星野源『アイデア』の歌詞に”音”が多用されている理由とは?

おはよう 世の中
夢を連れて繰り返した
湯気には生活のメロディ

鶏の歌声も
線路 風の話し声も
すべてはモノラルのメロディ

涙零れる音は
咲いた花が弾く雨音
哀しみに 青空を

つづく日々の道の先を
塞ぐ影にアイデアを
雨の音で歌を歌おう
すべて越えて響け

つづく日々を奏でる人へ
すべて越えて響け

おはよう 真夜中
虚しさとのダンスフロアだ
笑顔の裏側の景色

独りで泣く声も
喉の下の叫び声も
すべては笑われる景色

生きてただ生きていて
踏まれ潰れた花のように
にこやかに 中指を

つづく日々の道の先を
塞ぐ影にアイデアを
雨の音で歌を歌おう
すべて越えて響け

闇の中から歌が聞こえた
あなたの胸から
刻む鼓動は一つの歌だ
胸に手を置けば
そこで鳴ってる

つづく日々の道の先を
塞ぐ影にアイデアを
雨の中で君と歌おう
音が止まる日まで

つづく日々の道の先を
塞ぐ影にアイデアを
雨の音で歌を歌おう
すべて越えて響け

つづく日々を奏でる人へ
すべて越えて響け

星野源『アイデア』は、2018年上半期のNHK連続テレビ小説「半分、青い。」の主題歌です。
2018年8月20日配信限定で発売されたシングル曲。
人生の悲喜こもごもを見せてくれるドラマの展開とシンクロし、星野源さんの楽曲制作への強い熱意を多いに感じる1作です。

歌詞に詰まった、痛みと喪失と再生の物語。
では、ゆりはるなが星野源『アイデア』の歌詞を考察してみたいと思います。
この記事で、皆様がこの楽曲の歌詞をそれぞれに楽しむお役に立てれば幸いです。


タイトル『アイデア』の意味・テーマ

「アイデア」とは何かを考えてみますと、古代ギリシアの哲学者ソクラテス、そして弟子のプラトンへとたどり着きます。
MVをご覧になった方ならばご存じかもしれませんが、タイトルが日本語の「アイデア」ではなく「IDEA」と表示されますね。
「アイデア」と「イデア」は意味が異なりますが、非常に繋がりの深い言葉であり、概念です。

連続テレビ小説の「半分、青い。」の主人公はある障害を抱えています。
その障害のために、健康体である人が持っている身体的能力が一部使えなくなってしまいます。
彼女を含め、私たちの人生はいつも順風満帆ではありません。
そこへふと現れる不思議な「アイデア」をどうやったら掴めるのか。

「アイデア」とは何か。「イデア」とは何か。
古代ギリシアから続く一人一人の人生の旅路は、現在の私たちへと受け継がれていきます。

歌詞の考察

明るく始まる現実の厳しさ

おはよう 世の中
夢を連れて繰り返した
湯気には生活のメロディ

お茶を入れる、お風呂の支度、アイロンかける……湯気から連想されるのは生活感と、そこに秘められた哀しみ。
今、夢と現実の遠い距離が平然としてただあるのみ。

それがこの「世の中」。
私たちが生きる世界です。

まだ「おはよう」と挨拶するしかこの「世の中」で出来ることはありません。


いつも聞こえる孤独の音

鶏の歌声も
線路 風の話し声も
すべてはモノラルのメロディ

全てがモノラルの世界とは。
「ステレオ」=2つ(もしくはそれ以上)であるはずなのにそうではない状態、つまり自分の半身を失っているような姿です。

「モノ」という言葉はギリシャ語を語源とし、単一であることを意味します。
何気ない風景の中、喪失されたものへの想いと、単一、孤独になった自分が描かれます。

そこに見えないけれどある

涙零れる音は
咲いた花が弾く雨音
哀しみに 青空を

「おはよう」と挨拶したのに返事が返ってこなかったらどんな気持ちになるでしょうか。
「世の中」からまだ返事すらもらえず、夢をかなえるという段階ではありません。
しかし、哀しみに落とした涙から、太陽の輝く青空を夢想します。

楽曲タイトルの「アイデア」の語源となる「イデア」とは、古代ギリシャの哲学者プラトンの生み出した概念です。

「イデア」とは人間には知覚することのできない「純粋な本質的な存在」です。

プラトンは例えば「完全なる美(美のイデア)」について、「花が美しいこと(目に見えるもの)」と「美のイデア(知覚できないが本質的・真に実在するもの)」の違いは「花はいつか枯れて美しさを失うが、真実の美は永遠に存在し、その姿に近づこうと努力するのが人のあるべき姿である」という哲学を生み出します。

「完全なる青空」「純粋な青空」を私たちは知覚できません。
しかし、本質的な青空に近づこうと努力をすることは出来るのです。


歩み続けて探し続けて

つづく日々の道の先を
塞ぐ影にアイデアを
雨の音で歌を歌おう
すべて越えて響け

つづく日々を奏でる人へ
すべて越えて響け

プラトンの師であるソクラテス、「無知の知」などの言葉で有名ですね。
ソクラテスは「人間としての善」とは何か、「知への愛」を探求した哲学者です。
アイデアの語源であるイデアには、このソクラテスの死が大きく関わっているのでないかと言われます。

