ナナヲアカリ『イエスマンイズデッド』歌詞の意味を考察・解釈

ここはヒトがよく死ぬ街
誰も探さないでください
いらない 迷子のこどもたちが今日も消えてく
僕はただただ歩く
理由もアテも知識もお金もないから
光に群がる虫みたいに引き寄せられて

右倣えをしないと いじめてやるぞ
頷かないと 仕事はないぞ
間違ったことが正しくなって
アイデンティティは沈んでく
行方不明のまま あの日の僕の手を取って

「イエスマンは死んだ」
空っぽになりかけた
この胸に少しだけ水をあげたい
「イエスマンは死んだ」
明日からきっとまた
作り笑いしてる僕にごめんねをしよう

ここは僕が生きてる街
すれ違うヒト 皆名前も知らずに
助けてください の声も忘れていってる

信じたあたりで 炎上してやるぞ
笑っていないと なにもさせはしないぞ
ひとりで生きた気にそりゃなるさ
みんな自分のことで精一杯
わかりやすく愛された あの日の僕の手を取って

「イエスマンは死んだ」
昨日から唱えてる
この胸はいつから苦しいんだっけな
「イエスマンは死んだ」
明日にはどうせまだ
作り笑いしてる僕がいるだけなのに

はみ出したやつは切り取ろう
異例は異端で処理をしよう
口の形をしたナニカで
言えないことが破裂しそう

こんなはずじゃなかったな
こんなはずじゃなかったな
こんなはずじゃなかったな

どんなはずだった?

「イエスマンは死なない」僕が殺さなきゃ
「イエスマンは死なない」僕は変われない

「イエスマンは死んだ」
空っぽになりかけた
この胸に少しだけ水をあげよう
「イエスマンは死んだ」
明日に少しだけ
勇気を出す僕を僕が見ていよう

はじめに

『イエスマンイズデッド』とは2019年10月26日にネット上で公開された楽曲で
す。
同年10月2日にリリースされたプチアルバム「DAMELEON」に収録されていま
す。

今作は 関テレ、U-NEXTなどで配信されているドラマ「死亡フラグが立ちまし
た」主題歌ともなっています。

人気アーティストナナヲアカリさん待望の20曲目となりファンや大勢の人たちに
注目されています。
動画再生回数は動画公開から僅か2日で8万を超えており上々の滑り出しを見せて
います。

さて今作MVの内容と曲調について触れてみたいと思います。
MVではセーラー服を着た少女が主人公となり物語が展開されていきます。
学校を舞台にし、ティーカップや花束などで心情を巧みに描写していました。
それぞれがどのような意味を持つのかは後の部分で記述していきます。

今作のイラストを手掛けたのはイラストレーターの456さんです。
暗いタッチで描かれた世界観が退廃的な世界観を見事に表現していましたね。
主人公の無感情から激情までを描いたエモーショナルな部分にも目が離せませ
ん。

曲調はギター&ピアノをメインにミドルテンポで進行していきます。
ギターは軽快さを、バックで静かに奏でられるピアノの旋律は人の奥深い感情
を表現しているように感じました。
時折、用いられるミュートも曲全体のメリハリに寄与していると思いました。

それではさっそく気になる歌詞の考察を始めていくことにしましょう。

タイトル『イエスマンイズデッド』とは

「イエスマン」とは「人の言うことに何でも「はい、はい」と言って、無批判に
従う人」
を表す俗語です。
上司など目上の人に上記のように振る舞ってしまう傾向が多く見られます。

上記のように立ち回る人は周囲からさまざまな評価を受けることがあります。
良い面に関しては「営業の鏡」「平和主義者」「出世のコツを理解している」
などと言われるかもしれません。

悪い面に関しては「八方美人」「主体性がない」「個性に欠ける」と言われる
ケースもあります。

「和を乱さない」ことを重視してきた日本古来の考えが現代社会においても、
深く浸透しているのが一つの要因だと筆者は思います。
幼い頃に格好悪く見えていた「イエスマン」が大人になってからそんなに悪い
ことでもないと思えてきたのも事実です。

