マカロニえんぴつ『hope』歌詞の意味を考察・解釈

十三月の風が吹いて
水曜日に熱を出した
大事なときに居ないよね
なんだか、なんかなあ

泣きたいときに泣けばいいさ
会いたい夜に会えりゃいいよ
そんな簡単にしないでよね
こわくないこともないのです

ベランダから春が射した
理由もなく泣いてしまった
柔らかな嘘を貯める
何故だろう、変われない

「大丈夫」君が言って
水曜日を寝潰した
幸せの削りカス
集めて、生活する

手を繋いでいたい
手を繋いでいたいのだ
弱さだけを
握りしめて居たいのだ
僕らはまだまだ
それぞれだけれどね
それでも、それでも
君が好きだ 君が好きだ

十三月の風が吹いた
金曜日にゴミを出した
どんどん狭くなる恋路を
どうしてだか、愛してしまうな

手を繋いでいたい
手を繋いでいたいのだ
余計な話は
今はしなくていいから
僕らはまだまだ
それぞれだけれどね
それでも、それでも
君が好きだ ただ君が好き

悲しみのスタートライン
揃わないね
口癖まねしても
君にはなれないや

たぶん、今がちょうど幸せ

手を繋いでいたい
手を繋いでいたいのだ
僕らは結局
それぞれだったよね
それでも、それでも
君が好きだ 君が好きだ
さよならばかりの日々の中で

歌詞考察の前に

今回は人気ロックバンドであるマカロニえんぴつの楽曲『hope』を考察していきたいと思います。

筆者が今作から特に感じ取った点は以下の通りです。

・絶望に潜む希望を探す手がかり

・絆の大切さ

上記の点を続く楽曲紹介と共にお話したいと思います。

『hope』 のMVが2020年3月30日にネット上で公開されました。
動画再生回数は公開初日にも関わらず9万回以上の再生があり人気を呼んでいます。

同年4月1日には約2年半ぶりのリリースとなるフルアルバム「hope」にも注目が集まりファンの間でも喜びの声が上がっています。

本サイトではマカロニえんぴつの楽曲考察を取り上げるのが初めてとなるので簡単に紹介したいと思います。

マカロニえんぴつ

同バンドは2012年の春、洗足学園音楽大学入学直後に現在のボーカル&ギターを担当する はっとり(本名、河野 瑠之介さん) を中心に活動を開始しました。
「はっとり」とはユニコーンのアルバム「服部」に由来したあだ名です。

ベースの高野 賢也さん、ギターの田辺 由明さん、キーボードの長谷川 大喜さんで構成されています。

楽曲の特徴は爽快感漂うキャッチーなものが多いです。
PVには男女の共同生活や恋愛が描かれたものがメインとなっています。
中には「洗濯機と君とラヂオ」のような少々サイケデリックな楽曲も存在しており音楽表現の幅広さを感じます。

さて今作のコンセプトが動画サイトの概要欄で次ぎのように語られていたました。

■はっとり(Vo, G) 楽曲コメント 絶望の裏側では必ず希望のカケラが息をしていて。 その微かな希望の光を見出せるか否かにかかっていたりする。 生きる、信じる、愛す、全てが同じくらい少し怖いけれど、手を繋いでいるこの時間は間違いなく間違いじゃないと思える。 だから、ね。手を繋いでいたい。違う個体でも、たまには一つでいたい。

https://www.youtube.com/watch?v=8MhMs5G0tVM

上記のコメントから「希望」がテーマとなって歌詞が構成されていることを理解できます。

希望の光には生きる、信じる、愛するということが関係していることも把握できますね。

さらに上記のことを実感するため「手を繋ぐ」つまり絆を確かめ合うことが引き合いに出されている点にも注目して考察したいと思います。

MVの内容や曲調にも触れておきましょう。

今作のMVを監督されたのは 映像作家の脇坂侑希氏です。
キャストには 俳優&モデルの平澤由理さん,元AKBであり現在ブルーベアハウス所属の山本亜依さんが選ばれています。

