Aqu3ra『アイボリー』歌詞の意味を考察・解釈

駆け抜けるon the beat
不摂生過ぎてオーバーヒート
憂えても 今のレートを
変える事が出来ないならばEND

作りこまれた感動
有象無象のワンダーランド
居ても居なくても変わらない
未練はもうないのさ

hallo lo- low
抜け出してしまおう
最終列車の切符握って
fool演じるのさ
ほらのうのうと
なんの違和感もなく
やがて腐ってく
ただ眺めてる
夢遊病の群れ

あなたの言葉
無責任だった妄想さ
競っても ハンデを負っては
また届かないフリ

イメージに飛び込んで
制御不能に乗って
サビてしまった
体溶かせ

空回りでいいんだ
期待外れの
正義には蓋をしておこう
泣いて 落ちて
回り始めたらサインさ

イエスマンの学校と
塞がれてしまった滑走路
危険もない 火傷しようもない
没個性に描かれたディストピア

再放送のドラマは
いつまでも終わらない
眠たい目を見開いて
黙っているんだ

You know? No- no
心臓を差し出して
見え透いた嘘を並べた
エイムを合わせて

リアルを砕いて
空想に溶け込んで
報われないんだ
耳を澄ませ

誰かのルールだって
出来レースさえ
踊り続けて笑われて
描いて 選んで
カードは隠せばいいのさ

飴を飲み込んだ
気づかれないように

飼いならされて
大丈夫と言われ
狂ってく 時計のように
心もないみたい

イメージに飛び込んで
制御不能に乗って
サビてしまった
体溶かせ

空回りでいいんだ
期待外れの
正義には蓋をしておこう
泣いて 落ちて
回り始めたらサインさ

はじめに

『アイボリー』は2019年1日1月にネット上で公開された楽曲です。
Aqu3raさんは比較的最近ボカロ界に現れた期待の新人Pです。

今回2作目となる『アイボリー』は独特の世界観と音使いで多くの
リスナーに注目され人気を集めています。

MVのイラストはあの有名な「へびつかい」さんです。
数多くの名画を残し依頼殺到中のようですね。

MVは開始から終盤まで一枚絵で完結しています。
物がごった返している空間の奥に一人の少女がいる
イラストが独特の世界観を演出しています。

前作「Sleeping Awake」のMV&歌詞が綺麗なイメージだったのに対し
今回は不思議と奇妙を伝えるMV&歌詞と大きな変化を感じます。

それではさっそく『アイボリー』の歌詞を考察していきましょう。

タイトル『アイボリー』とは

「アイボリー」は象牙の色を指しており「乳白色」とも認識されています。
白色に近いですが微妙に肌色が混ざりクリーム色のような色です。

今回の考察では「白ではない」という点に注目して考えたいと思います。
真っ白、真っさら、純真と差別化した感情を歌詞から抜き取りたいと
考えています。

『アイボリー』歌詞の意味

何もない真っ白な幻想には染まらない

駆け抜けるon the beat
不摂生過ぎてオーバーヒート
憂えても 今のレートを
変える事が出来ないならばEND

作りこまれた感動
有象無象のワンダーランド
居ても居なくても変わらない
未練はもうないのさ

ここでは一人の主人公が抱く一つの感情を軸に考えます。
その感情は調子の合った音楽のように今日を駆け抜けます。

主人公は不摂生がオーバーヒートするほど生活が荒れていた
のでしょう。
食に関心もなく酒浸りになって刹那的な思考を持っている
ものと思われます。

主人公は主体性を重んじて周囲に染まることを嫌っているように
読み取れます。
今のレート「価格・相場」が周囲と同じでは満足できない
そんな人物像が浮かんできます。

「作りこまれた感動」とは自然または偶発的に発生した感動以外の
ものを指しています。
感動させるためにあらかじめ用意されたドラマのシナリオのように
誰かが用意したものに主人公は感動しないのです。

「有象無象」とはそこらじゅうに溢れているくだらない物のことです。
「ワンダーランド」とはおとぎ話のような実現しない世界を指します。

主人公はそんな価値のない世界は実現しないのと同じであると結論し
冷めた目で見つめています。
彼に未練という二文字は存在せず自分なりのペースで自分のために
生きていくことを決めているようです。

悲嘆者演じてどこか遠くへ

hallo lo- low
抜け出してしまおう
最終列車の切符握って
fool演じるのさ
ほらのうのうと
なんの違和感もなく
やがて腐ってく
ただ眺めてる
夢遊病の群れ

