砂糖塩味の「楽曲考察・解釈記」

楽曲の歌詞やMVから意味の解釈・考察をしていきます

RADWIMPS『おしゃかしゃま』歌詞の意味・考察と解釈

フォロワー7000人ありがとうございます!!
作者の意図や訴えを知ること、考えることでその音色は何通りにも変化します。
しかしながら多くの方々はメロディーと歌声ばかりに耳が向き、「作曲された意図」を考えていません。
私はそんな方々の代わりに楽曲の解釈・考察をして、新たな音楽の楽しみ方を提供したいと考えています。
「楽曲考察」の文化を一緒に築き上げて行きたいです。

RADWIMPSさんの『おしゃかしゃま』、とても素敵な曲ですよね!

 

しかし皆さん、歌詞の内容まで深く考えて聞いたことはありますか?

意識したことがない方のために、砂糖塩味が簡潔に『おしゃかしゃま』の意味解釈をしてみようと思います!

あくまで自己解釈ですが、読んでいただければ、一段いい曲に聞こえますよ??

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タイトル『おしゃかしゃま』の意味

 「お釈迦様」からつけられたのでしょう。

 

お釈迦様の教えに「諸法無我」というものがあります。

これは「世の中のすべてのものは互いに影響をしあって存在しているのだから、何一つ欠けてはいけない」という意味だそうです。

 

人間は本当にこの教えを守れてますか?

そんな想いがこめられているのではないでしょうか。

 

『おしゃかしゃま』のテーマ

 人間の今までに行いに対して痛烈に批判しています。

 

人間最優先の世界で本当にいいのか?

そんな問いが聞こえてくるようです。

登場人物

「僕」一人です。

 

「僕」の今の世界に対する憤りが描かれています。

 

では、解釈に進んでいきましょう! 

 

RADWIMPS『おしゃかしゃま』歌詞の意味

人間の身勝手さ

カラスが増えたから殺します

さらに猿が増えたから減らします

でもパンダは減ったから増やします 

けど人類は増えても増やします

人間の日々の行いの矛盾した行動を描いています。

自分達の好みで生き物を分類して身勝手ですよね。

 

僕らはいつでも神様に

願って拝んでても いつしか

そうさ僕ら人類が 神様に

気づいたらなってんの 何様なのさ

神様は生き物の生と死を管理しているイメージがありませんか?

 

今まで願い事をしていたそんな神様に私たちはなりつつあるぞ、何様のつもりだ!と訴えています。

 

僕は見たことはないんだ

あちらこちらの絵画で見るんだ

さらに話で聞いてる神様はどれもこれも人の形なんだ

 たしかに言われてみれば、聖母マリアも、イエス・キリストも人の形をしていますよね。

 世界のトップは人類であると人類が無意識に感じているという事でしょうか。

 

偶然の一致か 運命の合致

はたまた 自分勝手スケッチ

あっち こっち そっちってどっち

一体どうなってるんダ・ヴィンチ

 神様が人の形をしていることは、偶然の産物なのか。

それとも人間たちが自分勝手にスケッチしたものなのか。

 

単語の語尾を「ち」で終わらせて、耳に残りやすくしています。

 

来世があったって 仮になくたって だから何だって言うんだ

生まれ変わったって 変わらなくたって んなこたぁどうだっていいんだ

人はいつだって 全て好き勝手 なんとかって言った連鎖の

上に立ったって なおもてっぺんが あるんだって言い張んだよ

 この連鎖とは食物連鎖のことです。

人は傲慢で食物連鎖のてっぺんにいると思い込んでいますが、それは本当に正しいのでしょうか。

 

過去も来世の今もどんな時でも、他の生き物を犠牲にして生き残っている人間は変わってないですね。

今の世界に対する強い不満

もしもこの僕が神様ならば 全てを決めてもいいなら

7日間で世界を作るような真似は きっと僕はしないだろう

きっともっとちゃんと時間をかけて またきちっとした計画を立てて

だって焦って急いで 作ったせいで 切って張って 作って壊して

 「僕は」という単語が一つの文章の中に2つも入っていることから、「僕」は人間の行いに、そして世界に強い不満を抱いていることが分かります。

 

「7日間で世界を作る」というのはキリスト教の旧約聖書に記載されている、世界の創造のことを指しています。

短い期間で作ったからこんな世界になってしまったんだと、神様さえも否定していますね。

 

増やして減らして 減らしたら増やして

なして どうして ってなんでかって?

