『ナンセンス文学』歌詞の意味・解釈と考察

 いきなり結論(ネタバレ)

砂糖塩味の解釈的考察によると、
他人を拒んでいた、主人公が「君」との出会いで変わっていく。
というポジティブな曲なんです!!

テーマ「ナンセンス文学」とは

ノンセンス文学とは、有意味なものと無意味なものとを組み合わせて言葉を使う上での常識的な約束事や論理性を無視し、壊そうとするような文学の総称。

実は既存の言葉なんですね。

簡単に言えば、「無意味なもの意味がある」的な感じ。

しかし、ヒントが少なすぎる曲でもあるので、自己解釈多めで行きます。

登場人物

  • 主人公
  • 黒ずくめ

ですが、歌詞中に登場する人物に

「黒ずくめ」に該当するものはありません

意識しないで曲を聞いてると勝手に動画の登場人物歌詞中の代名詞

リンクさせてしまうんですね

特に、いい曲は聞き入ってしまうもん!!!

もしあなたが、自己解釈をして、考察したいなら、

その聞き取り方はひどく

ナンセンス!!

まぁ、それは置いておいて

この曲を難しいと感じるのは、

歌詞の主語が変わりまくってるからです。

登場人物の登場回数

この曲実は、多くの代名詞が使われているのお気付きですか??

そこで、代名詞ごとにみて行きましょう

・「僕」(15回登場)

代名詞の中でダントツの使用回数。

なんと15回 !!

「僕」を中心に話が展開します。

まぁ唯一の一人称ですから当たり前ですね

・「君」(3回登場)

なんと全てサビの末尾に登場しています。

重要な人物には間違いありませんね。

・「アンタ」(3回登場)

「君」と同じく3回登場。

「アンタ」とは一体誰なのでしょう、、、

そして、「アンタ」という代名詞には全てマイナスな印象付けがされていることにお気づきでしょうか?

「へそまがり」

「嘘ばかり」

「へそまがり 飽き飽きだ」

・「あなたとアナタ」(それぞれ1回登場)

あなたと アナタが 僕のことをこうだって

「あなたとアナタ」が「僕」に対して何かしらの感情を抱いています。

一体「僕」とどのようなつながりなのでしょうか。

「僕」と「君」と「アナタ」と「あんたとアンタ」

「僕」=動画に出てきた主人公くん

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まずこの点を前提にして考えて行きましょう。

「僕」と「君」は密接な関係

君となら僕は明かしてみたい

君になら僕は任せてみたい

両方とも、「君」と「僕」が同時に使用されていることから

「君」と「僕」の密接な関係が伺えます。

したがって、

「僕ら」という表現は自ずと「僕」と「君」になります。

「アンタ」=「僕」

この「アンタ」はおそらく、「君」が「僕」に対して使う二人称。

「僕」が君のことを「君」と呼ぶ

私が「僕」のことを「アンタ」と呼ぶ

そんな感じですね。

「あなたとアナタ」=「僕」

これは下の考察をお読み頂ければわかると思います

 つまり、何が言いたいかというと。。。。

5つもの代名詞を使っていながら

実際はたった2人しかその場にいないのです

実は、とてもシンプルな

構造で出来ています。


踏み込んだ考察

以上を踏まえてざっと解説

長くなるかも、、、

 感情的にはなれない 今更臆病になって
研ぎ澄んだ言の刃 大事そう 抱え笑って
ドクドクドク ハイテンション
吸って吸って 吐き出せない
へそまがりなアンタに嫌気がさしていく

