岡崎体育『龍』歌詞の意味を考察・解釈~一人の主人公と龍化によって表現された感情とは~

花に香りはある 詳しくはないけど
私に愛はある あればいいなと思う
眼は代を削ぎ取るキャメラ 喉は静かなサイレン
部屋の灯りを消して

夜は龍になって 星の透き間を泳いで
誰も知らない姿をうねらせて
山を掴んで 海を食べて
ここは私だけの場所 私だけの私

うろこは剥がれ落ち ぼろぼろになっても
痛みに名前はない 時に癒されていくだけ

寂しい心を持つと偏った成長を遂げてしまうもの
あなたには愛がある

夜は龍になって 星の透き間を泳いで
誰も知らない唄をつくろう
樹々をなぞって 朝を捜して
ここは私だけの場所 私だけの私

はじめに

『龍』とは2019年1月9日にネット上で公開された楽曲です。
岡崎体育3枚目のアルバム「SAITAMA」に収録されており
自身初のアニメMVとして今作が生まれました。

岡崎体育にちなんでか「体育の日」に歌詞を書いたとされています。
今まで笑いやおふざけ方面に寄っていた分、『龍』で意表を突かれた
ファンは多かったのではないでしょうか。

曲全体の雰囲気としては寝る前に聞くと心地よいメロディです。
MVでは一人の少年が海に浮かんだベッドの上で生活している
様子がうかがえます。
海からはいろいろな物が流れてきますが少年以外に人はいません。

そしてタイトルの通り夜になると少年は龍になって夜空を自由に泳ぎます。
少年と龍を起点として考察を進めていきたいと思います。

タイトル『龍』とは

前述でも触れましたが一人の少年は夜になると龍になります(龍化)
今回は実際に龍になるという考えよりも龍になったところを空想している
という考察でいきたいと思います。

MVの龍は陽気に自由に動き回っていますが少年はおとなしく内気な様子です。
彼はそんな性格とは反対の龍のような性格や気質に憧れたのかもしれません。

『龍』歌詞の意味

見えないものを感じて

花に香りはある 詳しくはないけど
私に愛はある あればいいなと思う
眼は代を削ぎ取るキャメラ 喉は静かなサイレン
部屋の灯りを消して

「花の香り」も「愛」も共通しているのは目に見えないこと
また形にできないことです。

少年には愛する人が居たのかもしれません。
花の香りのような彼女の香りや彼女と過ごした日々を
追想しているように思えます。

一人の人を大事にするくらいの愛が自分にあるのか
自信がありませんでした。
過去に愛を示せなかったことを思い出しながらも
自分には愛があると言い聞かせているようです。

「眼は代を削ぎ取るキャメラ」とは自分の目で時代の節目を
見て記憶に残すということを表現しているのでしょう。
少年は自分が生きる今の時代をしっかりと見つめています。

「喉は静かなサイレン」とあります。
サイレンが唸ると表現されるように少年は自分が生きる時代
の波にただ流されるように感じるとき喉を唸らせることがある
ようです。

その波に翻弄されないようにするための方法を考えますが
幼い少年には難しいことなので「部屋の灯りを消して」寝ることにします。

龍化は少年の憧れの具現化

夜は龍になって 星の透き間を泳いで
誰も知らない姿をうねらせて
山を掴んで 海を食べて
ここは私だけの場所 私だけの私

少年は夜に龍になる夢を見るのでしょう。
龍になって星々の海を自由に泳ぎ回ります。
「誰も知らない姿」とは日常生活では決して見せない
自分の素顔や大胆な行動などを指しているのでしょう。

「うねらせて」という言葉から上下に大きく動く様を
表しています。
内気な少年とはうって変わって夢の中の自分は
縦横無尽に行動できるのでした。

普段は山のような問題にとらわれている少年も
夢の中では問題を鷲掴みにできる程になっていました。
自分を翻弄してきた波でさえ飲み込んで受け入れることが
できています。

夢の中には少年以外だれも入ってこれないという意味で
「ここは私だけの場所」なのでしょう。
憧れの自分を見せたり知っていたりするのも自分だけなので
「私だけの私」なのです。

時間だけが癒す名もなき傷

うろこは剥がれ落ち ぼろぼろになっても
痛みに名前はない 時に癒されていくだけ

少年は普段は繕った自分を演じているのでしょう。
「うろこ」のように守りかためてきた頑強な部分さえ
打ち崩す程の悲しい経験をしたものと思われます。

「失恋ゆえの傷」や「いじめられた時の傷」というような
ものではなく痛みの理由が特定できない程の傷でした。

誰かに相談したり気分転換で治るような傷ではありません。
心の内奥にできた深い傷は今も少年を悩ませています。
名もなきその傷は時間の経過で自然と癒される他ないのです。

心は支柱

寂しい心を持つと偏った成長を遂げてしまうもの
あなたには愛がある

アサガオのような植物は支柱がないとまっすぐ成長することができません。
同じように人は心が育たないと人格特性や物事の見方も偏るようです。
歌詞中でもその点に触れ「寂しい心を持つと偏った成長を遂げる」と
述べています。

少年は寂しい心を持たないようにするために愛が不可欠であると
自覚しています。
以前、愛していた人には愛がありまっすぐ育っていたことを思い出した
ものと思われます。

誰も知らない世界と光の探求

夜は龍になって 星の透き間を泳いで
誰も知らない唄をつくろう
樹々をなぞって 朝を捜して
ここは私だけの場所 私だけの私

ここで再度、夜にな龍になって夜空を泳ぐ描写が用いられています。
星という光を放って輝く綺麗なものを少年は求めているのでしょう。
現実世界で汚いものを目にして病んでいる可能性すらうかがえます。

「誰も知らない歌」とは周囲でよく言われる常識や基準
とは反対の自分らしくあるための基準を求めているように感じます。
現実世界で翻弄されてきた少年は主体性を強く願っているのでしょう。

「樹々をなぞって朝を捜す」とは宛てもなく模索する様子を
暗示しています。
「捜す」は「探す」と違い以前あったけれどなくなったものに
関して用いられます。

朝のような明るい希望が以前にはあったのかもしれません。
夢の中で龍になってそれを探求しつづけている様子が浮かびます。

夢の世界に住人はいません。
憧れの自分を目撃する人も希望を夢中になって追いかける
自分を知る人もいないのです。

いつか少年が夢の中だけではなくて現実世界でも
憧れの龍のように自由に大胆に振る舞える日は
来るのでしょうか。

それは誰にもわかりません。
しかし夢の中の少年が幸せを感じ
足りない何かを懸命に埋めようとしている
ことに疑いの余地はありません。

少年が自分には愛があると自信をもって断言できたとき
龍になる夢を見ることはなくなるのでしょう。

まとめ

誰しも憧れを抱いて生活したり空想と現実を行き来したり
するのではないでしょうか。

少年はその憧れを「龍」として具現化しましたが人によって
その形は大きく異なると思います。
中にはアニメや小説に出てくる主人公に自分を重ね合わせたり
憧れの存在にしながら生活している人もいるようですね。

少年の心に深く刻まれた名もなき傷が時間の経過によって
癒されるという歌詞からも教訓を得ることができます。
自分では癒すことができない心痛を味わったなら時間に
解決してもらうのも一つの方法かもしれませんね(時は無常なほどに、違う歌)

岡崎体育さんご本人のセリフなどから今後おふざけを封印する気配が
漂っていますが、筆者はおふざけ作品も好きなので今後も生み出して
欲しいと陰ながら願っています(笑)

これからもパワフル&メロウソングどちらも楽しみにして
岡崎体育さんに注目していきたいと思います。


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