初音ミク『ハイドアンド・シーク』歌詞にある”何十倍もつらい事”とは?

嫌われる事が怖くて 僕は僕は僕を隠した 誰かの陰口が痛くて
僕は耳を耳を塞いだ本当の僕は汚くって きっとみんな僕を嫌うから
本当の僕は隠しちゃって 綺麗なとこだけ見せてたんだ
ある日誰の言葉も全部 嘘に聞こえて悲しくなった
そうだ僕の事を嫌うのは 誰かじゃなくて 見せたくない方の僕だ

今君に もういいかい ねえまだだよ 本当の僕が恋しくなって
もう一回 呼びかけてみるけどまだ 見つからないよ
ほら もういいかい ねえまだだよ その内声も届かなくなって
もう一体 僕は僕が誰なのか 分からないんだ

鬼さんこちら手の鳴る方へ 君は此処にいちゃいけないから
そんな事告げる僕の方が よっぽど君より鬼みたいだ
遠く暗い世界に落ちた 君が最後に一言言った
君が僕を捨てて手に入れる 誰かの愛は 見せかけだけの愛だ

今君に もういいかい ねえまだだよ 僕は誰かに愛されたくって
もう何回 嘘に嘘を重ねれば 救われるかな
ほら もういいかい ねえまだだよ その内僕が僕じゃなくなって
もう一体 何がしたいのかさえも 分からないんだ

明日君に打ち明けるんだ 僕は卑怯で臆病だって
誰かに嫌われる事よりも 何十倍も辛い事に気付いたよ
今僕に もういいかい ねえまだだよ 本当の君はどこにいますか
もう何回 君の事を信じれば 断ち切れるかな

今君に もういいかい ねえもうちょっと 僕の世界が君に近付いて
もう一回 呼びかけてみたら 君の声が聞こえた
ほら もういいかい ねえもういいよ その内空も少し色付いて
もう一歩 足を踏み出したら ほらね やっと君を見つけた

愛される事を望んで 僕は僕は僕を隠した
痛んだ傷口を塞いで 僕は君を君を愛した


はじめに

作曲者は19 -iku-さん。
niconico動画に2014年11月04日に投稿されたボーカロイドオリジナル曲。
使用ボーカロイドは初音ミク。

2018年現在、60万再生され、VTuberや歌い手などに歌われる人気曲です。

歌詞からこの曲を考察していきます。

 

タイトルの「ハイドアンド・シーク」とは

タイトルの「ハイドアンド・シーク」は英語で「hide and seek」で
これを日本語に訳したとき「かくれんぼ」という意味となり、
歌詞の一部には「もういいかい」「まだだよ」と
かくれんぼで使われる掛け声が歌詞の一部になっています。


歌詞の考察

歌詞全体からわかる曲のストーリー

まず、歌詞から、まるで誰かが自分の事を歌っているような歌詞であることがわかります。

取り繕おうとして、本当の自分を隠してしまった″僕″″僕″の中に存在していて、そして隠されてしまっている状態となっている、″君″と呼ばれる自分

との関係性に
悩まされているというような感じを歌詞全体から読み取れます。


この歌詞は″僕″の視点

そしてこの曲の歌詞は″僕″目線である事も読み取れます。
嫌われることを恐れ、誰かから自分の陰口を言われることで苦しみ、
そしてそれから自らの心を守ろうと、耳を塞ぎ、本当の自分の性格を隠している事から、
その″誰か″はとても臆病な性格であることがわかります。

本当の自分を隠す理由

「自分が本当は汚いから、みんな僕を嫌うだろうから」という、
いわゆる思い込みと自己嫌悪からであることに、その次のサビ前の歌詞、

ある日誰の言葉も全部 嘘に聞こえて悲しくなったそうだ僕の事を嫌うのは 誰かじゃなくて 見せたくない方の僕だ

という歌詞でやっと自己嫌悪であったことに気づき、

サビの

今君に もういいかい ねえまだだよ 本当の僕が恋しくなってもう一回 呼びかけてみるけどまだ 見つからないよほら
もういいかい ねえまだだよ その内声も届かなくなってもう一体 僕は僕が誰なのか 分からないんだ

二番に入り、今度はと、隠し続けた″見せたくなかったはずの自分自身″を探そうと自分自身に問いかけるも、
そのまま見つからないまま、自分が誰であったのかと自分を見失いはじめてしまうきっかけとなってしまいます。

