King Gnu『傘』歌詞の意味を考察・解釈

さよなら
ハイになったふりしたって
心模様は土砂降りだよ
傘も持たずにどこへ行くの?

あれこれ
不安になったって
どうしようもない
“運命でしょ?”
曇りガラス越しのあなたには
もう何も届いちゃいない

3回目のアラームで
ようやく起き上がれそうな朝
眠い目を擦りながら
顔を洗ってコーヒーを流し込め

運命なんてハナから
信じきれやしないよな
深読みのし過ぎばかりじゃ
満たされやしなくて

もっと話したいんだ
もっと近づきたいんだ
遠くで眺めていたく無いよな
どんな時だって

さよなら
ハイになったふりしたって
心模様は土砂降りだよ
傘も持たずにどこへ行くの?

あれこれ
不安になったって
どうしようもない
“運命でしょ?”
曇りガラス越しのあなたには
もう何も届いちゃいない

ガラス片を避けながら
直行直帰ちょっこうちょっき寝落ちる毎日さ
満員電車に息を潜め
鳴り響いたベルが発車の合図さ

繋いだ手を確かめた
確かに僕ら其処に居たのさ
寄せては返す波の中を
必死に立っていたんだ

ゴールなんか有りはしないよな
ただのレースとは違うよな
巷に流れるラヴ・ソングの
様にはいかないね

さよなら
ハイになったふりしたって
心模様は土砂降りだよ
傘も持たずにどこへ行くの?

あれこれ
不安になったって
どうしようもない
“運命でしょ?”
曇りガラス越しのあなたには
もう何も届いちゃいないんだ

結局は愛がどうとか
わからないよ未だに
そう言い放った自分の
頼りない背中を見た

さよなら
ハイになったふりしたって
心模様は土砂降りだよ
傘も持たずにどこへ行くの?

あれこれ
不安になったって
どうしようもない
“運命でしょ?”
曇りガラス越しのあなたには
もう何も届いちゃいないんだ

歌詞考察の前に

大人気ミクスチャーロックバンドKing Gnu『傘』のオフィシャルオーディオが2019年11月15日にネット上で公開されました。
動画再生回数は公開から2週間で250万を超える驚異の人気です。

同曲はブルボン「アルフォート」CMソングとなっています。

映像ではジャケットで描かれたイラストをベースにしたアニメーションで構成されています。

今作のディレクターを務めたOSRIN氏(PERIMETRON)は映像について次のように語っていました。

「傘を持って誰かを待ってる姿っていろんなところで目にしていた好きな光景だったんだけど最近見ることなくなったなと思いアニメーターのユウジンと一緒に制作しました。人の人生を眺めるように見てもらえたらと思います」

https://natalie.mu/music/news/355615  ナタリーより

上記コメントにもあるように今作の映像には傘を差す女性(母親?)の姿がありました。
映像のラストには娘と思われる少女が駆け寄り母親から傘を受け取ります。

こうした何気ない光景は日常でよく見られますし、和みますね。

曲調は前作「vinyl」を連想させるような大人の魅力に包まれています。
マイナーコードを中心とした構成がダークでセンチメンタルな雰囲気を作り出していました。

今作で新鮮だなと筆者が感じたところは、歌詞に純粋無垢な点が見られるところです。

これまでのKing Gnuのフレーズを見返すと、ギザギザと尖っている印象を受けます。

しかし今作は純然たる恋愛を主人公が経験している様子が描かれているように感じました。

主人公が感じる感情や心境の変化を歌詞全体から探ってみることにしましょう。

タイトル『傘』とは

「傘」雨具の一つであり「雨」から身体を保護するための道具です。

しかし歌詞全体を考慮すると文字通りの傘ではなく、比喩的な意味で用いられていると筆者は解釈しました。

なぜなら歌詞の中で心が土砂降りであるとしており、文字通りの天候ではなく心の状態を表現しているからです。

上記を考えるとタイトル「傘」とは心の土砂降りを解決する手段もしくはきっかけのことであると解釈しました。

そもそも主人公はどうして心が土砂降りのように感じていたのでしょうか。
続く部分から物語の全容を把握してみたいと思います。

『傘』歌詞の意味

決別―運命への信仰

あれこれ
不安になったって
どうしようもない
“運命でしょ?”
曇りガラス越しのあなたには
もう何も届いちゃいない

今回の考察では一人の男性主人公を主軸に考えていきたいと思います。

彼には交際していた女性がいたのでしょう。
それは初恋だったのかもしれず、不安やどうしようもない感情を彼は抱えていました。

この出会いをなんと呼べばよいのだろうと思案していたのかもしれません。
彼はその疑問に「運命でしょ?」と返答しました。
少なくとも交際当初はそれを信じていたいと思っていたのでしょう。