この複雑な立ち回りについて歌詞ではどのように綴られているのでしょうか。

『イエスマンイズデッド』歌詞の意味

人がよく死ぬ街

ここはヒトがよく死ぬ街
誰も探さないでください
いらない 迷子のこどもたちが今日も消えてく
僕はただただ歩く
理由もアテも知識もお金もないから
光に群がる虫みたいに引き寄せられて

今回は一人の少女を主軸に考察を進めていきたいと思います。
また所々でタイアップドラマの内容と絡めていきたいとも考えています。

さて歌詞冒頭から物騒な舞台設定が紹介されています。
主人公が住んでいる街は「ヒトがよく死ぬ街」です。

ドラマ「死亡フラグが立ちました」でも街で「死神」と称される人物が
偶然を装った殺人を繰り返していました。
まさにそこは人がよく死ぬ街だったと言えるでしょう。

さらに比喩的な意味で「死ぬ」という言葉が使われていると筆者は考え
ました。
理由は動画コメント欄でナナヲアカリさんが「変わるために殺さなきゃ。」
と述べているからです。

今作が殺人鬼を主軸にした作品ではないこと、また殺す対象が主人公の性格
のような見えないもの
であることをタイトルからも理解できるからです。
ですから「ヒトがよく死ぬ街」とは「個性」または「自分」を失くしたあるいは
殺した人たち
を指すのだと解釈しました。

「迷子のこどもたち」とはどんな人たちを指すのでしょうか。

タイトル「イエスマン」であれば思考を働かすことなく相手の決定を支持しま
す。
ですからそれとは対照的に、人の言動や行動に迷いを感じるタイプの人を指すの
だと考えました。

即答できず判断に迷っている人は周囲から捨てられ置いてかれる場合がありま
す。
「黙って従う」というのが理想とされてる組織もあるからです。

しかし主人公の少女は上記のように迷ったりしません。
「僕はただただ歩く 理由もアテも知識もお金もないから 光に群がる虫みたい
に引き寄せられて」
というフレーズから、何も考えずに引き寄せられるかのよう
に誰かに従う傾向にあるからです。
「僕」で示される彼女はイエスマンなのでしょう。

学校も会社も

右倣えをしないと いじめてやるぞ
頷かないと 仕事はないぞ
間違ったことが正しくなって
アイデンティティは沈んでく
行方不明のまま あの日の僕の手を取って

ここの部分では学校や会社で見られる風潮を綴っているようです。
例えば「右倣え」ができなければいじめに遭い、指示に「頷かない」
仕事が与えられないのです。

「間違ったことが正しくなって」とは、常識的に間違っていることも多
数派によって覆される善悪の逆転について論じられていると解釈しました。

「アイデンティティ」とは 英語の【identity】 のことであり、 主体性、自己同
一性、自己の存在証明 などを意味しています。
現代社会の中でそうしたものが「沈んでく」つまり見られなくなっていく様子
綴っているでしょう。

「行方不明のまま あの日の僕の手を取って」とは主人公が生まれたときからず
っとイエスマンではなかった
こと、「あの日の僕」とはイエスマンになる前の自
であることがわかります。

行方不明とはイエスマンではなかった自分を見つけられずにいることを示唆して
いるのでしょう。
自分で気づかない間にイエスマンが身に付いてしまった人は、主人公だけでなく
学校にも会社にもたくさんいると思います。

新たな明日に進むために

「イエスマンは死んだ」
空っぽになりかけた
この胸に少しだけ水をあげたい
「イエスマンは死んだ」
明日からきっとまた
作り笑いしてる僕にごめんねをしよう

ここで主人公は「イエスマンは死んだ」自分に言い聞かせているように
思えました。
決意にも似たその表明は自分を奮い立たせるものだったでしょう。

同時に彼女はイエスマンになっていた間に無感情になっていた心に、自分
らしさを注ぎ込みたいと
思ったのかもしれません。
MVのカップであり自分の本当の気持ちや感情を表しているのだと
解釈しました。