この世界に未練のない主人公は真夜中の最終列車に乗って
どこか見知らぬところへ旅をしようと試みます。

一人で列車に揺られて車窓でも眺めれば悲嘆者を演じること
ができ「悲しい」という感情くらい湧いてくることを期待
しているのかもしれません。

主人公は真夜中の列車から煌めく街のネオンを目にしたのでしょう。
ネオンがあるところに数多くの住人がいることも知っています。
その住人たちが「夢遊病」つまり脳は眠っていても身体は動いてしまう
状態のように「ただなんとなく」生きていることも知っています。
(ネオンの洪水、夢遊病の群れ、は別の歌です)

誰かの意見には染まらない

あなたの言葉
無責任だった妄想さ
競っても ハンデを負っては
また届かないフリ

イメージに飛び込んで
制御不能に乗って
サビてしまった
体溶かせ

主人公は過去に「あなたの言葉」つまり信頼していた人の
言葉を指針に生きていたことがあったのでしょう。

それでもその言葉は現実世界では全く意味を持たず
その言葉を述べた人も信じた自分も「無責任」であった
と吐き捨てています。

中身の何もない無責任な「白」に染まるくらいなら
自分は自分のイメージに飛び込んで「アイボリー」
つまり自分らしくいることを決意します。

誰かの言葉を聞いて「白」になってしまった身体は
一度溶かして「アイボリー」に染め直すよう勧めています。


多色を認めない社会

イエスマンの学校と
塞がれてしまった滑走路
危険もない 火傷しようもない
没個性に描かれたディストピア

再放送のドラマは
いつまでも終わらない
眠たい目を見開いて
黙っているんだ

「学校」では先生から教えられたことには「イエス」と
無条件で従います。
集団行動を成立させているのは「イエス」で繋がった鎖です。

行き過ぎた集団行動の弊害は個性をなくしてしまうことです。
進取の気性も失われていくので新たなことに挑戦したときの
失敗というリスクも伴いません。

主人公の生きる社会の人たちはそれでもなんら問題ないようです。
あらかじめ感動を与えることが定められたドラマを繰り返し
黙ってみているだけで十分なのでしょう。

筆者も現代でもこれに近い現象が起きているように感じます。

思考停止~感情の無い時計のように~

飼いならされて
大丈夫と言われ
狂ってく 時計のように
心もないみたい

前述で述べた夢遊病のような人たちは力を持った「誰か」に
飼いならされています。
それが先生や上司や役人かもしれません。
飼われている人たちは今のままで大丈夫と思っています。

自立や独立を考えることもなく従うことでの安心感に陶酔して
しまった人たちの頭はなにもない「白」のようにからっぽです。
狂った時計のように無感情に日々を送るようになります。

そこには満足感や充足感というものは存在せず、ただなんとなく
という感情が全身を取り巻くだけなのです。

自分らしく生き続けることがアイボリー

空回りでいいんだ
期待外れの
正義には蓋をしておこう
泣いて 落ちて
回り始めたらサインさ

主人公の究極的概念は「自分らしく生き続けること」です。
なにもない無個性な「白」ではなく白に色が加わった
「アイボリー」なのです。

その概念を貫く過程で「空回りする」つまり失敗や方向性を
見失うことを恐れないよう歌詞は勧めています。
同時に人間の作ったあやふやな正義を考え過ぎずに
泣いたり時に落ち込んだりして頑張ることを願っています。

上記のような行動が出来てきたら「回り始める」
つまり自分らしく行動し始めているサインなのです。

アイボリーでいる主人公は「白」でいる住人たちから
指を指されて嘲笑されるでしょう。
それでも彼は全く意に留めません。

反対に主人公が無個性で面白みに欠ける彼らを心の中で
笑って哀れに感じているのですから。

「自分らしく生きること」は主人公にとっての強みであり
大きな武器となっているのでしょう。
アイボリーは「象牙のような色」も指しています。

象にとって牙は非常に強力な武器です。
同じように主人公も「自分らしく生きること」を武器に
これからの人生を歩んでいくことでしょう。

まとめ

歌詞全体をご覧になってわかる通り
タイトル「アイボリー」が一度も出てきません。
筆者は歌詞前後の文脈から「自分らしく生きること」
と定義しました。

曲調がポップでスピーディーなので常識や他と歩調を
合わせるというより「軽快なステップ」で自分のペースで
生きていくことを表現しているように感じました。

機会があればAqu3raさんご本人から「アイボリー」の
定義をお聞きしたいですね。

Aqu3raさんの今後の活躍と3作目に期待してこれからも
注目していきたいと思います。

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