BUMP OF CHICKEN『プラネタリウム』歌詞の意味・考察と解釈

皆さんも小中学生のころ、一度は夏休みの宿題で自由研究を出されたことがありますよね?もしかしたら、手づくりプラネタリウムを作った人もいるのではないでしょうか。

今回は、Vo.藤原基央が子供の頃に作ったプラネタリウムから着想を得たという楽曲「プラネタリウム」の歌詞を考察していきたいと思います。

 

広い世界への憧憬

四畳半を拡げたくて 閃いてからは速かった

次の日には 出来上がった 手作りプラネタリウム

ここで敢えて部屋の狭さを具体的に表現し強調したのがポイントで、夢半ば(例えば武道館を目指す売れないバンドマン等)の象徴として、この「四畳半」というワードが充てられていると考えられます。

そして、その対極にあたるのが広大な宇宙空間です。この曲の主人公は恐らく、四畳半の部屋を広大な宇宙に変えることが、夢を追いながらも現実に留まっている現状を打破する突破口であると考えたのではないでしょうか。

 

恥ずかしい名前とは

実在しない穴を開けて 恥ずかしい名前付けた

「実在しない」のは、自分が追いかけている夢が具現化できていないことの表れであり、また人とは違う自分に憧れる若者特有の肥大した自我でもあります。それを人に言うのも憚られるから「恥ずかし」く感じるのです。

もしかしたら「恥ずかしい名前」は片想いの相手の名かも知れませんね。

 

夢が叶った瞬間

天井も壁も無くなって 代わりに宇宙を敷き詰めて

窓は一度も 開けないままで 全てを手に入れた

 

四畳半の片隅には ここにしか無い星がある

傷付かず 傷付けないままで 君をついに閉じ込めた

 

近付いた分 遠ざけてて

触れる事は 諦めてた

背伸びしたら 驚く程容易く

触れてしまった

ここで主人公は、今まで追いかけてきた「全てを手に入れた」わけです。つまり、夢(もしくは恋)が叶った瞬間です。

これまで、今の自分からは遠いところにあると思い込んでいた対象が思いの外近くにあり、今まで「どうせ無理」と諦めていたものが、意外とあっさり手に入りました。

 

なぜ星に手が届いたのか

それにしても、なぜこんな簡単に願望に手が届いたのでしょうか。ここで忘れてはならないのが、今主人公がいるのが四畳半の部屋であり、それ以上でも以下でもないということです。

つまり、手が届いたのはあくまで作られた偽物の星で、本当の星すなわち夢は、手の届かない遥か彼方にあるのです。偽物の星にさわれたところで、それでは夢が叶ったとは言えず、むしろ本物の星とのギャップがより鮮明になり、届かないという事実がよりハッキリと浮き彫りになってしまうのです。

だったらむしろさわれない方がましだった、という思いが「~てしまった」というネガティブな言い回しによく表れています。

やめとけば良かった

当たり前だけど 本当に届いてしまった

この星は君じゃない 僕の夢

本当に届く訳無い光

でも 消えてくれない光

本物の星には手が届かないが、偽物なら簡単に手が届きます。

しかもそれで済めばいいのですが、掴めてしまった偽物の星は、本物とのギャップを見せるだけ見せた上に、目の前から消えてくれません。つまり、夢に手が届かないという事実を突きつけるだけ突きつけて、その夢自体はなくなってくれない、諦めさせてくれない、だからなおさら辛いのです。

これが叶わない恋だとしたら、例えば相手にはもうすでに恋人がいたりして、諦めなければいけないと分かっているのに、その人自体が自分の目の前からいなくなってくれないから諦めきれない、といった感じでしょう。

 

もう一度夢に向かう決意

四畳半の窓を開けて 見上げれば現実が巡る
実在しない星を 探す心が プラネタリウム

偽物の星と本物の星との乖離を感じた主人公が出した答えは、もう一度きちんと夢に向き合うということでした。

四畳半という閉ざされた世界から抜け出すと、そこには途方もない現実が広がっています。ただ、狭い世界で自己完結する夢を叶えるのでは飽き足らなくなり、無謀と知りつつも現実の中で叶えようと心に決めたのです。

消えそうなくらい 輝いてて 消えてくれなくて
泣きそうなくらい 近付いてて 届かなくて

さっきは簡単に手が届いた(ように感じた)夢も、いざ現実的に向き合ってみると、なかなか届きません。近づいたと思ったら遠ざかっていく、これが現実なのです。

見えなくても 輝いてて
触れようと 君の名前を呼ぶ

現実の夢は果てしないところにあるので、なかなか姿を現しません。それでもなんとか手にしたくて、必死に君の名を呼んでいるのでしょう。

一番眩しい あの星の名前は
僕しか知らない

いつだって見付けるよ 君の場所は
僕しか知らない

僕しか見えない

その夢の本当の価値は、他の誰でもない自分の中にしかないものです。今は叶えることそのものよりも自分の中でその夢が燃えていることの方が大事なのです。

やはり叶いそうもない大言壮語をベラベラ喋るのはカッコ悪いから、今はまだ自分の中にしまっておきます。

だからキラキラした夢の本当の姿は、この主人公しか知らないし、見えないのです。

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