RADWIMPS『有心論』歌詞の意味・考察と解釈

RADWIMPSさんの『有心論』、とても素敵な曲ですよね!

しかし皆さん、歌詞の内容まで深く考えて聞いたことはありますか?

意識したことがない方のために、砂糖塩味が簡潔に『有心論』の意味解釈をしてみようと思います!

あくまで自己解釈ですが、読んでいただければ、一段いい曲に聞こえますよ!

 

タイトル『有心論』の意味

「神は存在する」という「有神論」をもじったものです。

「神は信じられないけど、自分の心なら信じられる」という野田さんの想いから、「心」が「有る」と書いて、「有心論」と付けられたそうです!


『有心論』のテーマ

自分の世界を変えてくれた彼女と離れ離れになってしまった「僕」の想いが綴られた歌です。

野田さんは「神は信じられない」と言っていますが、この楽曲中では彼女が神である存在として歌われています☆

彼女への強い気持ちで伝わってくる楽曲です。

登場人物

「僕」と「君」の二人です。

どん底にいた「僕」を「君」は救ってくれた、でも今「君」はいない…そんな悲しみが表されています。

では歌詞解釈に進みましょう!


RADWIMPS『有心論』歌詞の意味

人との付き合い方

今まで僕がついた嘘と 今まで僕が言ったホント

どっちが多いか怪しくなって 探すのやめた

自分の中の嫌いなところ 自分の中の好きなところ

どっちが多いかもう分かってて 悲しくなった

これ、思い当たる人、多いんじゃないでしょうか!

ちょっと上手く生きようとして、ついてしまう嘘。

他の人と比べると更に目立ってしまう「自分の中の嫌いなところ」。

なんだか虚しくなりますよね。

どうせいつかは嫌われるなら 愛した人に憎まれるなら

そうなる前に僕の方から嫌った僕だった

とても共感できます…。

「愛した人」はもちろん、自分を好いてくれる人に嫌われるって本当にしんどいです。

その辛さを味わうくらいなら、まだ心がそこまで動いてない内にさよならしてしまおう。

その方が楽なんですよね。

だけどいつかは誰かを求め 愛されたいとそう望むなら

そうなる前に僕の方から 愛してみてよと

そんな「僕」に「君」は、

「それじゃあ、いつまで経っても心を通じ合わせることはできないよ。

ずっと愛して欲しいなら、まずは自分から愛さないと。」と助言します。

人間関係というものは本当に難しくて、きっと誰でもある程度までは仲良くなれます。

しかし、その先。

その先に行くには自分自身の努力が必要不可欠なんですね。

「君」が救ってくれた

君があまりにも綺麗に泣くから 僕は思わず横で笑ったよ

すると君もつられて笑うから 僕は嬉しくて 泣く 泣く

明日を呪う人間不信者は 明日を夢見る人間信者に

もう昨日を探してた僕はいない いない

「 僕」と「君」は感情を素直に吐き出せ、共有することができる素敵な関係だったようです。

自分が嫌になって「明日なんて来なければいいのに」と考えていた「僕」ですが、「君」と出会って、希望を持つようになりました。

君は人間洗浄機 この機会にどのご家庭にも一つは用意して頂きたい

こりゃ買わない手はない 嘘ではない

驚くべき効果を発揮します 新しい自分に出会えます

ただ中毒性がございます 用法・用量をお守りください

野田さんは本当に言葉選びがユニークですよね!

ここでは、「僕」を変えてくれた「君」を人間洗浄機に例えています。

いるだけで、「新しい自分に出会えます」と。

しかしあまりにも一緒にいると、大好き過ぎて「君」がいないと何もできなくなる。

「僕」は本当に「君」を愛していたのです。

こんなキャッチフレーズを書こう やっとこさ君のクローンが成功した時にでも

だって君は世界初の肉眼で確認できる愛

地上で唯一出会える神様

ついには人間洗浄機から神様になってしまいましたね!

あんなに、愛し、愛されることができないと悩んでいた「僕」が「君」を「肉眼で確認できる愛」と表しています。

そう、「僕」は「君」と出会って愛とは何かを知ったのです!

 大切な「君」がいない

誰も端っこで泣かないようにと 君は地球を丸くしたんだろう?

だから君に会えないと僕は 隅っこを探して泣く 泣く

誰も命 無駄にしないようにと 君は命に終わり作ったよ

だから君がいないその時は 僕は息を止め 待つ

有名なところですね。

『有心論』でここだけは知ってる!という方も多いのではないでしょうか?

「隅っこ」もなく、「命」に終わりがあるからこそ、一生懸命生きることができる世界。

そんな世界を「君」は見せてくれたのです。

すごく綺麗な表現ですよね。

するとね君は いつでもここに 来てくれたのに もうここにいない

何らかの理由で離れ離れになってしまったようです。

神様とさえ思っていた存在がいなくなったら、もう、何を信じて何のために生きていけばいいのか分からないのです。

明日を夢見た人間信者は 明日の死を待つ自殺志願者に

3分前の僕がまた顔を出す

心の支えにしてる人、いると思います。

そんな人がいなくなってしまったら…。

これからどうしたらいいんだろう…そんな気持ちさえも吐き出せる相手はいないのです。

ちなみに、ここでちょっとした仕掛けが施されています☆

この歌詞が歌われている3分前とは、この楽曲の始めの部分なんです!

つまり、「君」と出会う前の、うじうじ、ぐじぐじしていた「僕」ですね!

野田さんの音楽の表現方法は本当に豊かです…。

これからもずっと一緒

息を止めると心があったよ そこを開くと君がいたんだよ

左心房に君がいるなら問題はない ない ないよね

さて、ここから少し解釈が難しくなってきます。

「息を止めると」自分の心臓の音が大きく聞こえてきますよね?

「僕」は、この心臓の中の左心房に「君」がいると感じているので、大きく響く心臓の音は「君」の存在を主張していると考えているのではないでしょうか。

では、なぜ左心房の中にいるのか。

それは最後の歌詞で明らかになります。

2秒前までの自殺志願者を 君は永久幸福論者に変えてくれた

そんな君はもういない いない いない いないけど

この心臓に君がいるんだよ 全身に向け脈を打つんだよ

今日も生きて今日も生きて そして 今のままでいてと

白血球、赤血球、その他諸々の愛を僕に送る   

「僕」が倒れそうになっても支えてくれた神様のような「君」。

しかし、そんな「君」は「僕」の隣にはもう存在しません。
では、どこにいるのか。
ここでは先程も書いたとおり、「君」を「左心房」に例えてるんですね。
「左心房」とは身体に酸素を含んだ血液を流す働きがあります。
つまり、「白血球」も「赤血球」も全て「君」から「僕」という身体に送られてくるということです。
生きていくうえで絶対に欠かせないのが「左心房」です。
そんな「君」は「僕」の目の前にはいないかもしれないけど、心(左心房)にいる、そう「僕」は感じているようです。

まとめ

RADWIMSは知らないけど、この歌詞は聞いたことある!なんて方も多いと思います。

この記事を読んで、少しでも魅力を感じてもらえれば嬉しいです♪



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