MVは2人の共同生活がメインとなっており、共に「生き」「笑い」そして最後には「別れ」が描かれていました。
人生におけるさまざまな感情が映像に詰め込まれていましたね。

曲調はどのような構成になっていたでしょうか。
序盤のストリングスは物語の期待感を伝えてくれます。
そこからギターがゆっくりとフェードインする構成は最高にエモかったです。

それではさっそく気になるタイトルや歌詞全体の考察を始めていきましょう。

タイトル『hope』とは

英語の「hope」には「希望」「期待」「望み」などの意味があります。
前述のコメントにもあったように今作は人々の希望を見つけるためのヒントが模索されています。

人は何かを望み期待したりします。
それは何かあるいは誰かが対象となるでしょう。
期待することや望みは信じることとも関連することです。

誰かを信じたり何かを希望することは恐怖を伴うことがあります。
過去に裏切られたり希望が失望に変わった経験をしている人ならなおさらです。

それでもできるだけ積極的な思いでいたいという願いがタイトルに込められていると解釈しました。

特に新型コロナウイルスで「1つの場所に集合」することや誰かとの接触ができなくなっている状況で、人の「繋がりや絆」の大切さを意識させられる歌詞だと実感しました。
こんな時代でも希望は必ずあるはずだという意志の強さもタイトルから感じます。

『hope』歌詞の意味

人々でしか生きられない人

十三月の風が吹いて
水曜日に熱を出した
大事なときに居ないよね
なんだか、なんかなあ

泣きたいときに泣けばいいさ
会いたい夜に会えりゃいいよ
そんな簡単にしないでよね
こわくないこともないのです

今回は一人の男性を主人公として考察を進めていきたいと思います。

PVや歌詞全体の流れに注目すると彼は異性と同棲していると考えられます。

歌詞冒頭では「十三月の風」これは十二月の次の月である「一月」を示唆していると解釈できます。

彼は一月の冷たい風にさらされ風邪をひいてしまったようです。
熱を出しベッドで休んでいたときのことでしょうか。
同棲している女性に対し「大事なときに居ないよね」と悪態をつきながら横になっているのでしょう。

実際、病気になると誰か傍に居て欲しいと思ってしまうものですね。
皆さんも彼の気持ちに深く共感されることでしょう。

続く部分で彼が「会いたいときにあって、泣きたいときになけばいい」という見方を受け入れづらく感じていることが綴られています。
この見方はもしかすると同棲している女性の見方なのかもしれません。
ここから彼女の人物像がさばさばした独立タイプであることが読み取れます。

対して彼は誰かに依存するタイプでありそのことが「こわくないこともない」というフレーズで裏打ちされています。

変われない自分に落胆

ベランダから春が射した
理由もなく泣いてしまった
柔らかな嘘を貯める
何故だろう、変われない

「大丈夫」君が言って
水曜日を寝潰した
幸せの削りカス
集めて、生活する

この部分は歌詞冒頭から何ヶ月か経過した出来事が扱われていると考えられます。

季節は冬から春に変わりベランダからは春の日差しが彼を包みます。
彼は「理由もなく泣いてしまった」と言っています。
客観的に考察すると彼の理由は「理想の自分に変われない」ということであり、それに対しての涙であると思います。

上記のように考察した要素は続く部分の「柔らかな嘘を貯める」「何故だろう、変われない」というフレーズにあります。

彼は理想の自分に近づくために「偽りの自分を繕って」日々を送ってきたのでしょう。

それは段々と嘘になり柔らかな毛布のように身を包むようになったのかもしれません。
自分を偽っていますから彼の心は決して温かな感情ではなかったことでしょう。

そんな状況で春の日差しを全身に受けたときに「季節の移り変わりように自分が変われていないこと」「春の日差しの暖かさが自分の心とは異なること」を無意識に感じたのかもしれません。

彼はそのとき理由はわかりませんでしたが、後々になって上記のような理由を幾つか見出したかもしれません。
私たちもそのときは悲しみの理由がわからない場合でも、時の経過と共に理由が浮かんでくることがありますね。