しかし歌詞を見る限り、2人は後に決別したものと思われます。
「曇りガラス越し」で描写されているように彼は彼女を「はっきりと見る」ことができなくなっています。

これは会えないことを意味し、鮮明に彼女を思い出すこともできない状態を示唆しているのだとも考えられます。

鉛のような心身

3回目のアラームで
ようやく起き上がれそうな朝
眠い目を擦りながら
顔を洗ってコーヒーを流し込め

この部分では決別後の主人公の日々について綴られているようです。
「3回目のアラームでようやく起き上がれそうな朝」とはどういう意味なのでしょうか。

幾つかの状況が考えられます。

1つは決別以降、彼の心は落胆と失意で埋め尽くされ身体は鉛のように重いという点を示唆しているのでしょう。

2つめは一日の予定に希望を感じれるような出来事がない点を描写しているのかもしれません。

楽しい予定が控えているのであれば1度目のアラームで飛び起きて支度することでしょう。

それでも彼にとって好きだった彼女を失った日々に、楽しいと思えることなど皆無だったのだと読み取れます。

眠気眼の彼の様子から昨夜も熟睡できなかった点も理解できます。
コーヒーのカフェインに頼らなければならない程、彼には自力で頑張る気力がなくなっているのでしょう。

柄にもない信仰を捨てて

運命なんてハナから
信じきれやしないよな
深読みのし過ぎばかりじゃ
満たされやしなくて

歌詞が進行したこの部分で彼は当初抱いていた「運命」に対する信仰を捨ててしまいます。

「ハナから」とは最初からという意味であり、彼が運命を信じてはいたものの盲信しそれに依存していたわけではないことを示しています。

彼は自己反省をしており一時でも「運命でしょ?」と深読みした自分を悔やんでいます。

決別後も「あの時ああしていれば」「あれは実はこういう意味だったんじゃないか」と深読みを続けていたのでしょうか。

そうだとすれば、彼はそうした事柄からは満足感は得られないことを悟っているのだと思います。

距離感への欲求

もっと話したいんだ
もっと近づきたいんだ
遠くで眺めていたく無いよな
どんな時だって

ここでは主人公の純粋無垢な本心を見て取ることができます。

繰り返し「もっと」と表現されているように彼女への欲求が強調されています。
「近づきたいんだ」「遠くで眺めていたく無い」というフレーズから理解できるように、彼は彼女との距離感を埋めたくて仕方ありませんでした。

「どんな時だって」という表現は決別後も含まれるのだと筆者は考えました。
鮮明に思い出せない今も回想することを止めれない点、また心身共に引きずっている点を考慮するとそう言えます。

これ以上、傷つかないように

ガラス片を避けながら
直行直帰ちょっこうちょっき寝落ちる毎日さ
満員電車に息を潜め
鳴り響いたベルが発車の合図さ

ここでは主人公が日常でこれ以上傷つかないように慎重に生活していることを読み取れます。

「ガラス片」とは「自分を傷つける要素」なのだと推測しました。
それは他人とのトラブルなのかもしれません。

失恋は言葉にできない程のダメージを当人に与えます。
ですから余計な問題に関わらないように過ごしたいのは当然の心理でしょう。

しかし問題回避の毎日は決して満足感も幸福ももたらしません。
「寝落ちる毎日」で表現されているように、ただ働いて寝るという繰り返しは彼の生活を無機質なものに変えていったことでしょう。

生活も生活している彼の心も土砂降りの悪天候になっていったに違いありません。

恋愛の軌跡

繋いだ手を確かめた
確かに僕ら其処に居たのさ
寄せては返す波の中を
必死に立っていたんだ

ここでは主人公が彼女との思い出の場所に来たのではないかと考えました。

交際当初、気持ちを伝え合い手を繋いだ思い出の場所に彼は1人立って回想していたのでしょう。

「僕ら其処(そこ)に居た」という表現は彼と彼女の恋愛の軌跡を確固たるものとしているのだと解釈しました。

言いかえると「あれは嘘でも幻でもないよな」という確認でもあったのでしょう。

「寄せては返す波の中を必死に立っていた」とは、2人の好きの気持ちが高まったりあるいは引いてしまうように感じたときにも分かり合ってきたことを述べているのでしょう。

こうした回想からも、彼がそうした頃に戻りたいという願いも今も持っていることを察することができます。

降りやまない雨―飛び出して

さよなら
ハイになったふりしたって
心模様は土砂降りだよ
傘も持たずにどこへ行くの?

サビの部分で何度も繰り返される重要なフレーズからは主人公の心情と現在の行動が明示されていると思います。

彼は「さよなら」過去の思い出に踏ん切りをつけようと奮闘します。
「ハイになったふり」とは気にしていないかのように振る舞うことを示しているのでしょう。

しかしそうしたうわべだけの行為はなんら解決策にはならなかったようです。
依然として彼の心は「土砂降り」が続いているからです。

それでも彼は「傘も持たずに」どこかへ行こうとします。
行き先は忘れられない彼女のところなのだと思います。

しかし彼女に会おうとする行為も「傘」の役目を果たさないでしょう。
再会の約束もなく、偶然見かけたとしても彼女が話してくれるかの保障もありません。

だからといって日常生活の別の面で楽しみや生き甲斐を見つけることも出来そうにないでしょう。

そう、なに1つとして彼の心の土砂降りから身を守る「傘」になることはできないのでした。。

まとめ

いかがだったでしょうか。
今回、筆者は男性視点として歌詞全体を考慮しました。
違った考察としては映像の親子?を主軸にして進めるかもしれません。

また本文でアルフォートに絡めた考察が扱えませんでしたが、そうした線で考えるのも楽しいと思います。

この映像を見てから傘と傘を差す人を注視するようになってしまいました(笑)
富山県では「弁当忘れても傘忘れるな」という言葉があるようですね。
余談でした。。

「傘」一つで幾百万の人たちを魅了し感動させてしまうのですから、King Gnuのセンスには感服させられます。

また映像ディレクターOSRIN氏の最先端でアーティスティックな映像にも圧巻でした。

今後の活動と次回作にも期待し注目していきたいと思います。

素敵な作品をありがとうございました。

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