さらに花束はイエスマンになる前の過去の自分を表現していると考えました。
その花が散っているシーンは、イエスマンになってから自分らしさを失った
こと
を描写しているのかもしれません。

イエスマンを殺すことは、誰かのために生きる明日ではなく自分のために
生きる明日に向かって進む
ために不可欠だと彼女は思ったのでしょう。

愛、枯れた時代に

信じたあたりで 炎上してやるぞ
笑っていないと なにもさせはしないぞ
ひとりで生きた気にそりゃなるさ
みんな自分のことで精一杯
わかりやすく愛された あの日の僕の手を取って

ここではSNSに焦点を当てて現状が綴られています。
情報提供者がファン層を信じさせた上で炎上したり、笑顔でいないと
支持したり援助しないという姿勢や傾向
を伝えているようです。
条件付きの関係性を嘆いているようにも思えます。

主人公はそうした現状を幼少期から目にしてきたのでしょう。
故に「みんな自分のことで精一杯」と結論したと考えられます。
無条件に誰かを愛する、また誰かのために自己犠牲を払う人などいな
いように思えたからです。

「わかりやすく愛された あの日」とは、主人公が幼いときに両親や
周囲の人たちから優しい愛情を受けた頃
を示唆していると考えるのは
妥当です。

今の冷え切ったSNSの現状と過去の温かさを比較して彼女は溜め息を
漏らしたかもしれません。

一番の強敵

「イエスマンは死なない」僕が殺さなきゃ
「イエスマンは死なない」僕は変われない

明日に少しだけ
勇気を出す僕を僕が見ていよう

ここではイエスマンをやめようと試みるも、なかなか上手くいかない
主人公の葛藤が表現されています。
「イエスマンは死なない」とは長年培ってきた性格が改善されない
とに言及しているように思えます。

また「僕が殺さなきゃ」とは上記の改善に他者が関与できないことを
示しているようです。
しかし「僕は変われない」とあるのは、そうした改善を諦めたくなる
気持ち
を表現していると思います。

最後に「勇気を出す僕」とは「イエスマンをやめようと励む自分」
あり、それを見る「長年染みついたイエスマンな自分」がいるという
意味なのでしょう。

自分の頑張りを自分で直視し、最後まで見届ける主人公。
彼女の心の奮闘記はこれからも続いていくに違いありません。。

まとめ

いかがだったでしょうか。
学生の頃は耳にすることも気に留めることもなかった「イエスマン」
という言葉。
しかし社会に出るとよく聞かれる言葉です。

実際にイエスマンな性格、もしくは「イエス」と言わざるを得ない状況に
晒されている人たちが大勢います。
例えば入社当初から上司に山のような仕事を押し付けられ、できなくても
断れないという場合です。

充分にサポートされていれば不満にならないのですが、人員不足や効率化
などが原因でサポートが行き届かないこともしばしばです。

そうした状況の中で「イエス」と言ってしまう自分を責めたりがっかりす
ることがあるでしょう。
それでもMVの主人公のように状況改善のために試行錯誤するのは、とて
もよい経験だと思います。

MVの主人公は赤いテープで身体が拘束され口も塞がれていました。
これは彼女の「身動き取れない、また自分の気持ちを発言できない状態」
を表現していると解釈しました。

彼女と同じように感じるすべての人が今作を聴いて共感し、勇気づけられ
新たな明日を切り開く力になることを筆者は願っています。

ナナヲアカリさんのキュート&アグレッシブな歌声にも魅了されました。
今後の活動と次回作に期待し注目していきたいと思います。
素敵な作品をありがとうございました。

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