上白石萌音『夜明けをくちずさめたら』歌詞の意味を考察・解釈

誰もがひとりぼっち
やりきれないほど
悲しみがあって
でも笑いたくて
悔しさにもたれて
見上げた夜空にくちずさむ

願いが叶うのなら
はぐれたひとにも
しあわせが落ちて
ぬくもりが生まれて
優しさがつながれて
またいつか逢えたらいい

きみは月を見てる
涙に負けないように
誰かの手に愛がやどること
願っているんだ そうだろ
ぼくも月をみてる
きみとおなじ月を
寂しさこそぼくらのきずなさ
夜明けはきっと来るから

それはもうきれいごとだと
嗤うひとたちの言葉に敗れて
分かち合うことをあきらめたりしない
誰かを傷つけたくない

どうかもう
震えるその手を
自分で責めたりしないで お願い
みんな みんな 愛されたいと
言えずに生きている

ぼくは月を見てる
そして夢を見てる
心のなか奪われはしない
希望があるんだ そうだろ
みんな月をみてる
誰かを想いながら
いつの日かとなりに座って
夜明けをくちずさめたら

夜明けをくちずさめたら

上白石萌音『夜明けをくちずさめたら』の概要

皆さんこんにちは。ライターのseiです。
今回は上白石萌音さんが歌う『夜明けをくちずさめたら』を考察していきます。

【注目して欲しいポイント】

・孤独や温もりの共有

・離れていてもみんな繋がっている

誰でも「寂しい!」とか「誰か一緒に居て!」と叫びたくなるときってありますよね。
そう感じたなら『夜明けをくちずさめたら』を今すぐ聴こう。
自分の中の孤独や不安が和らいでホットな気持ちになれるはず。

まずは楽曲紹介をしていきます。

上白石萌音さんが歌う『夜明けをくちずさめたら』のMVが2020年5月11日にネット上で公開されました。
同曲は NHKみんなのうた ミュージカル「リトル・ゾンビガール」 主題歌として書き下ろされています。

また みんなのうたバージョンが4~5月に放送され人気を集めています。
作詞・作曲を担当したのは水野良樹(いきものがかり)さん
彼は本当にキャッチーな曲を生み出す天才だね。

上白石萌音さんは動画配信で「ちょっと寂しかったり切なかったり不安だったり、 夜にいろいろ考えちゃう気持ちにそっと寄り添ってくれる優しい曲」だと語っていました。

MVの内容にも触れておきます。
事前に 「#萌音とくちずさめたら」という企画が立ち上げられ、多くのファンからMVに使用する写真やイラストが集められていました。
そのほか上白石さんのレコーディングの様子も挿入されています。

MVのイラストや写真から特に伝わってくるのは

「孤独」と「温もり」

一人で空を見上げる女の子と一匹の猫はまさに「孤独」を表現していますね。
今作のCDジャケットからもその点が感じられました。
女の子が窓から群れを成して空を飛んでる鳥を眺めているイラストです。

MVラストでは女の子と猫は一緒になって空を見上げていました。
それ以外にもみんなで手を繋いでいる写真からも「温もり」が伝わってきます。

前述の注目ポイントに「離れていてもみんな繋がっている」と書きました。
この点は歌詞中の「月」にヒントがあるから後ほど話すね。

NHKみんなのうた ミュージカル「リトル・ゾンビガール」あらすじからも今作 『夜明けをくちずさめたら』 の歌詞がマッチしているのを理解できます。

あらすじを簡単に説明すると「対立するゾンビと人間たちという環境で、ゾンビの女の子(ノノ)と人間の男の子(ショウ)が仲良くなっていく話」です。
なんだか怪物くんが頭に浮かんだよ。

斬新なのはゾンビが人間を恐れて生活している点だ(なぜ)
ノノの心境としては、人間であるショウに「不安」を感じながらもその不安が「温もり」に変わったらいいなと思っているはず。
まさに主題歌として成立していますね。

それではさっそく気になるタイトルや歌詞全体を考察していきましょう。

『夜明けをくちずさめたら』の意味とは

タイトルに含まれる「夜明け」とは読んで字の如く「夜が明けること」を指す。
事態の好転や心境の変化を伝えています。
文字通りの意味もあるけど、孤独や不安がなくなる状態や一人じゃなくなることを描写しているとも言える。

