Neru『かなしみのなみにおぼれる』歌詞の意味・考察と解釈~仄暗い歌詞に込められた意味とは~

手足二つずつ生えている程度じゃ 愛せるものも二、三で  それが
バカみたいに増えていくようだと 捨ててかなきゃいけないね
だから沢山愛せるようにと 意地汚いこの僕は ある日
不器用な自分を愛するのは 止めにすると決めたんだ
僕は
神様から授かったこの生命を 母から受けた生命を 僕は
人並みには使えもしないので 今朝のゴミに出しました
誰にも期待なんてされずに いよいよ開演を迫られて
ついに幕を開けた人生劇場 客もいないままに
かなしみのなみにおぼれる
どうもこの心は重症らしいが 市販薬も効かねえし  それに
恥ずかしながらこの生活では 医者に頼る金もない
だからぽっかり開いた傷口は 疾うの昔に爛れて  ある日
傷口から垂れてた虚しさが ゲロ吐くように溢れた
教室の隅で読書をする 凛とした長髪のあの子は
僕が恋してると囃し立てられて いじめに遭いました
かなしみのなみにおぼれる
始発の小田急が毎朝僕を 怒鳴りつけては
飛び起きた僕の一日を今日も 轢き殺してく
生きるために 食べるために 大事な物を売り過ぎたようで
いつまで経ってもこの大きな穴は 湛えられやしない
かなしみのなみにおぼれる

はじめに

2013年4月19日にネット上で投稿された楽曲です。
アルバム「小生劇場」及び「世界征服」に収録されています。

多くのリスナーから愛され続け
「歌ってみた」やアレンジ投稿の多さが
その人気を裏付けていると思います。

おどろおどろしいMVが衝撃的で
動く目玉やはっきりと顔の見えない子供が
見る者に不気味さと好奇心を持たせていきます。

歌詞全体にも不気味さが繁栄されています。
MVで少々引いてしまった方も歌詞の考察や
解釈で身近に感じることができるかもしれません。

そんな歌詞の意味を考察して
仄暗い世界に足を踏み出してみましょう。

 

タイトル『かなしみのなみにおぼれる』の意味

あえてタイトル全体をひらがな表記にしている点から
子供の気持ちを強く表現していると読み解きます。

子供のかなしみが深く波のように何度も押し寄せる
そんな情景を表わしています。
子供はそれに必死であらがおうとしますが
おぼれてしまうというわけです。

かなしみと漠然としたテーマで進行していきますが
子供のそして成年になってからの味わうかなしみが
積み重なっていきます。

とても色濃く深いテーマであることを歌詞の最後
で痛感させられる名曲となっています。

『かなしみのなみにおぼれる』歌詞の意味

不器用さ故の消去法

手足二つずつ生えている程度じゃ 愛せるものも二、三で  それが
バカみたいに増えていくようだと 捨ててかなきゃいけないね
だから沢山愛せるようにと 意地汚いこの僕は ある日
不器用な自分を愛するのは 止めにすると決めたんだ
僕は
MVでは少年か少女か特定できない子供が主人公として
登場します。
しかし「僕」という歌詞中の表現から少年と判断できます。少年の年齢に関しては不明ですが
背格好や歌詞中の表現から学校にまだ
通っているかいないかくらいの年齢だと
読み取れます。少年は要領が悪く不器用でした。
ですから「手足二つずつ」つまり合計4つ以下の
2,3のものしか愛せないだろうと考えます。今後の人生において接する人が増えていっても
自分のような人間は大衆を愛する力は無いと自覚
しているのです。

ですから少年は消去法を用いて接する大勢の人々から
特に仲の良い人を決めてそれ以外に関心を注がないよう
努めます。

ですがそんな自分ではこの先やっていけないかもしれないとも
考えます。
年齢の割に先見の明があるように思えます。
前もって先々のことを計画するタイプなのかもしれません。

少年は愛する人を限定しようとする自分を捨てて
もっと多くの人を受け入れようと努めます。
ある日を境にそのことを強く決心します。

報われない努力はゴミ置き場へ

神様から授かったこの生命を 母から受けた生命を 僕は
人並みには使えもしないので 今朝のゴミに出しました
誰にも期待なんてされずに いよいよ開演を迫られて
ついに幕を開けた人生劇場 客もいないままに
かなしみのなみにおぼれる
多くの人を受け入れようと努力するたびに
少年は挫折感を味わっていきます。
周囲の人々が当然のものとしてやってのける
ことを少年はできません。崇高な存在からそして親からもらった命を
自分はちっとも有効活用できていないと
自分を責め続けます。ここで「今朝のゴミに出しました」という意味深な
フレーズが用いられています。
この部分を自らの命を断ったと解釈する方も
いらっしゃると思います。
確かにそういった側面もあるかもしれません。しかし続くフレーズで少年の人生が
前述の延長線上で描かれているので
まだ生存していると読み解くこともできます。