ソクラテスは「無知の知」から発展した疑問に答えを見出すため、人に質問をふっかけまくり、最終的にはアテナイで死刑宣告を受け、服毒の末、死んでしまいます。

プラトンは、悪事を働いたわけでもなく訪れたソクラテスの死に答えを見つけようとしました。
そこで生まれ出たといわれるのが「イデア=目に見えない純粋な本質的な存在」です。

逆境の中にあっても、目に見えない「本質」にたどり着くまで、海や山を越えて、今できることの精一杯を自分へ響かせ届けることが、「人間としての善」ということなのかもしれません。

失わずにいたい感じた全て

おはよう 真夜中
虚しさとのダンスフロアだ
笑顔の裏側の景色

独りで泣く声も
喉の下の叫び声も
すべては笑われる景色

生きてただ生きていて
踏まれ潰れた花のように
にこやかに 中指を

中指を立てているのは、誰が誰に対してでしょうか。
日々の中、自分を裏切りそうになる自分に対してなのではないでしょうか。

先述のソクラテス、あまりに人に質問を吹っ掛け回ったがためか、それをふざけて真似する者が現れたり、迷惑じじいだと言われたり、彼のやっていることは国家への反逆だという悪評が高まりました。

探求心・知的好奇心・人の善とは何か・そしてオリンポス神への信仰。
そのために生きただけのソクラテスは笑い者になり犯罪者にされ存在を踏み潰されます。

けれど、彼を信望する弟子や仲間も数多く、監獄には鍵さえかけられなかったそうです。
彼はいつでも脱獄できた、生き残ることが出来た。

そうせずに、国家からの判決を受け入れたのは、信じたものに殉じ自説を絶対に曲げる気がなかったからかもしれません。

たった一人の真夜中――目に見えないものへ挨拶するような姿。
真夜中への「おはよう」には、きっと返事が返ってきます。
自分の中に真実を得たいという気持ちを持っていれば、暗闇の中で何も見えなくても純粋なアイデアが「おはよう」と語りかけてくれます。


痛みを越えて響く音

つづく日々の道の先を
塞ぐ影にアイデアを
雨の音で歌を歌おう
すべて越えて響け

この楽曲を主題歌とするNHK連続テレビ小説「半分、青い。」
身体の障害……片耳の聴力がない女性が、成功と挫折を繰り返しながら、最後には素晴らしいアイデアを思い付き、自分の本当の気持ちにも気が付いていく物語です。

アイデアという言葉には、発想・ひらめき・着想、そして考えや観念も含まれます。
そして、そのアイデアはイデアから降りてくるものだという考え方があります。

片耳の聴力を失うという障害を持った主人公が、聞こえない音、つまり「音のイデア」から「アイデア=ひらめき」を得たのかもしれません。

見えないもの、聞こえないもの、触れられないもの、絶対的なもの、純粋なもの、人を善たる存在にするもの「イデア」が、そこに近づこうと努力する人へ贈る賛辞が「アイデア」ともいえるのではないでしょうか。

モノラルの歌を確かに聞いた

闇の中から歌が聞こえた
あなたの胸から
刻む鼓動は一つの歌だ
胸に手を置けば
そこで鳴ってる

ただ生きてただ死んでいくだけの私たちの人生。
それぞれが意味を見出し、それぞれが生まれてきた理由や生きる理由を探します。

ほんの一瞬のような人の命が、鼓動が、歌を歌います。

生まれてきた意味や生きる理由や、笑ったことや泣いたこと、全てが「一つ」の――「モノラル」のメロディに乗って歌います。

その鼓動が止まるまで、たった1本のマイクスタンドだけで、たった1つのスピーカーだけで、歌は鳴り続けます。

最期まで。その日までは

つづく日々の道の先を
塞ぐ影にアイデアを
雨の中で君と歌おう
音が止まる日まで

音が止まる日、それは命を天へ還す日なのかもしれません。

その日がやってくるまで――「イデア」と出会う日まで、「アイデア」という贈り物を自分の人生に捧げます。

一つ一つの心臓の鼓動が、失われてしまった半身が、雨の中で歌った歌が、人生が終わったその日に「イデア」に導いていきます。

塞ぐ影に隠れて見えない真実を懸命に追い、懸命に生きることで「イデア」は「アイデア」という賛辞をそれぞれの人生に響かせ届けてくれるのです。


まとめ

星野源『アイデア』は曲調がパートによって変わり、それが劇的な心理描写の効果を生んでいます。
MVも、マリンバを弾く冒頭から、心躍るような集団ダンス、たった一人の弾き語りなど、そこに表されている歌詞・心理に合わせて場面が変わる、シンプルだけれどとても凝った演出の映像です。

人生に落とされる影に隠れて目に見えない「純粋な本質的な存在」
その影の中でしか見つからない「アイデア」
ひたむきに一生懸命生きていく、それは何のためなのかを教えてもらえた気がします。

最後まで読んでいただきありがとうございました。



この記事をシェアする!