アボガド6『hand』歌詞の意味を考察・解釈

人間になるのは はじめてです
一本の腕に 五本の指
人間になるのは はじめてです
一つの体 八つの顔

人間をするのは 苦手です
四本の手足 二十の指
人間をするのは 苦手です
一つの命 百の季節

むすんで ひらいて
むすんで ひらいて
むすんで ひらいて

ほんとのきもち
僕ら友達にならなきゃいけない
大人たちのいうままに

好きに嫌いあえないんだね
生きにくいなあ

キスもしたくない
ハグもしたくない
指もふれ合いたくない

嫌いを好きになれないんだね
生きにくいなあ

接着剤で
手と手を繋いで
接着剤で
手と手を繋いで

歌詞考察の前に

今回はアボガド6さんの作品である『hand』を考察してみたいと思います。

筆者が今作から特に感じた点は以下の通りです。

人のあらゆる感情

性質と考え方の相違

上記2点を中心に考察していきたいと思います。

『hand』のMVが2020年2月25日に公開されました。
動画再生回数は現在30万を超え人気ナンバーとなっています。

アボガド6さんと言えば映像提供や風刺画や独特の色使いで描かれるイラストで有名ですね。
ですからまさか彼自身が楽曲を手掛けるとは思いませんでした(汗)

ファンの間でもなんでもこなせる人なのだと高評価の声が相次いでます。

今作には男性音源で有名な旭音エマを起用しています。
少年の自然な声が今作の独自性をより一層高めているように感じました。

スペシャルサンクスとしてバルーンさんが参加していますが、最後に記載されていたように音楽制作ソフト「Cubase」の使い方を教えて貰ったようです。
筆者も出始めの頃に使用していましたが独学で一から制作しようとすると途方もない時間がかかってしまいます(涙)

MVの曲調や内容にも注目してみましょう。

今作は2分未満の短い楽曲です。
一見すると音楽教材のようなピアノと映像に思えてしまいます(笑)
曲の序盤はピアノを唯一の楽器とし、他はノック音や生活音で構成されています。
後半は打ち込み音が加えられ作品の深みを増していきます。

映像では「手」がメインとなりさまざまな形に変化していきます。
それらは「人のさまざまな感情」を表現しているようです。

それではさっそく気になるタイトルや歌詞全体を考察していきましょう。

タイトル『hand』とは

『hand』は「手」を意味する英単語です。
なぜ筆者が映像の手を「人の感情」としたかというと、手のしぐさは人の感情をよく伝えるからです。

手は握る強さや開き方、また指の形で言葉以上に感情を相手に伝えてしまうことがあります。

今作で特に注目したい点が3種類の手が登場しているという点です。
それぞれが何を表しているのか次のように筆者は考えました。

白い手―人は好きではないが合わせることができるタイプの人

黒い手―人が嫌いである合わせることもできないタイプの人

赤い手―学校の先生や大人たち。集団行動を推奨するタイプの人

上記のように考えた理由は「白黒はっきりさせる」という言葉があるように「白」と「黒」は対極を伝えることがあるからです。

また「赤の他人」という言葉があるように白と黒の手にとって赤い手がそのような人の存在のように思えたからです。

タイトルはさまざまなタイプの人を指しているのだと解釈しました。

『hand』歌詞の意味

白い手―性格

人間になるのは はじめてです
一本の腕に 五本の指
人間になるのは はじめてです
一つの体 八つの顔

映像と歌われるタイミングからこの部分は「白い手」で表現されるタイプの人について綴られているように思えます。

「人間になるのは はじめてです」という興味深いフレーズがあります。
これはどういう意味なのでしょうか。
このフレーズを理解するには続く「一つの体 八つの顔」を理解する必要があると思いました。

これは白い手のタイプの人が「八方美人」であることを意味すると考えられます。
1人の人が8つの顔を使い分けて人付き合いを上手にこなしているところをイメージできますね。

そう考ええると「人間になる」とは「人間らしさ」のことであり本心を語ることと関連があるように思えます。
そうしたことが「はじめて」と述べるのは今作の歌の中ではじめて本音を言うという意味なのだと解釈しました。