「?」出したフリして 分かってるくせして

「話して 聞かせて なんでなんで」

 

だって馬鹿なんだって人類なんて

そりゃそうなんだって分かってるって

だから 1、2、3で滅んじゃえばいいんだって

だって なんてったって

 この世界にあるもの、生き物も植物も人間は好き勝手に数を調整します。

狩りすぎたから、じゃあ絶滅危惧種に設定しよう!なんて、そんな馬鹿な話があるでしょうか?

しかも、それを自覚していないから怖いですね。

 

こんなに馬鹿な人類が増えすぎたからもういっそのこと全てリセットして、また新しい世界を作った方がいいと。

ノアの箱舟のように、もう一度最初からやり直した方がいいと。

そんな「僕」の心の叫びです。

問題を解決するには

馬鹿は死なないと治らない なら考えたって仕方がない

さぁ来世のおいらに期待大 でも待って じゃあ現世はどうすんだい

さぁ無茶しよう そんで苦茶しよう

二つ合わさって無茶苦茶にしよう

さぁ有耶しよう そんで無耶しよう

二つ合わさって有耶無耶にしよう

 来世や現世といった言葉は仏教的な世界観を表す時によく使われます。

そうです、この歌はキリスト教と仏教の二つの要素が含まれているのです。

 

来世に期待したとしても、今の問題は何も解決していません。

もういっそのこと、無茶苦茶の有耶無耶にしようと投げやりになってますね。

 

だからなんだって ダメになったって 先があんだって言うんだ

なぜになんだって ポイしちゃっといて 次はなんだって言うんだ

だがしかしbut けどけれどyet 何をどうやっていいんだ

何を言ったって 何をやったって ダメだダメだって言うんだ

人間はなくなってもなくなっても、何かを壊して必要なものを作り上げてきました。

だから、ダメになったとしても、すぐにポイと捨てて、次のものを持ってこようとする。

 

最近になって、少しずつ弊害が生まれてきました。

例えば、地球温暖化もその一つですね。

 

今まで使い捨てることしかできなかったから、問題に直面した時にどうすればいいのか分からなくなっています。

 

ならば どうすればいい? どこに向かえばいい?

いてもいなくなっても いけないならば どこに 

 では、人間は今から何をすべきなのでしょうか。

 

未来に待っているものは、絶望しかないのでしょうか。

 

来世があったって 仮に無くなったって だから何だって言うんだ

生まれ変わったって 変わらなくたって んなこたぁどうだっていいんだ

天国行ったって 地獄だったって だからなんだって言うんだ

上じゃなくたって 下じゃなくたって 横に道はあんだ

 今まで痛烈に人間、そして神様までも批判していた「僕」。

しかしここでは初めて希望を表しています。

 

「来世があったって 仮に無くなったって だから何だって言うんだ

生まれ変わったって 変わらなくたって んなこたぁどうだっていいんだ」の部分も、先ほどとは打って変わった意味に聞こえますね。

来世があったとしても、生まれ変わったとしても、何も変わらなくても、それはどうでもいい。

要は私たち自身の意思が変わるかどうかですね。

 

見方を変えれば、ひょんなところに道がある。

生き方を変えるのは今からでも十分遅くはないのです。

まとめ

痛烈な人間批判と使われている単語のゴロの良さが耳に残る楽曲です。

 

聞いたことがある方も、ぜひもう一度聞いてみてくださいね☆