続く「くちずさめたら」とは何を指すのでしょうか。
「口ずさむ」とは「詩や歌などをなんとなく、また思いつくままに歌う」こと。

冒頭でも話したけど、夜になるとなんとなく寂しい気持ちになったりしますよね。

自分の気持ちは声や文字にして表現したくなります。
そうした行為をタイトルの「くちずさむ」という表現で代用していることを理解できます。

まさに孤独や不安の共有だ。

『夜明けをくちずさめたら』歌詞の意味

孤独の歌

誰もがひとりぼっち
やりきれないほど
悲しみがあって
でも笑いたくて
悔しさにもたれて
見上げた夜空にくちずさむ

歌詞には「ぼく」「きみ」が登場します。
考察しやすいように「ぼく」を男性、「きみ」を女性とします。
歌詞は「ぼく」視点で描かれているので彼を主人公として考察していきます。

1番の冒頭では彼が孤独について歌っています。
みんな一人孤独に生きていること、悲しみや喜びを分かち合いたいと願っているのがわかるね。

彼が「悔しさにもたれて」と表現しているのはなぜでしょうか。
それは一緒にいる誰かを願ってもすぐには叶わないからだと思います。
また変えられない現状に自分の無力さを感じたのかもしれません。

彼だけでなく、みんなさまざまな環境下で夜に気持ちを「歌」にして口ずさんでいます。
今日も孤独の歌が夜に響き渡ってるんだろうね。

群れからはぐれても

願いが叶うのなら
はぐれたひとにも
しあわせが落ちて
ぬくもりが生まれて
優しさがつながれて
またいつか逢えたらいい

ちょっとリアルな話をします。

家庭や寮生活、また職場や学校など「みんな」と過ごしている人がいるよね。
その人は一人暮らしではないんだけど歌詞のように「ひとりぼっち」と感じていることがあります。

歌詞の中では「はぐれたひと」と表現され、群れからはぐれた状態を伝えています。

こうした事実は「誰かと一緒だから孤独じゃなくなるわけではないこと、自分の気持ちを共有できる人が必要である」ことを伝えています。

主人公は大切な人とはぐれて寂しい思いをしている人に「しあわせが落ちてぬくもりが生まれて優しさがつながれてまたいつか逢えたら」と願っているようです。

この願いを植物の成長過程を例にして考えてみました。

「しあわせ」というがはぐれた人の生活という土に落ちた。
しあわせとは、日常で笑顔になれる些細な出来事かもしれません。

種が芽を出して「ぬくもり」というが出てきます。
ぬくもりは身近な人との友情を深めていくことに当てはまると思います。

友情関係にある人たちの間には「優しさ」というが伸びてつながっていく。

そしていつの日か、はぐれた大切な人と再会できることを願っていて、
大切な人との恋が実ったとき孤独や不安は顔を隠すに違いないと解釈しました。

同じ月を見上げて

きみは月を見てる
涙に負けないように
誰かの手に愛がやどること
願っているんだ そうだろ
ぼくも月をみてる
きみとおなじ月を
寂しさこそぼくらのきずなさ
夜明けはきっと来るから

ここでは「きみ」が登場しています。
主人公と彼女が「月を見てる」点に注目してみましょう。

二人はなぜ月を見上げているのでしょうか。

それは「離れていても繋がっている」と信じているからだと思います。
同じ景色を見ていることで、孤独や温もりを「共有」している感覚を持ちたいんだと読み取れます。

「月」に関してNHKみんなのうた『夜明けをくちずさめたら』のアニメーションを担当した きたやまくみこさんは次のようにコメントしていました。

世界のどこにいても、どんな状況下でも、私たちの見上げる月はひとつ。誰かを想うことの優しさと、そして強さを、この楽曲を聴いて改めて感じました。この温もりが伝わるような、手触り感のある鉛筆のタッチで描きたいと思いました。

https://www.nhk.or.jp/minna/songs/MIN202004_03/

このコメントと歌詞を照らし合わせると「ぼく」が離れ離れになっている「きみ」にどうしても逢いたいという気持ちが伝わってきます。

そう考えると「きみとおなじ月を 寂しさこそぼくらのきずなさ 夜明けはきっと来るから」というこのフレーズは、コロナウイルスによる外出自粛で逢いたい時に逢えない辛さを噛み締めてる男女に刺さる。

