砂糖塩味の「楽曲考察・解釈記」

楽曲の歌詞やMVから意味の解釈・考察をしていきます

RADWIMPS『五月の蠅』歌詞の意味・考察と解釈

フォロワー7000人ありがとうございます!!
作者の意図や訴えを知ること、考えることでその音色は何通りにも変化します。
しかしながら多くの方々はメロディーと歌声ばかりに耳が向き、「作曲された意図」を考えていません。
私はそんな方々の代わりに楽曲の解釈・考察をして、新たな音楽の楽しみ方を提供したいと考えています。
「楽曲考察」の文化を一緒に築き上げて行きたいです。

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RADWIMPSさんの『五月の蠅』と言えば、歌詞の表現がグロテスクだ、怖いといった声をよく聞きます。

 

しかし皆さん、歌詞の内容まで深く考えて聞いたことはありますか?

意識したことがない方のため、砂糖塩味が簡潔に『五月の蠅』の意味解釈をしてみようと思います!

あくまで自己解釈ですが、読んでいただければ一段いい曲に聞こえます!

 

 

タイトル『五月の蠅』の意味

「五月蠅い」と書いて「うるさい」と読むことから、このタイトルが付けられたのではないでしょうか。

 

ちなみに「うるさい」と聞くと、「やかましい、声が大きい」といった意味を思い浮かべるかもしれませんが、その他にも「わずわらしい、面倒でやりきれない感じ」といった意味もあるそうです。

このことから、「君」(付き合っていた彼女)に向けての「僕」の複雑な想いが表されていると推測できます。

 

『五月の蠅』のテーマ

「君」に向けての「僕」の歪んだ想いが描かれています。

 

MVでは絶えず赤い液体が流れていますが、これは「君」に向けての抑えきれない僕の感情なのでしょう。

この液体は血液のような色をしています。

血液が流れるときは痛いですよね。

「僕」はここでずっと苦しんでいるのです。

 

また、恋愛でイメージする色といえば赤ではないでしょうか。

しかし、MVでの液体は少し黒が入ったような色です。

このことから、「君」への黒く、しかし確かに「君」を愛している気持ちがとめどなく溢れてきていると解釈することができます。

 

 

RADWIMPS『五月の蠅』歌詞の意味

君への荒々しい憎しみ

僕は君を許さないよ 何があっても許さないよ

君が襲われ 身ぐるみ剥がされ

レイプされポイってされ途方に暮れたとして

その横を満面の笑みで スキップでもしながら 鼻歌口ずさむんだ

僕は君を許さない もう許さない もう許さないから

初っ端から飛ばしていますね。

例えがもうすごいです。

「君」が苦しんでいても助けるどころか、るんるんで通り過ぎるところが、「僕」の計り知れない憎悪を表しているようですね。

 

悲しみや憂いの影の 一つも宿さず

かわいいと謂われ慣れて(いわれなれて) 醜く腐ったその表情

もうフォークを突き立てたいよ 

ああ死体 死体になった君をみたい

「君」は悲しみを表に出さないとてもいい子で、皆からもかわいいと言われていたようです。

そんな「君」に「僕」は惹かれていたようですが、今ではその表情を壊してしまいたい位の嫌悪感を抱いています。

 

己が醜さ恥じて 髑髏(しゃれこうべ)を垂れ

名前より先にごめんなさいを口癖に

今日まで 手合わせ 生きてきたのに

バカみたい 君を見ていると  

髑髏(しゃれこうべ)は、「されこうべ」とも読みます。

「頭」(こうべ)が「さらされる」ということから作られた言葉のようで、雨風にさらされた白骨の頭蓋骨を さしているのです。

 

「僕」は今まで自分に自信がなく、いつも人に頭を垂れている人間だったようです。

また、ただの頭ではなく、髑髏と表現されていることから、死んだように覇気がなく縮こまって生活をしてたことが想像できます。

 

しかし、片や「君」はいつも人の輪の中心にいる人気者です。

自分とはあまりに異なっている「君」に「僕」は嫉妬を感じ疲弊しています。

 

まるで自分が世界一汚れなき者に思えてきたりもするんですが

あいにくそんな遠回りせずとも僕は僕を大事にできるから

もういらないよ

 一周まわって、「僕」は自分が汚れない純粋な人のように思っています。

こう感じるのは、完璧な「君」と比べて不完全な「僕」を卑下してるからであって、そんなことはもうしたくない、だから「君」はもういらないのです。

 

