乃木坂46 『路面電車の街』歌詞の意味を考察・解釈

故郷へ帰るのは
もうどれくらいぶりだろう
いつのまにか父親の
白髪が増えていた

高校を卒業して
勝手な夢追いかけた
僕には自慢できるような
土産話が無い

そのままに してくれてた
西陽が差す僕の部屋
窓を開け 風を入れ替えてたら
ふと誰か逢いたくて

路面電車がガタゴトと
走って行く街は
今も君が歩いてるような
そんな気がしてしまう

通り過ぎる窓の景色は
あの頃と変わったけど
その僕たちが
いつも待ち合わせた
懐かしい思い出はここだ

どんな顔すればいい
決まり悪い僕なのに
まるで何もなかったように
狭い路地は続く

区画整理されるって
言われてた商店街
シャッターがいくつか下りてたけど
あの店はまだあった

路面電車の警笛が
聞こえてくる街は
君を乗せて自転車を漕いだ
あの夏の日のままだ

緩いカーブ曲がる手前で
信号を待つ以外
もう僕たちは別々の人生
歩いてる現実を思う

なんでこんなに
やさしいのだろう
一度は背中
向けた街のあの夕焼けが
何も言わずに
包んでくれた
Ah…

路面電車は今日も
また街の中を走り
人の思い運び続けてる
日常的な風景
そして

路面電車がガタゴトと
走って行く街は
今も君が歩いてるような
そんな気がしてしまう

通り過ぎる窓の景色は
あの頃と変わったけど
そう僕たちが
いつも待ち合わせた
懐かしい思い出はここだ

そう僕の故郷はここだ

はじめに

『路面電車の街』とは2019年8月13日にネット上で公開された楽曲です。
同年9月4日リリースされる24th Single「夜明けまで強がらなくてもいい」に
収録されています。
動画再生回数は投稿から僅か3日で50万近い再生を記録しています。

MVの作成と内容に触れてみたいと思います。

今作MVを担当したのは「逃げ水」「あの教室」「ないものねだり」などのMVで
腕を振るった山岸聖太氏です。
同年7月中旬に茨城県ひたちなか市で撮影されました。

自分たちの人生を歩んでいる齋藤飛鳥さん・堀未央奈さん・山下美月さんの3人
が、女子高時代にもう1人の親友だった「ひかり」の記念日に、故郷に集まると
いうストーリー構成となっています。

初回から線路に女子学生が血塗れ?になって倒れているところからスタートする
ので意表を突かれました(焦り)
しかしちゃんと後に復活するのでホッと胸を撫で下ろしました。

「ひかり」と共に過ごした場所を3人が思い出と共に巡っていきます。
実際に動いている電車内で、背景が良い所を選びながら撮影を行ない、待ち時間
の途中、電車の揺れに気持ち良くなった堀未央奈さんが本当に寝てしまったとい
うエピソードもあるそうです(可愛いですね)

作品のメインである「ひかり」役を担当したのはモデルの高瀬真奈さんです。
綺麗で大人路線として活躍中の彼女の放つオーラはなんとも言えない魅力があり
ました。

「ひかり」と出会った3人は希望に満ち溢れ、そして失った時には「喪失感と落
胆」を感じていきます。
どちらも大人になる上で必要な大切な経験を彼女たちは田舎町で勉強していくの
です。

それではさっそく気になる歌詞の考察を始めていくことにしましょう。

タイトル『路面電車の街』とは

ロケ地となった茨城県ひたちなか市には「茨城交通水浜線」と呼ばれるものが
存在していた。

水浜線(すいひんせん)は、かつて茨城県の水戸市と那珂湊町(現在のひたちな
か市)を結んでいた茨城交通の路面電車です。
1966年(昭和41年)に全線が廃止されました。

そしてMVで映し出されているのは路面電車ではなく「ひたちなか海浜鉄道湊
線」という茨城県ひたちなか市を走る地方鉄道です。

ですからタイトルは「路面電車」が存在していたころの懐かしい時代をイメージ
させるために名付けられたのではないかと考えました。

『路面電車の街』歌詞の意味

時間経過が身に染みて

故郷へ帰るのは
もうどれくらいぶりだろう
いつのまにか父親の
白髪が増えていた

高校を卒業して
勝手な夢追いかけた
僕には自慢できるような
土産話が無い

歌詞冒頭では時間が経過するのはとても早いことを物語って
います。

久々に故郷に帰ってくると「変わっているもの」に目がいく
ものです。
賑わいを見せていた商店街がシャッター街になっていたり、
道が広くなっていたりと実にさまざまです。