現代の状況に置き換えると「夜明け」コロナウイルスの終息に当てはまると思いました。

ふさぎこむ気持ちと風潮に負けない

それはもうきれいごとだと
嗤うひとたちの言葉に敗れて
分かち合うことをあきらめたりしない
誰かを傷つけたくない

2番からは身近にみられる嘆かわしい現状が綴られています。

「嗤う」とは「人を見下したり馬鹿にして笑う」こと。
そうした人たちは「一人で生きられない人は弱い」「自分のことで精一杯なんだ」と消極的な考えを持っているかもしれない。

さっきコロナウイルスを例に挙げたけど、「買い占め」や「高額転売」が頭をもたげます。
それらはどう考えても歌詞の「分かち合う」ことではありません。
自分のことだけを考えた結果、誰かと誰かの生活を傷つけたのです。

この部分の歌詞は「人に優しくしたい」と思わせてくれます。

また自粛が続き、どこにも行けないと感じている人は大勢います。
「コロナうつ」というワードもニュースで、たびたび取り上げられるようになりました。

こうした風潮は「一人で生きる」「自分には何もできない」という気持ちを生みやすいです。

そんな気持ちでいる人に「あきらめたりしない」というストレートなフレーズが刺さる。

上手く歌えなくたって大丈夫

どうかもう
震えるその手を
自分で責めたりしないで お願い
みんな みんな 愛されたいと
言えずに生きている

ここでは自分を責め続ける人、気持ちを上手に表現できない人について綴られています。

主人公は「自分で責めたりしないで」と嘆願しています。

「震えるその手」という表現から「すでに長い間、孤独に耐えてきた」ことがわかります。
主人公が一人で孤独と戦った人を必死に守りたいと思っているのが伝わります。

「みんな 愛されたいと言えずに生きている」という表現はとても親近感わきます。

「愛されたい」と簡単に口に出来ないのは、前述の歌詞にも出てきた「嗤う」人がいるからかな。

そういう人たちに「弱い」とか「甘えてる」とか思われたら嫌な気持ちになりますね。

希望が映し出す将来

ぼくは月を見てる
そして夢を見てる
心のなか奪われはしない
希望があるんだ そうだろ
みんな月をみてる
誰かを想いながら
いつの日かとなりに座って
夜明けをくちずさめたら

夜明けをくちずさめたら

ここでは主人公たちが「月を見てる」理由が綴られています。

ぼくもきみも心の中に「希望」を抱いていることを理解できます。
希望を噛み砕くと「大切な人に再会する」と言えるかもしれない。

見上げる月に大切な人を重ねているところも容易に想像できます。
そして歌詞にあるように、いまは一人で見上げている月を一緒に見たいと願うのです。

二人一緒に待つ「夜明け」は一人の時とは違ったものになるはずです。
好きな人から伝わる温もりを感じながら、朝日が昇る光景を微笑ましく見届けられるから。

一人のときは思わしくない状況から好転することを願っていたが、二人のときは良い状態をさらに良くしてこうという願いに変わっていくはずです。

毎晩、そんな歌を二人で歌えたら素晴らしいですね。。

まとめ

感情移入しやすいストレートな歌詞が、さまざまな環境下の人に刺さったと思います。

歌詞もメロディーもキャッチーで、子供から大人まで容易に理解しやすい歌詞はまさにNHKにふさわしい楽曲です。
ぼくときみなど「ひらがな表記」が多様されていた点からもそのように言えます。

今までの自分は漠然と月を眺めていました。
とても賢そうには見えない顔して「今日も丸いな」とか呟いていた(笑)

これからは大切な人に重ねてみるかとか思ったり思わなかったり。。

上白石萌音の素敵な歌声にも心を鷲掴みにされました。
今後の活動と次回作にも注目していこうと思います。

ここまで記事を読んでくれてありがとうございました。

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