「僕」は感情的になれず、臆病。外に対する恐怖心

主人公は周囲の言の刃を恐れているます。

「言の刃」とういうのは、一種の風刺です。

言の葉(言葉)が自分を傷つける要因にしかなり得ないため、

葉が刃に変わったのでしょう。

「吸って吸って吐き出せない」=過呼吸

過呼吸とは一種のパニック状態

「僕」に訪れている極度の緊張状態が伝わってきます。

そんな「僕」を見る「君」は情けないとでも言いたいのでしょう。

真昼のランデブー
ビビディバビデブー
孤独の愛を 注いであげましょう
心が病んでく 僕らは今日
生まれ変わりましょう

ランデブー = 男女が待ち合わせすること

ビビディバビデブー = 魔法使いがシンデレラにかけたみすぼらしい姿を美しい姿に変えた魔法の呪文

つまり、「僕」は「君」と出会って、愛を受ける。

孤独の愛、つまり他人のためでなく、自己満足に近い愛

自分は他人の役に立っていると思い込み自分の価値を保っているのでしょう。

そんな愛を、一方的に受けて「僕」は病む

君」も病んでいく

そりゃ、愛を注いだ相手が病んだら自分も病んじゃうでしょww

 そして、互いに生まれ変わることを誓います。

僕ら
馬鹿になって 宙を舞って
今だけは忘れてラッタッタ(ラッタッタ)
踊りあかそう この夜を沸かそう
涙はほいっ して 眠らないように
嘘になって しまわぬように
僕じゃない僕にもラッタッタ(ラッタッタ)
最低で憂鬱な日々でさえ
君となら僕は明かしてみたい

ナンセンス文学ですね。

無意味なことを繰り返します。

ある意味、常識にとらわれず、

ある意味、論理性に欠けた、

そんあ行動をとって、お互いの傷を舐め合う。

ほらほらそこのお嬢さん 今更臆病になって
ぬりつぶされてしまった 黒く深く灰になって
ドキドキドキ 背徳感
待ってだって なんて冗談
嘘ばかりなアンタにXXX

最初臆病だった「僕」 が臆病になったお嬢さんを見つける。

そのお嬢さんの心は自分同様黒く塗りつぶされていく。

まるで、自分の過去を見ているにも関わらず、手を差し伸べない。

他人へ対する恐怖がぬぐいきれていません。

そのことに、背徳感(後ろめたさ)を感じます。

「嘘ばかりなアンタ」

先ほど、生まれ変わると誓ったに関わらず生まれ変われていない僕。

それに対して「君」は「僕」にxxx

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黒ずくめが主人公の似顔絵を破ります。

そして顔が真っ二つ、、、

この内容がxxxと同じなのでしょう。

あくまで、実行するのは黒ずくめなんですね

『ドラマツルギー』では傍観者を貫いていたのですが、、、

→ボカロ考察記『ドラマツルギー』Eve(イヴ)考察してみました!!←

参考にどうぞ

「ホントの僕はいないんだって
自分”らしく”なんて無いんだって
あなたと アナタが 僕のことをこうだって
それぞれ思うことがあるでしょう
どれも違う 正解なんてないよ」
なんて 馬鹿にされてしまうだろな

f:id:ib-iv:20171016231618p:plain [僕→僕じゃない僕] を指差す

f:id:ib-iv:20171017210817p:plain [僕じゃない僕→僕じゃない僕] を指差す

「あなた」と「アナタ」とは二人とも「僕じゃない僕」

ここで言い表したいこととは、

僕の中に複数存在する感情のことでしょう

・臆病な僕

・生まれ変わると決意した僕

・嘘をついてします僕

などなど。

作中、頭がくりぬかれた主人公がなんども登場しますがそれこそ、

「僕じゃない僕」だとおもいます。

そして、「正解なんてないよ」

つまり、どれも正しい感情だと結論づける

様々な感情の混在を容認しています。

しかし、世間一般で言えば、

周囲を恐れ生活することはひどく不便であるし

嘘をつくことは批判されてしまします。

これらを知った上で、主人公は自分の意思を尊重します

愛を知って 傷つけあって
それでも僕らはラッタッタ(ラッタッタ)
想い明かそう この夜を明かそう
涙はほいっ して 眠らないように
今日も僕は歌を唄って
僕じゃない僕にもラッタッタ(ラッタッタ)
最終兵器を忍ばせて
余裕ぶった君が嗤っていた

主人公はまだ生まれ変われない。

生まれ変わるということは過去の自分を否定すること。

が、先ほど、様々な感情の存在を容認してしまいましたね。

つまり、過去の自分を肯定してしまったのです。

それに見かねた「君」は「僕」に対して最終兵器を使用します。

最終兵器とはなんでしょう??