遠く暗い世界に落ちた 君が最後に一言言った
君が僕を捨てて手に入れる 誰かの愛は 見せかけだけの愛だ

そして、「遠く暗い世界に落ちた君」の「遠く暗い世界」は深層心理の事ではないでしょうか。という歌詞では、
「自分の方が性格が悪い」というかのように自虐のようにも聞こえる事から、かなり精神的に負担がかかっているけれど、
それでもまだ隠そうと無理をしている、強がっていることが伝わります。


″僕″の心の奥深く

深層心理とは
意識や願望が自分の無意識部分として心の奥深くにある事を指す言葉で、
自分からは深層心理がどうなっているかというのがわからないので
つまり見えない→(表面には出てこれないから)遠くて尚且つ(深いから)暗いと言い換えていて、まるでその深層心理から、
「君が僕を捨てて手に入れる 誰かの愛は 見せかけだけの愛だ」と言われてしまい、
二番サビではその言葉を聞いてまるで今の状況を嘆くかの如く

今君に もういいかい ねえまだだよ 僕は誰かに愛されたくってもう何回 嘘に嘘を重ねれば 救われるかなほら もういいかい ねえまだだよ その内僕が僕じゃなくなってもう一体 何がしたいのかさえも 分からないんだ

という歌詞から愛されたがり故に嘘に嘘を重ねたにも関わらず、
何をしたかったのか、これから何をしたいのかという目的意識すら分からなくなってしまい、どんどん自分自身を見失っていくような流れになっています。

誰かに嫌われる事より辛い事

明日君に打ち明けるんだ 僕は卑怯で臆病だって
誰かに嫌われる事よりも 何十倍も辛い事に気付いたよ

そして、三番に入り、ついに″僕″は隠し続けた自分自身へ、″君″へと「自分こそ卑怯で臆病だ」と打ち明けることを決意します。
「誰かに嫌われる事」より「何十倍も辛い事」とはいったい何のことだったのでしょうか。それはきっと「自分を隠した上で取り繕い続けること」だったのではないでしょうか。

本当の君はどこにいますか もう何回
君の事を信じれば 断ち切れるかな

本当の君を探す事、それは自分自身を探す事。
自分自身を信じることで、ここまで自分自身を隠してきた苦しみと
隠していた自分を見つけることに対する迷いを断ち切ることで、
本当の自分と共に前へ進むことを決意しています。

今君に もういいかい ねえもうちょっと 僕の世界が君に近付いてもう一回 呼びかけてみたら 君の声が聞こえた

今まで「もういいかい」と「ねえまだだよ」の繰り返しだったのが
苦しみと迷いを信じることによって断ち切った″僕″は
あれほど探し続けた″君″へ近づいたことによって「もういいかい」の返答が「まだだよ」から「もうちょっと」に変わっていることが、
確かに近づきつつあることを実感させ、一番のサビで遠ざかっていくのと対照的にどんどん近づいていき、全く届かなかったはずの声はついに聞こえるようになりました。

ほら もういいかい ねえもういいよ その内空も少し色付いて

 

ついに「ねえもうちょっと」へと変わり最後には「もういいよ」と返ってくるようになり、
それまで色がなかった空も、色づいていくという表現は曇りから晴れに変わるように
気分が明るくなっている事を指しているのだと思います。

もう一歩 足を踏み出したら ほらね やっと君を見つけた

もう一歩足を踏み出し、長い間、隠してしまってから見つけることのできなかった″君″を
″僕″は見つけることができました。

愛される事を望んで 僕は僕は僕を隠した
痛んだ傷口を塞いで 僕は君を君を愛した

この最後の二文の歌詞はこの歌を総括しているともいえる歌詞で、
愛される事を望んで隠した一番の展開から
僕自身を痛んだ心の傷口を塞いで、ようやく″君″を、
自分自身を愛する事で受け入れることができたという結末を表しているのです。

この曲はどういう思い、意味がこもっていたのか

では、歌詞からこの曲が何を伝えようとしていたのか。それは
「汚いと感じている自分自身を愛して、それすらひっくるめた自分を受け入れて生きていく。」
という前向きに考えさせてくれるこの曲を聴いている僕らへのメッセージだと思います。

社会で生きていく中で「礼儀正しく」「失礼のないように」とひたすらに取り繕うことを要求されます。
それは自らの意思ではなく、言われるがまま、されるがままに動いている、もしくは 動かさせられているだけにすぎません。
そんな状態を繰り返し続けるうちに自らの精神をどんどんすり減らし、この曲の″僕″のように自分自身を無意識のうちに追い込んでしまっているのではないのでしょうか。
自分自身と向き合う事で自分の心を癒すことも大事だということではないでしょうか。
そして、「見せかけだけの愛」ではなく「本当の愛」を手に入れられる人は「自分自身も愛せる人」なのではないでしょうか。



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