生命がもたらす感情をすべて捨てることで
文字通りには生きてはいても感情面では
死んでいることを示唆しているのでしょう。

「誰にも期待なんてされずに いよいよ開演を迫られて
ついに幕を開けた人生劇場 客もいないままに」という
部分は少年の成長過程を表わしています。

両親からも近所の人からも期待されていなかったが
学校に通うようになったと理解できます。
実際に学生としての人生が始まっても
不器用な自分を「待ってました」と迎えてくれる
存在は一人もいなかったことを物語っています。

少年は冷えた現実に泣き崩れ悲しみにおぼれます。
忘れたくても一人になって考え込むと
孤独感や疎外感が波のように押し寄せてきます。

無害から有害へ

どうもこの心は重症らしいが 市販薬も効かねえし  それに
恥ずかしながらこの生活では 医者に頼る金もない
だからぽっかり開いた傷口は 疾うの昔に爛れて  ある日
傷口から垂れてた虚しさが ゲロ吐くように溢れた
教室の隅で読書をする 凛とした長髪のあの子は
僕が恋してると囃し立てられて いじめに遭いました
かなしみのなみにおぼれる

学校や日常で接する人々に受け入れてもらえるよう
少年は自分を見直します。
しかし深く傷ついた感情は思った以上に重傷でした。

「市販薬」というのは医薬品とは異なり万人受けする
ものです。
しかし普通の人が癒される方法では少年の深く傷ついた
感情は修復不可能でした。

かといって「医者」のように自分にぴったりの
アドバイスや慰めの言葉をかけてくれる存在も
いませんでした。

両親や友達、先生のいずれも少年には
無価値に思えていたのです。

癒すことはできないとあきらめた少年は
深く傷ついた自分の感情から目を背け
放置することにしました。

できるだけ気にしないように何年も過ごし
嫌な思い出も忘却の彼方へと押しやろうと
努めていきます。

しかしある出来事を境に放置していた感情が
暴れ出します。

ある日の学校での出来事です。
一人の女性が自分のせいでいじめに遭います。

「教室の隅で読書をする凛とした長髪の女性」と
表現されていることからして目立つのを嫌い
できるだけ大人しく学校生活を送ろうと努めて
いたのでしょう。

いじめの要因は「僕が恋してると囃し立てられて
いじめに遭いました」と歌詞が述べる通りです。

少年はただ遠くからその女性を眺めていただけ
なのかもしれません。
女性に気軽に話しかけるようなタイプでは
ないからです。

しかしその視線の送り方を周囲の生徒が
観察しいじめのタネにしたのでしょう。

少年の感情は異臭を放ち以前よりも悪化して
いきます。
自分は無害というだけではなく
誰かを傷つけ不快にさせ有害な存在なのだと
結論します。

そう結論づけた瞬間にまた言葉では表現できない
かなしみのなみが少年を襲ってきます。

いじめられて泣き叫ぶ女性の悲鳴や
ゲラゲラと嘲笑する生徒たちの声が聞こえてきます。
そうしたもの一つ一つが少年の悲しみに拍車を
かけていきました。

成年すらのみ込むかなしみの波

始発の小田急が毎朝僕を 怒鳴りつけては
飛び起きた僕の一日を今日も 轢き殺してく
生きるために 食べるために 大事な物を売り過ぎたようで
いつまで経ってもこの大きな穴は 湛えられやしない
かなしみのなみにおぼれる

「始発の小田急が毎朝僕を 怒鳴りつけては
飛び起きた僕の一日を今日も 轢き殺してく」
というフレーズから少年が社会人となり
会社まで電車で通勤していると解釈できます。
(※以下では少年を成年と表記)

始発の電車は成年の重たい身体を行きたくない
会社へと急きたてます。

誰とも接することなく誰にも迷惑をかけることも
なく平穏に暮らしたい気持ちを引き殺していく
ように感じられます。

社会人として生きていくために
コミュニケーションやマナーなど
を身を打ちたたいて覚えていきます。

その際に自分の自由意思や個性など
大事なものはすべて捨ててしまったのでしょう。

さらに成年のほうから自分に関心をいくらか
示してくれた人を切り捨ててしまったのかも
しれません。

関心を示されることへの嬉しさや感謝という
温かな感情が心に占める場所はなかったのです。

あとで思い返して大事なものを遠ざけてしまったと
後悔しても後の祭りでした。成年の心にぽっかり空いた穴は自分では決して
塞ぐことができなくなっていました。成年は大人になっても少年時代となんら変わらない
そして変われない自分にかなしくなります。いくらか環境の変化や時間経過が自分を変革する
助けになると期待していたのでしょう。
それでもそんな期待が無駄であることを痛感した
成年はまたかなしみのなみにおぼれるのでした。

まとめ

子供であっても成年であっても
かなしみがなみのように絶え間なくやってくる
ことは誰にでもありますね。

誰かに頼りたいのに誰にも頼れない、
助けてもらいたいのにその方法がわからない
など共感できる点がたくさんあったのでは
ないでしょうか。

歌詞中にはおどろおどろしい表現が多数
存在していますが解釈によっては
身近に感じることができると思います。

歌詞中の「かなしみ」がなんであるかを
起点として考察することでその解釈は
多岐に渡ると思います。

Neruさんの歌詞はどれも味わい深く
考えさせられるものばかりです。
今後の活躍にも目が離せませんね。

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