Mrs.GREEN APPLE『どこかで日は昇る』歌詞の意味を考察・解釈~万民に希望を与える勇気の歌~

明日を想う
布団の中で眠りに就く
太陽が昇る頃にはどこかで日が落ちる

好きなこと思うと
楽しくなるね
戯(じゃ)れること 歌うこと
数え切れないな
夢があるとね
楽しくなるね
手を伸ばすと
届きそうだ

そんなに甘くないと
気づいたのはいつ?
それでもまだ輝き
抱けるのは何故だろう
寄り添う心に
気づけたのはいつ?
わからないことばかり
迷いながら進む

幸せって何だろう?
泣けることもある
でも嫌いじゃないわ
大切って何だろう?
枯れることはない
この愛しき日々よ

今日も布団の中で眠りに着く頃には
どこかで日が昇る

浮かれさすイベント
友達との再会
突然のハプニング
青春の遅咲き
「繋がり」をたまに
見失ってしまう

変わってゆく歩幅に
ついていけています?
時の流れから
逃げていませんか?
寄り添う心に
気づけたのはいつ?
わからないことばかり
とりあえず 今日をどうか

憧れって何だろう?
凹む時もある
そりゃ辛いもんです
忘れるって何だろう?
消えてしまわぬように
ぎゅっと手をつなごう

この街の中で夢語る頃には
どこかで日が落ちる

人生って何だろう?

布団の中で眠りに就く頃には
どこかで日が昇る


はじめに

2017年5月3日にリリースされた「Mrs. GREEN APPLE」4枚目のシングルとなる楽曲です。
「Mrs. GREEN APPLE」とは2013年に結成し2015年にメジャーデビューした日本のバンドです。
特筆すべき点はメンバーの大森元貴さんがボーカル、ギター、全曲の作詞作曲を担当されている点です。
曲調は疾走感全開のロックから励ましや慰めを与えるしっとりバラードまで幅広いのが特徴です。

『どこかで日は昇る』は映画「笑う招き猫」の主題歌およびMBS/TBSドラマ「笑う招き猫」の
エンディングテーマとなっています。
ですから知名度は非常に高く多くのファンから「ミセス」と略称で親しまれています。

『どこかで日は昇る』の曲調はゆるふわな感じ&しっとりと心に染みてくるバラードです。
それでもサビでは押し寄せる波のように力強い盛り上がりを見せてくれます。

歌詞は全体的に優しくこちらに語りかけるようなテイストです。
失敗したり自分に自信がない人を慰めてくれるような内容となっています。

一度聴けば間違いなく気分は明るくなるでしょう。

そんな気持ちにさせてくれる気になる歌詞をさっそく読み解いていきましょう。

タイトル『どこかで日は昇る』の意味

「Mrs. GREEN APPLE」の曲全体に言えることですが
特定のものに絞った曲はあまり多くないように感じます。
世界やみんなといった不特定多数を対象とした曲が多いと
思います。

今回も「世界の日没」をイメージして「どこかで」と特定できない
場所を指した表現を用いているように思えます。

歌詞全体の内容から「自分の気持ちが沈んでいるときに誰かが浮かばれ
その逆もしかり」というメッセージを伝えていると思いました。

ですから気持ちがずっと沈み続けることも幸せでい続けることもないという
公平感を感じる曲だと理解できます。


「どこかで日は昇る」歌詞の意味

世界の日の出と日没~公平さの象徴~

明日を想う
布団の中で眠りに就く
太陽が昇る頃にはどこかで日が落ちる

すべての人は明日が自分にとって良い日になるか
悪い日になるか考えながら眠りにつくことを述べています。

「太陽が昇る頃にはどこかで日が落ちる」とは
多少の違いはあれど世界が平等にそのような現象を見届ける
という公平さを伝えている感じがします。

歌詞の中で同様の表現が繰り返されていることから
この部分のメッセージ性が非常に強いと判断できます。


夢と現実の狭間で探す幸せ

好きなこと思うと
楽しくなるね
戯(じゃ)れること 歌うこと
数え切れないな
夢があるとね
楽しくなるね
手を伸ばすと
届きそうだ

そんなに甘くないと
気づいたのはいつ?
それでもまだ輝き
抱けるのは何故だろう
寄り添う心に
気づけたのはいつ?
わからないことばかり
迷いながら進む

幸せって何だろう?
泣けることもある
でも嫌いじゃないわ
大切って何だろう?
枯れることはない
この愛しき日々よ

日常生活で誰かとふざけたり歌ったりと自分の好きなことを
すると楽観的になれることを伝えています。
人によって気分転換は様々ですが気持ちの浮き沈みも
自分でコントロールできるという解釈もできます。

