サカナクション『夜の踊り子』歌詞の意味・考察と解説

跳ねた跳ねた 僕は跳ねた 小学生みたいに
雨上がりの夜に跳ねた 水切りみたいに

(ミテイタフリシテ)
明日を素通り
(ヨルニニゲタダケ)
朝を素通り

跳ねた跳ねた 君も跳ねた 女学生みたいに
水たまりの上で跳ねた あめんぼみたいに

(ワスレタフリシテ)
それはつまり
(ヨルニニゲタダケ)

どこへ行こう どこへ行こう ここに居ようとしてる?
逃げるよ 逃げるよ あと少しだけ

消えた消えた 君が消えた 蜃気楼みたいに
にわか雨の音も消えた さよなら言うように

(キコエタフリシテ)
君の言う通り
(ヨルニニゲタダケ)

どこへ行こう どこへ行こう ここに居ようとしてる?
逃げても 逃げても 音はもうしなくて

雨になって何分か後に行く
今泣いて何分か後に行く
今泣いて何分か後の自分

今泣いて何分か後に行く
今泣いて何分か後に言う
今泣いて何年か後の自分

行けるよ 行けるよ 遠くへ行こうとしてる
イメージしよう イメージしよう 自分が思うほうへ

雨になって何分か後に行く
今泣いて何分か後に行く
今泣いて何分か後の自分

今泣いて何分か後に言う
今泣いて何年か後の自分

笑っていたいだろう

はじめに

2012年に発売されたサカナクションの7枚目のシングル、『夜の踊り子』。

東京モード学園のCM曲で、踊り子をイメージした和のテイストが取り入れられた楽曲です。

サカナクションはフロントマンである山口一郎の高い作曲センスがよく評価されますが、
果たしてこの曲の楽曲はどのようなものなのでしょうか。

早速、歌詞解説を行ってまいります。

歌詞考察

夜の踊り子の正体は

跳ねた跳ねた 僕は跳ねた 小学生みたいに
雨上がりの夜に跳ねた 水切りみたいに

(ミテイタフリシテ)
明日を素通り
(ヨルニニゲタダケ)
朝を素通り

跳ねた跳ねた 君も跳ねた 女学生みたいに
水たまりの上で跳ねた あめんぼみたいに

(ワスレタフリシテ)
それはつまり
(ヨルニニゲタダケ)

一番Aメロです。

「はねたはねた 小学生みたいに」「雨上がりの夜に跳ねた」 「水たまりの上で跳ねた」
と夜に意味のない行動を繰り返す主人公の姿が描かれます。

何故このようなことをするのでしょうか。
その答えは「ワスレタフリシテ それはつまり ヨルニニゲタダケ」という歌詞から読み取れます。

つまり、何かやらなればいけないことはあるけれど、それから逃げるために
夜に先程のような意味の無い行動をするのです。

夜の踊り子とはそんな現実から逃げようとして、夜に妙な動きをする様を表現しているのです。

主人公の真意とは

どこへ行こう どこへ行こう ここに居ようとしてる?
逃げるよ 逃げるよ あと少しだけ

一番サビです。

先程解説したように、夜の踊り子とは夜に意味もない行動を繰り返す主人公の姿でした。

そしてその理由は一言で言うならば現実逃避。

ここではそんなことを繰り返す主人公の真意が綴られます。
それは「どこへ行こう どこへ行こう ここに居ようとしてる?」というもの。

紛れもない迷いの言葉です。
やらなければいけないこと、あるいはやりたいことがたくさんありすぎて
どっちつかずになっているという意味でしょう。

にも関わらず、夜に意味もない行動を繰り返す自分に「ここに居ようとしてる?」
と呆れていることが分かります。

そして最終的には「逃げるよあと少しだけ」と決断を先延ばしにすることを決めるのです。

何か行動を起こそうとする時というのは大変勇気とエネルギーがいるもの。
そのため夜の踊り子はまだまだ踊りを続けるのです。

踊り続けた先には①

消えた消えた 君が消えた 蜃気楼みたいに
にわか雨の音も消えた さよなら言うように

(キコエタフリシテ)
君の言う通り
(ヨルニニゲタダケ)

二番Aメロです。

一番でこのままではいけないと思いつつも、まだ逃げることを決めた主人公ですが、
ここでは決断の時が訪れます。

そのきっかけは「消えた 消えた 君が消えた 蜃気楼みたいに」
「にわか雨の音も消えた さよなら言うように」というもの。

君、というのは恋人もしくは旧友でしょうか。
そんな重要な存在が、いつまでも態度をはっきりしない主人公に対して、
愛想を尽かしてしまったことが描かれます。

そして時期を見計らっていたかのように雨も止み、
暇を持て余していた水たまりも無くなっしまうのです。

踊り続けた先には②

どこへ行こう どこへ行こう ここに居ようとしてる?
逃げても 逃げても 音はもうしなくて

雨になって何分か後に行く
今泣いて何分か後に行く
今泣いて何分か後の自分

今泣いて何分か後に行く
今泣いて何分か後に言う
今泣いて何年か後の自分

二番サビです。

一番サビと同様に、まず描かれるのは「どこへ行こう どこへ行こう ここに居ようとしてる?」
という動き出そうとしない主人公の姿。

しかし、二番Aメロで描かれたように、既に自分に安息を与えてくれた
恋人もしくは旧友や雨はもういません。

そのことが「逃げても逃げても 音はもうしなくて」という部分に表れています。

音、というのは大事な存在の声や雨音のことでしょう。
それらがいなくなったことにより、主人公は遂に動き出すことを決めるのです。

その姿が「雨になって 何分か後に行く 今泣いて何分か後に行く」という歌詞で描かれます。

ここでいう雨とはこれまで親しんできた雨ではなく、その後に「今泣いて」とあることから
涙のことだと思われます。

それほどの一大決心を持って、動き出すことを決めたということが描かれているのです。

とにかく、前へ!

行けるよ 行けるよ 遠くへ行こうとしてる
イメージしよう イメージしよう 自分が思うほうへ

雨になって何分か後に行く
今泣いて何分か後に行く
今泣いて何分か後の自分

今泣いて何分か後に言う
今泣いて何年か後の自分

笑っていたいだろう

大サビです。

紆余曲折を経て、動き出すことを決めた主人公。

「行けるよ行けるよ 遠くへ行こうとしてる」「イメージしよう イメージしよう 自分が思う方へ」と 、これまで途方に暮れていたことからは想像もつかない、前向きな歌詞が冒頭から綴られます。

そして「今泣いて何分か後に言う」「今泣いて何年か後の自分」「笑っていたいだろう」という歌詞によって、『夜の踊り子』は締めくくられます。

この歌詞の意味は笑っている何年か後の自分をイメージしているというもの。

つまり、「イメージしよう イメージしよう 自分が思う方へ」の中にある「自分が思う方」とは笑っている自分ということですね。

行動を起こすべきなのに逃げてしまったり、大事な存在に愛想を尽かされたりなど、
さまざまな苦い経験を経て、最後は笑っている自分を目指して前に進もうと歌うのです。

終わりに

今回はサカナクションの楽曲、『夜の踊り子』を特集しました。

その結果分かったのは、夜の踊り子というのは決断しかねて意味のない行動を繰り返す
人間の様であるということでした。

これは誰しもが経験があることだと思います。

そして夜の踊り子は最終的に前を向く歌詞になっているので、現在そういった状況にある人は
きっと勇気付けられると思います。

ぜひ、そのメロディとともに歌詞にも耳を傾けてみてください。

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