創的な要素が存在する作品であ
ると理解できますね。

オリンピック登場は予想できませんが予想を毎回超えて
くる椎名林檎さんであればもしかすると実現してしまう
可能性がありますね(笑)

椎名林檎さんの今後の活動と次回作にも注目です。

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