ゲスの極み乙女。『ドグマン』歌詞の意味・解釈と考察

簡単に折れ曲がる人の心は数知れず
「早まるな早まるな」 大人達は言うだけ言うけど
誰も彼も責任には ノータッチノータッチ
行く末は行く末は信じる熱 胸に教えてくれる

何かしら何かしら 善を持った
いたい気な偽善者が 勝者だって
そんな訳そんな訳 ないだろって
まだ私夢を見る ダリラリラ
ダリラリラ ダリラリラ ダリラリラ

あなただけが悪で 私は悪にはなりきれないだけ
あなた方は用済みよ この小さな手でビンタする
あなたも目が覚めた 私は2周半もしたくらいさ
強いとこないほうが まだ上手く生きれるよ
これが矛盾してないんだな

失敗しない医者は必要で
失敗を笑う他者は必要ない

そう思っても単純な 構造は簡単に虚像に
でもそれが私の生きる場所

長すぎる夜がまた延びたような 気配にも慣れた
言葉にすれば簡単に 気持ちにすれば複雑に

あなたが望むもの全てを 私は与えるつもりは無い
不幸せで妬むなら 残念極まりないな
両手で足りないくらいの 悪意を返せても私は
それはそれできっと 繰り返されるだけ
だからビンタくらい許してよ

どちらかと言えば 悪い人じゃない
でもそれって 1番ずるいタイプじゃない
無感情な振りをしては 目を閉じて
夢でだけ涙を流した ダリラリラ
ダリラリラ ダリラリラ ダリラリラ

あなただけが悪で 私は悪にはなりきれないだけ
それもまた一興さ 許し合うまでの暇つぶし
あなたも目が覚めた 私は2周半もうしたくらいさ
強いとこないほうが まだ上手く生きれるよ
これが矛盾してないんだな

はじめに

ゲスの極み乙女。さんの『ドグマン』は、配信限定シングルとして2018年11月21 日にMVが公開されました。

日本テレビ系にて放送された木曜ドラマF「ブラックスキャンダル」主題歌です。

スキャンダルといえば、ゲスの極み乙女。さんというイメージが強く、ドラマのイメージともとてもリンクする歌詞の内容になっています。

『ドグマン』歌詞の意味

責任を負うのは自分

簡単に折れ曲がる人の心は数知れず
「早まるな早まるな」 大人達は言うだけ言うけど
誰も彼も責任には ノータッチノータッチ
行く末は行く末は信じる熱 胸に教えてくれる

舞台は情報化社会。

ドラマ「ブラックスキャンダル」の主人公に降りかかる悲劇のはじまりは、嘘の情報です。

セクハラ、不倫、自分とは関係のない誰かの名前を汚すスキャンダル。

富のためなのか、名声のためなのか、自分を守るために誰かを犠牲にしなければならないのでしょうか。

信頼していた大人たちに裏切られ、母親も恋人も失う大変な事態が起きてしまいました。

大人は責任を取りません。

全ての不幸を背負うのは、自分自身です。

傷つけられた心は、主人公の中で復讐心となります。

情報が多すぎる世の中で、何を信じ、何を疑うか。

良かれと思って拡散される嘘の情報で傷ついた被害者の心は、数知れずあるでしょう。

「行く末は信じる熱 胸に教えてくれる」

真実は嘘をつきません。

どんな状況になっても、自分を信じること。

自分自身の心を保ち、言い聞かせるようなフレーズです。

何かしら何かしら 善を持った
いたい気な偽善者が 勝者だって
そんな訳そんな訳 ないだろって
まだ私夢を見る ダリラリラ
ダリラリラ ダリラリラ ダリラリラ

本当の「善」とは何なのでしょう。

「いたい気な」というのは、幼いことや小さくてかわいらしい意味があります。

「偽善者」とは、うわべだけ善いことをする人のことです。

本当はこんなことしたくないけど、周りの評価があがる、自分の評判を良くするために行う善くみえる行動です。

しかし、その人の性格や、日ごろからの行いを見ていなければ、その人が行っている行為が偽善だと感じることはありませんよね。

歌詞中の「私」は、「偽善者」だと疑っているということは、その人に対して何か不満を感じているからなのでしょう。

そして、「偽善者が 勝者」ということは、「私」は敗者であることを表しているのだと考えられます。

あなただけが悪で 私は悪にはなりきれないだけ
あなた方は用済みよ この小さな手でビンタする
あなたも目が覚めた 私は2周半もしたくらいさ
強いとこないほうが まだ上手く生きれるよ
これが矛盾してないんだな

裏切ったり裏切られたり、感情の思い違い、は人それぞれです。

歌詞には「私」と「あなた」が登場しています。

「あなただけが悪」と相手を悪者だと主張しています。

「私は悪にはなりきれない」

つまり「私」と「あなた」は共犯者なのです。

しかし、「私」は誰かに真実を隠していることを続けることはできないと感じています。

「あなた方」もまた、「私」「あなた」とともに何かを隠している仲間でしょう。

「私」は「あなた」と「あなた方」との組織から逃れたいし、「あなた」もそれをやめて正しくなってほしいのだと読み取れます。

作られたイメージ

失敗しない医者は必要で
失敗を笑う他者は必要ない

「失敗しない医者」

お医者さんは失敗は許されません。

命に係わる失敗をしてしまえば、殺人者扱いされてしまいます。

失敗しない医者は、病院側も、患者側も必要とします。

しかし、失敗は誰にでもあることです。

失敗をして、経験を積み、同じ失敗をしないよう学んでいくのです。

「失敗を笑う他者」がいれば、失敗した本人は傷つくでしょう。

「失敗を笑う他者」ばかりだったら、失敗を恐れ、何も挑戦できなくなってしまいます。

相手の失敗を許せる心や、大きな気持ちで構えること、相手を安心させること、情報社会、顔が見えないところでも、その気持ちは持っていて欲しいものです。

そう思っても単純な 構造は簡単に虚像に
でもそれが私の生きる場所

マスコミがテレビなどで繰り返し報道すれば、人々はそれを正しいことだと感じます。

真実を伝えることだけではなく、誰かの感情を織り交ぜた偏った内容になったとしても、毎日一方の意見ばかり聞いていたら、それが自分自身の考えとは違っていても、そのように感じてきてしまうものです。