しかし一番の変化は家族の様子が変化していることでしょう。
歌詞では父親の頭の白髪が増えていたことに言及しています。
子供にとってはショックな出来事だと言えます。
いつでも元気だと思っていた親が年老いたことを悟るのです。

こうした事柄を実際に目にすると時間経過が身に染みます。

しかし時間が経過したものの、夢をまだ現実のものとしてい
ない焦りやこれといって達成したものがないと焦るものです。
大した手土産も土産話もないということはよくあります。

それでも親としたら、子供が元気に帰省してくれるだけで良い
という場合がほとんどでしょう。
元気に幸せでいてくれさえすれば自慢の息子娘なのです(多分)

いつしか逢えなくなった君、思う

そのままに してくれてた
西陽が差す僕の部屋
窓を開け 風を入れ替えてたら
ふと誰か逢いたくて

路面電車がガタゴトと
走って行く街は
今も君が歩いてるような
そんな気がしてしまう

久々の実家に帰ると自分の部屋は「そのまま」の
状態を保っていました。
学生時代の自分の場所が変わらずあるのはとても
安心感を与えてくれるものですね。

帰る場所があったこと、変わらないものがあるこ
と、そして家族が自分の場所を残しておいてくれ
たことなどを喜べるでしょう。

窓から入ってくる風と共に思い出が吹き込んでき
ました。
いつかの「君」に逢いたい、そんな不思議な気持
ちになることもあるでしょう。

それがMVでいう「ひかり」なのでしょう。
3人はひかりに助けられたことを回想しひかりへの
感謝を募らせます。

MVの語りでもありましたが、ひかりがいないと3
人のテンポがなんだか狂うのでした。

歌詞を見ると電車とひかりが結び合わされている
ことを理解できます。
そしてひかりが今は存在していないことも歌詞か
ら把握できます。

ひかりは遠くに引っ越してしまったか「記念日」
とあるので夢を叶えて逢えない存在になった、あ
るいは亡くなった可能性もあります。

いずれにせよ3人はこの懐かしい街で電車に揺られ
ながら彼女との思い出をしみじみと回想しているの
です。

変わらない街―優しく包んで

なんでこんなに
やさしいのだろう
一度は背中
向けた街のあの夕焼けが
何も言わずに
包んでくれた
Ah…

故郷、特に今回のような田舎町に帰省してくると
何とも言えない余裕と落ち着きを感じるものです。
筆者も数年ぶりに生まれ故郷に帰りましたが、海
の青さと潮の香りが懐かしく思えました。

学生時代は田舎は不便だとか都会が良いと言って
馬鹿にするものです。
それが歌詞の「背中を向けた」という部分にあて
はまるのでしょう。

実際に都会に出て行ってしまうこともあります。
それでも変わってしまった自分を変わらない街が
そっと優しく包んでくれるように感じます。

一部の場所や建物が変わったとしても思い出すべ
てが一新されるわけではありません。
その街の人たちの生き様や性質、大事にしてきた
ものや雰囲気も確かにそこには残っているのです。

MVでも3人が「ひかり」と過ごした街への感謝と
ひかりを失ってから過ごした街の寂しさを噛みし
めていましたね。

街は人を成長させてくれます。
変わる必要があること、変わらない部分も必要で
あることなどです。

人生においてどれだけ大きな路線変更をしたり、
路面電車ごとなくなるような大きな変化を経験し
たとしても大丈夫、そう故郷が優しく語っている
作品に筆者は感じました。。

まとめ

いかがだったでしょうか。
都会も便利で綺麗で楽しいですけど、田舎街には
落ち着くところや懐かしさや哀愁が漂っています
ね。

自分がどちらのスタートかによって評価が大きく
変わるのは事実ですが、それぞれに良いところが
あって自分の心情に合わせて足を運ぶのも楽しそ
うですね。

MVの3人のように変わっていくものと変わらない
ものを見つめて黙想する時間を取るのも良いなと
感じました。

また「ひかる」のように「存在していたころの感
謝」と「失ったころの悲しみ」を思い返すのも大
事なのかなと考えました。

たいへん奥深い作品でしたね。
乃木坂46の今後の活動と次回作に期待し注目して
いきたいと思います。

素敵な作品をありがとうございました。

2 件のコメント

  • 歌詞で「西陽が差し込む」となってる所「西陽が差す」だと思います

    • ぶたごりらさん感想有難うございます。
      ご指摘頂き感謝します!
      さっそく訂正させて頂きました。

      これからもお気づきの点や感想をお待ち
      しております。

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