BUMP OF CHICKEN『宝石になった日』歌詞の意味・解釈と考察

今回ご紹介する曲は、アルバム「Butterflies」収録「宝石になった日」です。

カルピスのCMにも起用されたこの曲は、カルピスのイメージにぴったりマッチした、キラキラ感や甘酸っぱさがぎゅっと詰まった曲になっています。

しかし、ただキラキラしていて甘酸っぱいだけの曲に収まらないのはさすがBUMP OF CHICKEN!このバンドらしい、読み解くほどに深みを増していく曲になっています。というわけで早速見ていきましょう。


一瞬現れて消えた「君」という光

夕立が屋根を叩いた唄 窓の外で世界を洗った
掌にはなんにもない ただなんとなく眺めて何分

まず冒頭ですが、土砂降りの雨の中でどこかに出掛けることもできず、世界と隔離されたような部屋のなかで佇んでいるような印象を受けます。

自分は今何も手にしていないという表現から、大切な何かを失ってしまったような喪失感が読み取れます。

君は夜の空を切り裂いて 僕を照らし出した稲妻
あまりにも強く輝き 瞬きの中に消えていった

ここで初めて「君」というワードが出てきたことで、左記の大切な何かが何なのかがぼんやり見えてきます。

では、「君」を「稲妻」に例えた暗喩は何を意味しているのでしょうか。

「稲妻」というと、一瞬だけ強い光を放ったあと、すぐに消えてなくなりますよね。とても刹那的です。

それに「君」を重ねたということは、恐らく君と過ごした日々は一瞬で、沢山の思い出を残すだけ残して消えていってしまった、ということが読み取れます。

あとどれくらいしたら普通に戻るんだろう
時計の音に運ばれていく

このように歌われているということは、今が「普通」ではないということの裏返しです。

ここでいう「普通」というのは、恐らく何気ない日常のことを指しているのでしょう。つまり僕は、大切な君を失ったことで、日常の生活ですらままならないのです。

だから、日常の生活を取り戻すには、ただただ時間が風化してくれるのを待つしかないのです。

それでもあなたといた日々は宝石そのもの

あの温もりが 何度も聴いた声が 君がいた事が 宝石になった日
忘れたように 笑っていても 涙越えても ずっと夢に見る

日常生活を取り戻すのに時間を要するということは、それだけ相手がかけがえのない存在だったということです。

それほどまでに大切な君と過ごした日々だからこそ、風化されようとも美しいことに変わりありません。

まさに「宝石になった日」ですね。

そして、相手と出会えたこと、同じときを過ごせたことをここまで肯定的に受け止め感謝すらできるということは、嫌いになって別れたとか喧嘩別れとかではない、とても美しい別れ方といえるでしょう。

同時に、別れた相手に対するネガティブな感情が微塵も感じられないことから、本当はいつまでも一緒に居たかったのに別れざるを得なかった致し方ない理由が考えられます。

音楽は自由解釈の世界なので、絶対に「これ」と言える解釈は、余程そうとしか解釈できない浅い歌詞の曲でない限りできません。この曲の歌詞も、失恋と捉えることもできますが、私はこの歌詞を見て「死別」なのではないかと感じました。

その根拠としては主に3つ、以下の通りです。

① 別れがやんごとなき事情でしかないこと
② ただただ時が悲しみを洗い流してくれることを望んでいること(失恋も確かにそうではあるが、失恋ならまだやり直すという選択肢がある)
③ 宝石という比喩(美しさだけでなく、もうこれ以上加工しようがない宝石のように、君がこれ以上変わることがない。生きていれば変化するはず)


僕の悲しみとは無関係に世界は回る

太陽は何も知らない顔 完璧な朝を連れてくる
丸めた背中で隠して 冴えない顔 余計なお世話

土砂降りの雨が過ぎ去った後、あの雨が嘘のような青空でした。

では、この時の心情は空のように晴れやかだったのでしょうか?そうではありませんね。何せ「冴えない顔」なのですから。

雨がやみ空は晴れ渡り、多くの人がウキウキしている中、まるで自分だけが取り残されたように悲しみに暮れている、だから余計に苦しいのでしょう。

「こんなに晴れているんだから元気出せよ」と言われても、今の自分には「余計なお世話」でしかありません。

全自動で続く日常をなんとなく でも止めないよ

君がいない中でも、世界は無関係に回っていて、自分の生活は止まることなく進んでいきます。

君の生活が止まったままで、僕の生活だけがどんどん進んでいく

君から遠ざかっていくようで本当は嫌ですが、それでも僕は僕の生活を止めることはできないのです。

風化を望みながら、それでも忘れないでいたい

こんなに寂しいから 大丈夫だと思う
時間に負けない 寂しさがあるから
振り返らないから 見ていてほしい 強くはないけど 弱くもないから

「寂しい」という感情は、なるべくなら感じたくないネガティブな感情です。

しかし、「寂しい」から「大丈夫」というところがポイントで、普通の生活を取り戻すために忘れたいと願う一方で、本当に忘れたらそれはそれで悲しいし、何より君に申し訳ないのです。

そして、「見ていてほしい」という表現から、やはり死別の線が濃厚になってきます。

ただの距離的な離別なら、今の僕を見てもらうことはできません。それは死別でも同じことですが、死別の場合は空から見てくれているという表現がしっくりきます。


素直な感情がこぼれ落ちる

増えていく 君の知らない世界 増えていく 君を知らない世界
君の知っている僕は 会いたいよ

君がいなくなった世界は目まぐるしく変わっていきます。君がいたときにはなかったものが当たり前になっていることもあるでしょう。もしも君がどこかで生きているなら、世界の変化も時代の流れも君は知っているはずです。それを君は知らないのです。

続く「君を知らない世界」では、今度は世界の目線に立って、君が世界を知らないように世界も君を知らなくて、まるで世界にとっては人一人いないことなどお構いなしといった感じです。助詞一つ変えるだけで大きく視点を変えて見せるVo.藤原のレトリックは、まさに天才的です。

ただ、世界が君を忘れてしまっても僕だけは君を忘れることができず、それが「会いたい」という最もシンプルな感情となってあふれ出てきます。

「会いたい」と聞くとどこか使い古された印象を受けますが、そんなワードをここまで重く響かせる表現力は、さすがの一言に尽きます。

最後に

BUMP OF CHICKENの曲って、使っている言葉自体はとても平易で、だからこそ使いようによっては薄っぺらいワードになりかねません。しかし、そこにこの上ない深みと説得力を持たせているのが、このバンドの妙味な気がします。

もし一聴して「よくある曲」とスルーした方がいたら、想像力をフル回転させながら、もう一度じっくり聴き込んでもらえたらうれしいです。



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