このフレーズでの「虚像」とはマスコミなどによって作ったイメージのことでしょう。

真実ではなく、作られたイメージは、うわさが広がるにつれ、より盛られた話になって、形を変えていきます。

ドラマ「ブラックスキャンダル」の主人公は、元女優であり、芸能事務所のマネージャーとして、スキャンダルだらけの芸能界で生きています。

芸能界という作られたイメージの中で、生きる覚悟が綴られています。

長すぎる夜がまた延びたような 気配にも慣れた
言葉にすれば簡単に 気持ちにすれば複雑に

ドラマ「ブラックスキャンダル」の主人公は、元女優です。

女優時代に勝手な作り話でスキャンダルに巻き込まれ、一度は芸能界を離れます。

しかし、母親、恋人をスキャンダルによって奪われ、復讐心を持って、芸能事務所のマネージャーとして芸能界へ戻ってきました。

その心情が歌詞に現れているのでしょう。

女優として、スキャンダルの渦中にいるときは、夜のように暗い心だった。

芸能界へ戻ったことで、その暗い夜が延びたような気配と綴られています。

「夜」という簡単な言葉です。

気持ちはどうでしょうか。

裏切り、別れ、復讐、妬み、いろいろな感情が入り乱れ、とても「夜」という言葉では表現しきれない、気持ちはとても複雑なのです。

あなたが望むもの全てを 私は与えるつもりは無い
不幸せで妬むなら 残念極まりないな
両手で足りないくらいの 悪意を返せても私は
それはそれできっと 繰り返されるだけ
だからビンタくらい許してよ

復讐心に囚われていながらも、恨んでも恨んでも幸せが帰ってくることはないと知っている「私」です。

「あなた」が不幸せで「私」に不満を持っていることで、恨みや妬みのやりかえしが繰り返されることで、どちらも幸せになんてなれるはずがありません。

どこかで折り合いをつけないといけないのです。

「ビンタくらい許してよ」と綴られていますが、本当はビンタで許せるはずはありません。

過去の辛い苦しみ、心の痛みは、いつまでも続きます。

ただ、気持ちを開放させるきっかけがほしいだけなのです。

いつまでもいつまでも不幸を繰り返したくない、できれば自分と同じ苦しみを、他人にもしてほしくはない、夜を延ばすのは嫌なのです。

スキャンダルを楽しんで

どちらかと言えば 悪い人じゃない
でもそれって 1番ずるいタイプじゃない
無感情な振りをしては 目を閉じて
夢でだけ涙を流した ダリラリラ
ダリラリラ ダリラリラ ダリラリラ

相手の気持ちはどうでもいい、任せるよ、無関心。

「どちらかと言えば 悪い人じゃない」というのは、別に良い人だとも感じていないということです。

はっきりしない、ズルいタイプ。

このような人と一緒に何かを進めていくとき、自分が責任を持たなければならない立場だと、とても神経を使います。

しかし、その逆だったら。

自分は動かされる方で、相手は責任を持つ側のはずなのに、責任を取ろうとしない。

これは、泣き寝入りするしかなくなってしまいます。

ここで、戦うか、戦わないか。

ドラマ「ブラックスキャンダル」の主人公は、戦うことを選択しました。

自分の立場だったら、どうしたらいいのでしょう。

戦うことはできるでしょうか。

あなただけが悪で 私は悪にはなりきれないだけ
それもまた一興さ 許し合うまでの暇つぶし
あなたも目が覚めた 私は2周半もうしたくらいさ
強いとこないほうが まだ上手く生きれるよ
これが矛盾してないんだな

意外な展開を迎えるラストのサビです。

マスコミに作られたイメージ、それを後押しした人たち、妬みや苦しみを感じていた主人公の感情が、一転しているのです。

歌詞が、「それもまた一興さ」と、あれほどの苦痛を、少し楽しく感じているようなワードに置き換えられているのです。

「許し合うまでの暇つぶし」

主人公は芸能界で生きる生き方を選択し、心情を夜が延びたと歌っていたのに、不幸があったことを「暇つぶし」としているのです。

つまり、不幸の捉え方は、自分自身の感じ方の問題、何があっても、長い人生の中で起こるひと時のことだと楽しんでしまえば、それは上手な生き方だというメッセージだと読み取りました。

まとめ

ドラマの内容もしかり、スキャンダルで真っ暗な夜から一転、トラブルをものともしないように、何でも音楽にしてしまうゲスの極み乙女。さんを感じる歌詞でした。

2018年は多くのリリースがあり、短期間の間に素晴らしい楽曲を作り出してきたゲスの極み乙女。さん。

2019年はどんな音楽を作り出してくれるのか、楽しみですね。

コメントを残す