椎名林檎『歌舞伎町の女王』歌詞の意味・考察と解説

蝉の声を聞く度に 目に浮かぶ九十九里浜
皺々の祖母の手を離れ 独りで訪れた歓楽街

ママは此処の女王様 生き写しの様なあたし
誰しもが手を伸べて 子供ながらに魅せられた歓楽街

十五になったあたしを 置いて女王は消えた
毎週金曜日に来ていた男と暮らすのだろう

「一度栄えし者でも必ずや衰えゆく」
その意味を知る時を迎え足を踏み入れたは歓楽街

消えて行った女を憎めど夏は今
女王と云う肩書きを誇らしげに掲げる

女に成ったあたしが売るのは自分だけで
同情を欲したときに全てを失うだろう

JR新宿駅の東口を出たら
其処はあたしの庭 大遊戯場歌舞伎町

今夜からは此の町で娘のあたしが女王

はじめに

1998年に発売された椎名林檎の2枚目のシングル、『歌舞伎町の女王』。

かつて自称していたジャンル、「新宿系自作自演屋」のきっかけとなった楽曲であり、
初期の椎名林檎の代表曲として紹介されることが多い名曲です。

椎名林檎の楽曲の中では珍しく完全フィクションの内容であることも特徴ですが、
果たしてどんな内容なのでしょうか。

今回は『歌舞伎町の女王』の歌詞考察を行ってまいります。

歌詞考察

幼い頃の歌舞伎町の思い出

蝉の声を聞く度に 目に浮かぶ九十九里浜
皺々の祖母の手を離れ 独りで訪れた歓楽街

ママは此処の女王様 生き写しの様なあたし
誰しもが手を伸べて 子供ながらに魅せられた歓楽街

一番Aメロです。

ここで描かれるのは主人公の幼い頃の思い出です。
「蝉の声を聞く度に」とあるようにその思い出は夏のことであることが分かります。

そして、「独りで訪れた歓楽街」とタイトルにある歌舞伎町に足を踏み入れるのです。

歌舞伎町では「ママは此処の女王様」という歌詞からわかるように、
主人公の母親が有名な存在として名を馳せています。

そしてそんな有名な母親の娘だからでしょう、「誰しもが手を伸べて
子供ながらに魅せられた歓楽街」とちやほやされることによって、
歌舞伎町に魅了されていく幼い主人公の姿が描かれるのです。

とても想像で書いたとは思えない鮮烈な情景描写です。

成長した主人公に起こった事とは

十五になったあたしを 置いて女王は消えた
毎週金曜日に来ていた男と暮らすのだろう

一番サビです。

Aメロで描かれたのは幼い頃の主人公の思い出。
対して、サビでは成長して15歳になった現在の主人公が描かれます。

そして成長した現在、「十五になったあたしを 置いて女王は消えた」と
母親が蒸発したことが明らかになります。

また、「毎週金曜日に来ていた男と暮らすのだろう」と愛人と思われる男性と
駆け落ちのような形でいなくなったことが分かります。

成長したと言っても、主人公はまだ15歳。

通常であれば母親がいなくなったことへの悲しみや嘆きが歌われるべきですが、
そういった歌詞は一切ありません。

事実が淡々と述べられ、非常に客観的です。

これはAメロにあった「誰しもが手を伸べて」という歌詞が関係していると言えるでしょう。

母親以外の多数の人間が構ってくれることにより、母親がいなくても大丈夫だ
という風に主人公は考えるようになったのではないかと考えられます。

一般常識が通用しない歌舞伎町の底知れなさが感じられます。

母親の蒸発に感じるものとは

「一度栄えし者でも必ずや衰えゆく」
その意味を知る時を迎え足を踏み入れたは歓楽街

二番Aメロです。

冒頭に綴られる「一度栄えし者でも必ずや衰えゆく」。

ことわざで言うところの栄枯盛衰ですね。
「その意味を知る時を迎え」とありますが、これは母親の蒸発から
その意味を知ったという意味です。

つまり、かつては女王様であった母親がその人気を落としたことによって
愛人と蒸発した、と主人公は考えているのです。

一番サビの部分でも述べたように、やはり客観的に母親の蒸発を捉えています。

そして「足を踏み入れたは歓楽街」とそんな人間の栄枯盛衰を起こす場所と
知ったにも関わらず、また歌舞伎町を訪れるのです。

幼い頃からその世界を知ったことにより、その恐ろしさを認識しつつも
そこで生きるしかない主人公の状況がわかります。

女王なき今、新たにその座に就くのは・・・

消えて行った女を憎めど夏は今
女王と云う肩書きを誇らしげに掲げる

女に成ったあたしが売るのは自分だけで
同情を欲したときに全てを失うだろう

JR新宿駅の東口を出たら
其処はあたしの庭 大遊戯場歌舞伎町

今夜からは此の町で娘のあたしが女王

二番サビ〜大サビです。

15の主人公を置いて消えてしまった母親。
新たな歌舞伎町の女王は誰が務めるのでしょうか。

このパートの冒頭でそれは語られます。
「消えて行った女を憎めど夏は今 女王と云う肩書きを誇らしげに掲げる」。

女王の座はその娘である主人公がそのまま引き継ぐことを決めたのです。

また実の母親のことを、「消えて行った女」と完全に突き放しており、
独りで生き抜くのだという強い決意が感じられます。

その決意は以降の歌詞にも現れます。

それが「女に成ったあたしが売るのは自分だけで 同情を欲したときに全てを失うだろう」
という部分。

歌舞伎町の女王として生きるには、男からの同情を求めるとその座から転がり落ちてしまう。

だからこそ必要以上に心を許さず、独りで生きていこうという決意がこの歌詞から読み取れます。
きっと、母親の姿を見てこのような決意をしたのでしょう。

そして、最後に改めて「今夜からは此の町で娘のあたしが女王」と決意を新たにするのです。

終わりに

今回は初期の椎名林檎を代表する楽曲、『歌舞伎町の女王』の歌詞考察を行いました。

結果、歌舞伎町という日本有数の歓楽街で生きることを決意した
一人の女の姿が描かれていることが分かりました。

発売年は1998年と実に20年前の楽曲なのですが、今聞いても全く古臭くなく、
思わずヘビーローテションしてしまう名曲です。

ぜひ完全フィクションとは思えない歌舞伎町の女王の世界観に
足を踏み入れてみてはいかがでしょうか。

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