乃木坂46『シンクロニシティ』歌詞の意味・考察と解説

悲しい出来事があると
僕は一人で
夜の街をただひたすら歩くんだ

背中丸め俯(うつむ)いて 行く当てなんかないのに
雑踏のその中を彷徨(さまよ)う
キープゴーイング(ウォウ…)
キープゴーイング(ウォウ…)

すれ違う見ず知らずの人よ
事情は知らなくてもいいんだ
少しだけこの痛みを感じてくれないか?
信号を待つ間にちょっとだけ時間をいいかい?
この気持ちがわかるはずだシンクロニシティ

きっと
誰だって 誰だってあるだろう
ふいに気づいたら泣いてること
理由なんて何も思い当たらずに
涙が溢(あふ)れる
それは
そばにいる そばにいる誰かのせい
言葉を交わしていなくても
心が勝手に共鳴するんだ
愛を分け合って
ハモれ(ウォウ…)
ハモれ(ウォウ…)

みんなが信じてないこの世の中も
思ってるより愛に溢(あふ)れてるよ
近づいて「どうしたの?」と聞いて来ないけど
世界中の人が誰かのこと思い浮かべ
遠くのしあわせ願うシンクロニシティ

だから
一人では 一人では負けそうな
突然やって来る悲しみさえ
一緒に泣く 誰かがいて
乗り越えられるんだ
ずっと
お互いに お互いに思いやれば
いつしか心は一つになる
横断歩道で隣り合わせた
他人同士でも
偶然…

抱え込んだ憂鬱とか
胸の痛みも76億分の一になった気がする

きっと
誰だって 誰だってあるだろう
ふいに気づいたら泣いてること
理由なんて何も思い当たらずに
涙が溢れる
それは
そばにいる そばにいる誰かのせい
言葉を交わしていなくても
心が勝手に共鳴するんだ
愛を分け合って
ハモれ(ウォウ…)
ハモれ(ウォウ…)
ハモれ

泣いてる人のために
僕もどこかで
何も気づかず そっと涙流したい

はじめに

2018年に発売された乃木坂46の20枚目のシングル『シンクロニシティ』。

デビューシングル『ぐるぐるカーテン』から6作連続でシングル曲のセンターを務め、
中心メンバーとして活躍していた生駒里奈の卒業シングルです。

今後の乃木坂46の発展を考え、自身の卒業シングルながらあえてセンターの座を
白石麻衣に譲ったことは大きな話題となりました。

20枚目のシングルと、グループにとっても節目の楽曲であった『シンクロニシティ』。

果たしてその歌詞はどのような内容なのでしょうか。

歌詞考察

街行く人にシンクロニシティを

悲しい出来事があると
僕は一人で
夜の街をただひたすら歩くんだ

背中丸め俯(うつむ)いて 行く当てなんかないのに
雑踏のその中を彷徨(さまよ)う
キープゴーイング(ウォウ…)
キープゴーイング(ウォウ…)

すれ違う見ず知らずの人よ
事情は知らなくてもいいんだ
少しだけこの痛みを感じてくれないか?
信号を待つ間にちょっとだけ時間をいいかい?
この気持ちがわかるはずだシンクロニシティ

一番Aメロ〜Bメロです。

「悲しい出来事があると僕は一人で 夜の街をただひたすら歩くんだ」
と、目的もなくさまよう主人公の姿が描写されます。

そして「すれ違う見ず知らずの人よ」「少しだけこの痛みを感じてくれないか?」
「この気持ちがわかるはずだ シンクロニシティ」と続きます。

タイトルの『シンクロニシティ』とは心理学の言葉で、意味は「意味のある偶然の一致」。

何の因果関係もないに関わらず、何故か一致してしまう出来事を指します。
示し合わせていないのに、家族と今日食べたい夕飯が一致した・・・といったことです。

つまり、ここではそんな『シンクロニシティ』によって自分の思いを
通行人に共有してほしいと歌っているのです。

シンクロニシティによって共鳴して

きっと
誰だって 誰だってあるだろう
ふいに気づいたら泣いてること
理由なんて何も思い当たらずに
涙が溢(あふ)れる
それは
そばにいる そばにいる誰かのせい
言葉を交わしていなくても
心が勝手に共鳴するんだ
愛を分け合って
ハモれ(ウォウ…)
ハモれ(ウォウ…)