ー間奏ー

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いくぞ、、、

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エイ!!

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どろどろどろ

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パラパラ、、、終了☆

この一連の流れがおそらく最終兵器なのでしょう。

ここ考察のキーポイント

ここの上記の画像。皆さんはどう解釈したでしょうか?

私は、主人公の感情を一つにまとめたのだと解釈しました。

前提として、「君」は「僕」に生まれ変わって欲しいんですね?

臆病な感情や嘘を排除したい。

だから、「僕」の核となる感情だけ抜き出して、

脳へ直接パラッ

ついでに、なんか参考書もパラッ

あと又しても、実行は黒づくめなんですね。

『ドラマツルギー』とは逆で面白いですねほんと 

感情的にはならない 今更恐怖はないな
研ぎ澄んだ言の刃 何1つ無駄はないな
ドクドクドク ハイテンション
吸って吸って 吐き出して
へそまがりなアンタにはもう飽き飽きだ

感情が一つになった主人公は感情を制御し恐怖をなくします。

「吸って吸って 吐き出して」

とは普通の呼吸です。

最初は「吐き出せない」と過呼吸ぶりを見せていましたが、余裕そうです。

へそまがりなアンタにはもう飽き飽きですよ?と諭す。。。

真昼のランデブー ビビディバビデブー
孤独の愛を 注いであげましょう
魔法も 解けて 枯れる前に
生まれ変わりましょう

「ビビディバビデブー」と「魔法も解けて枯れる前に 」が掛かっていますね。

(ビビディバビデブー=魔法使いがシンデレラにかけたみすぼらしい姿を美しい姿に変えた魔法の呪文)

最初にかけた呪文が解けないうちに

さぁさぁ生まれ変わりましょう!!と急かす感じでしょうか

そして、、、、

はい!!主人公覚醒!!これぞ最終兵器の力です。

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 僕ら
馬鹿になって 宙を舞って
今だけは忘れてラッタッタ(ラッタッタ)
踊りあかそう この夜を沸かそう
涙はほいっ して 眠らないように
嘘になって しまわぬように
僕じゃない僕にもラッタッタ(ラッタッタ)

又しても、意味のないことを繰り返す。

そして最後。

絶対的ナンセンスな事でさえ
君になら僕は任せてみたい

作中 唯一の前向きなセリフ。

これはどう言ったことなのでしょう??

感情の多くを失い、核の部分だけ残った、主人公。

結果、他人に対する恐怖心も消え、

初めて他人を頼ります!!

ここでの捉え方を

・感情を失った点に目を向けるか、

・初めて人を頼れた進歩に目を向けるかは

人それぞれだと思います。

まとめ

他人を拒んでいた、主人公が「君」との出会いで変わっていく。

以上!!

中身はドクドクしいですがww


最後に

いかがでしょうか?

ボカロ考察記 第2弾

順序が逆になってしまいましたが、「ナンセンス文学」でした。

また、この曲の考察しろ

ってのがありましたら、どんどんコメントお願いします

黒ずくめの正体とは?

ドラマツルギーの考察でも申し上げましたが、存在意義であったり、行動基準が不明確なため、考察できません。

ただ、ストーリーの進行役として、登場人物たちになんらかのアクションを起こしているんですよね。

今回で言えば、

黒づくめの行動は「君」 の意思によって決定されていた。

「君」が、嘘をつかれた時と最終兵器を使用する時。

「君」の代わりに、黒ずくめが行動しています。

ドラマツルギーでは傍観者を貫いていましたよね?

行動に矛盾が見られるため黒ずくめの正体は定かではありません。

ドラマツルギーの考察でも申し上げましたが、おそらく第三弾はあるので、それを楽しみに待っていましょう。

→ボカロ考察記『ドラマツルギー』Eve(イヴ)考察してみました!!←

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