続く部分では同棲している女性が彼の気持ちを汲み取って「大丈夫」と励ましています。
この大丈夫は「そのままの自分で良いんだよ」という意味で言ったのでしょう。

彼は傍らで駄目な自分を支えてくれる存在に感謝したことでしょう。
理想の自分になれずにモヤモヤした日々を過ごす彼にとって、彼女の言葉は「幸せの削りカス」つまり幸せの残り香となって生活の一部になっていました。

点は線を願って

手を繋いでいたい
手を繋いでいたいのだ
弱さだけを
握りしめて居たいのだ
僕らはまだまだ
それぞれだけれどね
それでも、それでも
君が好きだ 君が好きだ

ここでは彼が彼女との絆を深めていきたいと願っていることが綴られています。
その気持ちが「手を繋いでいたい」と表現されています。
文字通り手を繋ぐことはこれまでもあったことでしょう。

しかし彼の言っている繋がりは自身の「弱さ」の共有であり、その弱さを彼女に受け入れてもらってさらに関係性を深めていきたいと願っているように感じます。

続く部分で彼は「僕らはまだまだそれぞれだけれどね」と懸念を述べています。
実際に2人は同棲しているわけですから「一緒」という概念が生まれます。
しかしそれは物理的な観点であり気持ちの面でも同じようには言えません。

彼は自分は「弱く」彼女は「強い」という見方を持っており、それが気持ちの面での障壁となっているのかもしれません。
コンプレックスとも表現できるでしょうか。

前述の弱さを克服するべく彼が取った行動からも「理想の自分に変われない」という現状に絶望感を感じていると予想できます。
しかしその絶望感の中で煌く希望の光となっているのは彼女を「好きだ」というまっすぐな気持ちでした。

彼は彼女を好きでいること、そして彼女も自分を好きになってくれることを信じることが自身の希望の光になっていることを実感していたのです。

模倣不可

悲しみのスタートライン
揃わないね
口癖まねしても
君にはなれないや

たぶん、今がちょうど幸せ

ここでは彼が彼女に憧れ自身の理想となっていること、理想にいつまで経っても近づけないことが綴られています。

「悲しみのスタートライン」とは自分と彼女が生まれたときから違い過ぎると感じて悲嘆していることを表現しているように思えます。

どれだけ足早に努力して彼女になろうとしても「揃わない」つまり近づくことはできないと言っています。

同時に彼は「たぶん、今がちょうど幸せ」と言って、彼女に憧れている間や努力を続けている時期が幸せなのだろうと納得しています。

決別が渦巻く世界で

さよならばかりの日々の中で

ラストのこのフレーズには彼が絆を重視した理由が含まれています。
「さよならばかり」とは、友情や恋愛において決別が周囲であまりにも多く見られているという点を伝えているように思えます。

そんな中で自分は同棲している彼女とずっと一緒に居たいと願ったのでしょう。孤独や不安を感じる世界で自分と生涯を共にしてくれる人がいるというのは確かな希望になります。

しかし彼にはまだ希望の光しか見えていません。
彼女と同じ場所で生きていること、彼女が自分を好きでいることを信じることなどが光となっています。

文字通りにも気持ちの面でも彼女と繋がって絆を強めていくこと彼はこれからも決意していくのでしょう。。

まとめ

いかがでしょうか。
凄く身近でリアルな内容だったと感じます。

物理的な距離が気持ちの距離ではないこと、相手の気持ちがわからない状況に不安を感じながらも信じる気持ちも生まれていく様子も歌詞から汲み取ることができました。

また彼の理想の自分になるために行ってきたことや、理由なき涙を想像すると切なくなります。
自身のうちに葛藤を感じるすべての人に今作が希望となることを心から願っています。

最新機器の普及やデジタル化が進むにつれ人との交流がこれからどんどん減って行くことが予想されます。

そんな時代に確かに触れ合える存在、温かで信じられる人を見つけられたら、それは生きていく上での希望になりますね。

マカロニえんぴつの今後の活動と次回作に期待し注目していきたいと思います。
素敵な歌声と演奏をありがとうございました。

ここまで記事を読んで下さった皆さんにも感謝します。
ありがとうございました。

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