一番サビです。

「きっと誰だって 誰だってあるだろうふいに気づいたら泣いてること」と、
シンクロニシティによって起こった涙が描写されます。

が、ここで描かれるのは先ほど説明したような単純な心理現象にとどまりません。

それがわかるのが「愛を分け合って ハモれ」という歌詞です。

これにより愛を分け合った結果、心が共鳴して涙が流れたということが
このパートで描かれていることだとわかります。

互いの気持ちをわかることによって起こる『シンクロニシティ』ということですね。

これこそ『シンクロニシティ』で描きたいことだと考えられます。

世界中の人に思いを馳せて起こるシンクロニシティ

みんなが信じてないこの世の中も
思ってるより愛に溢(あふ)れてるよ
近づいて「どうしたの?」と聞いて来ないけど
世界中の人が誰かのこと思い浮かべ
遠くのしあわせ願うシンクロニシティ

二番Aメロです。

「みんなが信じてないこの世の中も思ってるより愛に溢(あふ)れてるよ」
と、柔らかい心持ちにさせる歌詞から始まるこの歌詞。

この歌詞を証明するように「世界中の人が誰かのこと思い浮かべ
遠くのしあわせ願うシンクロニシティ」が世界では起こっているのだと綴ります。

一番サビで、相手のことを思うことによりシンクロニシティは起こるのだ、と
ここでは言っていることがわかりました。

つまり、そんなシンクロニシティが起こっているということは
世界に愛が溢れていることに他ならないことの証明になると言うのです。

シンクロニシティで悲しみを分け合って

だから
一人では 一人では負けそうな
突然やって来る悲しみさえ
一緒に泣く 誰かがいて
乗り越えられるんだ
ずっと
お互いに お互いに思いやれば
いつしか心は一つになる
横断歩道で隣り合わせた
他人同士でも
偶然…

抱え込んだ憂鬱とか
胸の痛みも76億分の一になった気がする

きっと
誰だって 誰だってあるだろう
ふいに気づいたら泣いてること
理由なんて何も思い当たらずに
涙が溢れる
それは
そばにいる そばにいる誰かのせい
言葉を交わしていなくても
心が勝手に共鳴するんだ
愛を分け合って
ハモれ(ウォウ…)
ハモれ(ウォウ…)
ハモれ

泣いてる人のために
僕もどこかで
何も気づかず そっと涙流したい

二番サビ〜大サビです。

「一人では 一人では負けそうな突然やって来る悲しみさえ」
「一緒に泣く 誰かがいて 乗り越えられるんだ」と、シンクロニシティによって
人が悲しみを乗り越える様が描かれます。

そして、それを重ねることにより「お互いに お互いに思いやればいつしか心は一つになる」
と、もはや心が一致し、偶然でなくても心が共鳴できるようになるのだと続くのです。

互いを思いやり続ける心が何より大切だ、ということを示唆していると考えられます。

続く歌詞は「抱え込んだ憂鬱とか胸の痛みも76億分の一になった気がする」。

そんな思いやりを続ければ、やがて世界中の人々が繋がるようになり
共鳴し合えるようになるということを歌っているのですね。

世界中の人々の気持ちが繋がるため、「痛みが76億分の一になる気がする」と歌うのでしょう。

そして最後には「泣いてる人のために僕もどこかで何も気づかず そっと涙流したい」と
自分もその繋がり、つまりシンクロニシティの輪に加わりたいと綴り、
『シンクロニシティ』は幕を閉じます。

終わりに

中心メンバーである生駒里奈の卒業シングル『シンクロニシティ』。

その内容は人を思いやって痛みや悲しみを共有し合うことの大切さを歌う内容でした。

これは、乃木坂46のメンバーたちの姿を描いているとも考えられます。

2011年のデビュー以降、常に注目され続けてきた乃木坂46。

一般人からデビューしたメンバーも多く、そのストレスやプレッシャーは
生半可なものではなかったでしょう。

そんな苦悩をメンバー間で共有しあったことで乗り越えてきたのではないでしょうか。

きっと乃木坂46の楽曲全ての作詞を行っている秋元康はそういった歴史を生駒里奈の卒業、
20枚目のシングルという節目のタイミングで描こうと思ったのでしょう。

この事実を踏まえて『シンクロニシティ』を聞くとより深いメッセージ性を
感じ取ることができますね。

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