そのようにして白い手のタイプの人は自分の気持ちを押し殺して人間関係を成立させているのです。

黒い手―性格

人間をするのは 苦手です
四本の手足 二十の指
人間をするのは 苦手です
一つの命 百の季節

さきほどの「はじめてです」という表現とは異なり「苦手です」となっています。

これは黒い手のタイプの人が人間関係を築くのが苦手であることを示唆しているようです。

「一つの命」とは「1回限りの人生」を指し「百の季節」は「100歳」を指していると筆者は解釈しました。

あえてこの表現がここで用いられているのは黒い手のタイプの人にとって「長い人生」が「苦痛」であることを強調しているように感じました。
どこにいっても人と接して生きなければ人生に煩わしさを感じていたのでしょう。

MVの右下に一瞬でる「二人組をつくってください」は集団行動に伴う煩わしさを伝えているのでしょう(学校の先生がよく言うね)
特に人間関係を築くのが苦手な黒い手のタイプにとっては最悪のイベントと言えるかもしれません。

手の届かない理想

むすんで ひらいて
むすんで ひらいて
むすんで ひらいて

ここでは手の2つの動きが繰り返し綴られています。

「むすんで」とは漢字にすると「結んで」となります。
よく「手を結ぶ」と言いますが同じ目的を持つ者同士が「協力」することを意味しています。

「ひらいて」は別の観点で考えたいと思います。
手を開くと手のひらが見えます。
漢字にすると「掌(たなごころ)」です。
たなごころは「手の心」という読み方が変化したものという説があります。

つまり自分の心を誰かに見せる、また打ち明けることを意味しているのでしょう。

しかし「協力」も「気持ちを打ち明ける」ことも人によっては困難です。

「協力」は黒い手のタイプには難しいことであり「気持ちを打ち明ける」ことは本心を語らない白い手のタイプには難しいことだからです。

別の解釈としては「むすんで」心を閉ざす「ひらいて」心を開くとすることもできると思います。

いずれにせよとても考え深い歌詞ですね。

白い手―考え方

好きに嫌いあえないんだね
生きにくいなあ

この部分では対義語を用いて巧みに感情が表現されています。

白い手のタイプの人は親から「嫌いな人を作るな」と教えられてきたのかもしれません。
また万民受けする人となるよう厳しく育てられてきた背景があるのかもしれません。

いずれにせよ白い手のタイプの人は「好きに嫌いあえない」つまり素直に嫌いを口に出来ないことを嘆いています。

これが歌詞冒頭にあった「人間になるのははじめて」つまりはじめての本音なのでしょう。
白い手のタイプの人にとってはっきりと「嫌い」と伝えることができる黒い手のタイプの人はうらやましいのかもしれませんね。

黒い手―考え方

嫌いを好きになれないんだね
生きにくいなあ

この部分は黒い手のタイプの人の考え方が綴られています。
「嫌いを好きになれない」とは人間関係における「苦手を克服できない」ことを伝えているのでしょう。

そう考えると黒い手のタイプの人にとって誰とでもそれなりに合わせられる白い手のタイプの人はうらやましく思えるかもしれませんね。

赤い手―小さな親切、大きなお世話

ほんとのきもち
僕ら友達にならなきゃいけない
大人たちのいうままに

接着剤で
手と手を繋いで
接着剤で
手と手を繋いで

この部分のフレーズでは「赤い手」が登場しています。
前述でも記載しましたが赤い手のタイプの人は学校の先生や大人、あるいは集団行動を推奨するタイプの人と考えられます。

そのような人たちは先ほどのフレーズ「二人組をつくってください」のようにあの手この手で集団を意識させます。

それは白い手のタイプの人や黒い手のタイプの人に「友達」というワードを煩わしいものに変えていったことでしょう。

歌詞の接着剤ですがMVでは「強力瞬間接着剤」と表記がありました。
「強力」が「協力」と重なっていると感じました。
また「瞬間」が集団生活をまとめあげるのに先生や大人たちが「時間」をあまりにもかけないことへの懸念なのではないかと解釈しました。

白い手のタイプの人と黒い手のタイプの人が分かり合うには「長い時間」をかける必要があると筆者は考えます。

この作品がすべてのタイプの人への感情移入と人間関係の構築の手がかりになりますように。。

まとめ

いかがだったでしょうか。
短い作品の中にたくさんのタイプと感情が詰まっていましたね。
奥深く教訓的な内容でした。

筆者は個性を重んじることの大切さや考え方の相違を問題視しないことの重要性を認識しました。

自分の不得意とする相手に簡単に心の中で中指を立てたり親指を下に向けないようにも促されました(まあ基本どんなタイプも好きだけどね)

アボガド6さんの今後の活動と次回作に期待し注目していきたいと思います。
芸術的で素敵な作品をありがとうございました。

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