僕は君を許さないよ 何があっても許さないよ

通り魔に刺され 腑(はらわた)は溢れ 血反吐吐く君が助け求めたとて

ヘッドフォンで大好きな音楽聞きながら 溢れた腑で縄跳びをするんだ

僕は君を許さない もう許さない もう許さないから

すさまじく過激な表現で「君」を憎んでいます。

まるで煮えたぎるマグマのような感情があふれています。

 

僕の本心

君の罪裁く法律はない ああ なんて世界だ

代わりに僕が罰してあげましょ なんていうかよバカ 

 

君にあげた僕の言葉達よ成仏せよ

その身体に解き放った 愛しの僕の精液を お願いよ 取り返したいの

かわいそう かわいそうで泣きそう

 罰するという事は、犯した罪を認めさせ、その人を更正させるという事です。

「君」を更正させて楽になんかさせない、その罪を一生背負っていけということでしょうか。

 

しかし、ここまで激しく憎むほど「僕」は「君」のことを愛していたのです。

そして、おそらく今も「君」のことを想っています。

「好意をもつ」ことの反対は「無関心」だと言います。

無関心ではいられないくらい「君」を愛し、君と愛し合った日々を思い出しては、猛烈な憎悪に燃え、しかし楽しかった日々は戻って来ないことも分かっているので悲しみも感じているのです。

 

空が蒼いように 華が散るように 君が嫌い 他に説明は不可

君が主演の映画の中で 僕はそう 最強最悪の悪役

激動の果てに やっとたどり着いた 僕にもできた絶対的な存在

こうやって人は生きてゆくんでしょ?

生まれてはじめての宗教が君です

 ずっと日陰で縮こまって生きてきた「僕」でしたが、「君」と出会ったことによって世界が打って変わったかのように色づいて見えたのです。

それは「君」を信じ、愛していたから。

「僕」は「君」に救われたのです。

 

そんな絶対的な存在が離れてしまった今は、自然の摂理のように「君」を嫌いになるしかなかったのです。

 

君への深い愛情

僕は君を許さないよ 何があっても許さないよ

君の愛する我が子が いつか物心つくとこう言って喚きだすんだ

「お母さんねぇなんで アタシを産んだのよ」

「お母さんの子になんて産まれなきゃよかった」

「お母さんの子になんて産まれなきゃよかった」

「お母さんの子になんて産まれなきゃよかった」 

 

そこへ僕がさっそうと現れて 両の腕で彼女をそっと抱きしめるんだ

君は何も悪くないよ 悪くないよ 悪くないから

一見、ここでは「君」の子どもが「君」に悪態をついたところを、「僕」が落ち着かせて「君」に精神的なダメージを負わせるというようにとらえることができます。

 

しかし、ここでは他に二つの解釈ができるのです。

まず、「君」の子どもが「僕」の君への恋心だった場合。

もともとこの気持ちに気づかなければ、「僕」は今まで通りの生活を送れて、「君」を憎むこともなかったのです。

しかし、その気持ちに対していら立つのではなく、そっと抱きしめています。

恋心に気づいてしまったのはしょうがなかった、何も悪くないと自分に言い聞かせていると同時に、本当は「僕」の中の「君」への憎しみは落ち着いているのかもしれません。

また抱きしめることができる=存在しているということなので、恋心はまだ消えていないということでしょうか。

 

そして二つ目が「君」の子どもが「君」の気持ちである場合です。

いつか「僕」に対して罪の意識をもってがんじがらめになってしまったとき。

そんなときに「僕」はそっと抱きしめ、「君は何も悪くないよ」と伝えるのです。

 

あんなに「君」を憎んでいたようにみえた「僕」は、こうなってしまった出来事に対して本当はしょうがなかった、または自分に非があったと認めているのかもしれません。

または、「君」に非があったとしても、許したうえで「悪くない」と伝えています。

 

本当は今でも「僕」は「君」を愛しているのです。

まとめ

歌詞の過激さから怖いと敬遠していた方もいるかもしれません。

しかし、本当は「君」への強い愛を歌った悲しく切ないラブソングなのです。

 

敬遠した方は、もう一度聞いてみてください!

もしかしたら共感できるところがあったりと前とは違う印象を感じると思いますよ!