冷めた目で現実を眺めるより「夢があると」人生は張り合いがある
ものです。
気持ちの面では手を伸ばせば夢に届く、そんな気がします。

それでも大人になると自分の限界や世界の広さを思い知らされ
夢を掴むことが甘くないことを自覚します。

それでも人生にサジを投げずにやってこれたのは自分の心に
寄り添ってくれる人の存在でした。
きっかけは覚えていませんがその人は自分を確かに支えていました。

大人になって子供のときより賢くなったのに世の中は
わからないことばかりです。
それでも人間は前進していく生き物だと理解できます。

人は幸せの定義を時間をかけて考えたりもします。
泣けるときは幸せじゃなくて不幸なのか、でも嫌いではない
という不思議な感覚を時に抱きます。

大切なものを一生涯かけて探すこともあります。
何を基準にして大切かどうか決めるかも自分では
わからない時があります。

このようにわからないことだらけの人生が
潤いを失い枯れることはないのです。

自分の中に浮かぶ疑問の答えをちゃんと得ようとすれば
探究心は泉のように湧きでてくるからです。
考えて探究することに幸せを見出す人もいます。

どんぐりの背比べは月とすっぽんへ

浮かれさすイベント
友達との再会
突然のハプニング
青春の遅咲き
「繋がり」をたまに
見失ってしまう

変わってゆく歩幅に
ついていけています?
時の流れから
逃げていませんか?
寄り添う心に
気づけたのはいつ?
わからないことばかり
とりあえず 今日をどうか

幼い頃はみんな学校での流行りで「繋がり」を感じたり
能力もほとんど似たり寄ったりで繋がっていました。

それでも成人式や忘年会などで大人になってから
友達に再会するイベントがあります。

そうすると様々な意味で自分と友達の差が開いていることに
気がつき驚嘆するでしょう。

能力や外見、状況など良い意味でも悪い意味でも
自分とはかけ離れていると感じてしまうものです。

そのうち自分は取り残されていくのか、友達の方が
自分より進んでいて自分は時代遅れなのかと不安を
抱くことさえあります。
人生の歩幅を友達と比べたりし出すのです。

現実から逃げ出したくなるときもありますが歌の歌詞は
自分と競って来る人ではなく寄り添ってくれる人の
ためにとりあえず今日を生きることを勧めています。


自分の気持ちが沈んだとしても

憧れって何だろう?
凹む時もある
そりゃ辛いもんです
忘れるって何だろう?
消えてしまわぬように
ぎゅっと手をつなごう

人は自分の前を行く友達や有名人に憧れることがあります。
それでも外面や内面の違いを痛感すると「凹む時」もあります。
日が沈むかのように気持ちが沈むのです。
日のように次の日に必ず昇る保証はないので辛いのです。

人は大事な人や思い出を忘れることがあります。
悪いことや辛いことを忘れるのは良い面があります。

反対に良いことや大事なことを忘れるのは悪い面です。
こう考えると「忘れる」ことが良いことか悪いことか
あるいは両方なのか自分でもわからなくなります。

忘れるとは乗り越えることなのか捨てることなのか
考えれば考えるほど定義するのが難しい分野なのです。

それでも決して忘れたくないのは自分の心に寄り添ってくれた
大事な人の存在です。

時を経てその人を忘れないようにいつまでも
その人と手を「ぎゅっ」と繋いでいたいという
強い気持ちが読み取れます。

大事な人と手を繋ぎながら見る光景はどれも美しく
幸せな時間が流れるでしょう。

二人で日が昇るのを見るなら世界のどこかで
日が沈んでいるのです。

まとめ

MVと歌詞がとても綺麗で情緒に溢れています。
Mrs.GREEN APPLEのファンのコメントの多くは
慰めてもらったとか元気をもらったというものです。

わたしたちは毎日元気で楽しく生活し続けることはできません。
必ず辛いことや悲しいことが生じ気持ちの浮き沈みを経験します。
そんなとき『どこかで日は昇る』の歌詞がわたしたちに勇気を与え
励ましたり慰めてくれるに違いありません。

Mrs.GREEN APPLEがこれからもすべてのファンに元気と勇気を与え
続けることを願っています。