米津玄師『Flamingo』歌詞の意味・解釈と考察

宵闇に 爪弾き 悲しみに雨曝し 花曇り
枯れた街 にべもなし 侘しげに鼻垂らし へらへらり

笑えない このチンケな泥仕合
唐紅の髪飾りあらましき恋敵
触りたい ベルベットの眦に
うすら寒い笑みに

あなた フラフラフラ フラミンゴ
鮮やかな フラフラフラ フラミンゴ
踊るままフラフラ笑ってもう帰らない
寂しさと 嫉妬ばっか残して
毎度あり 次はもっと大事にして

御目通り 有難し 闇雲に舞い上がり 上滑り
虚仮威し 口ずさみ 狼狽えり軽はずみ 阿保晒し

愛おしいその声だけ聞いていたい
半端に稼いだ泡銭 タカリ出す昼鳶
下らないこのステージで光るのは
あなただけでもいい

それは フラフラフラ フラミンゴ
恐ろしや フラフラフラ フラミンゴ
はにかんだフラフラあかんべえ もうさいなら
そりゃあないね もっとちゃんと話そうぜ
畜生め 吐いた唾も飲まないで

氷雨に打たれて鼻垂らし
私は右手に猫じゃらし
今日びこの程度じゃ騙せない

狭間で彷徨う永久に
地獄の閻魔に申し入り
あの子を見受けておくんなまし
酔いどれ張り子の物語
やったれ死ぬまで猿芝居

あなた フラフラフラ フラミンゴ
鮮やかな フラフラフラ フラミンゴ
踊るまま フラフラ笑ってもう帰らない
嫉妬ばっか残して
毎度 あり次はもっと大事にして
宵闇に爪弾き花曇り枯れた街にべもなし鼻へらり

 

 


はじめに

飛ぶ鳥を落とす勢いの人気アーティストとなった米津玄師さん。

そんな米津さんの最新シングル「Flamingo」について、その曲の意味や背景を考えていきたいと思います。

タイトル「Flamingo」の意味とは

フラミンゴとは、皆さん思い浮かべられるかと思いますが、カバー画像のようなピンク色の鳥のことです。

体色は淡いピンク色から鮮やかな紅色で、その名前はラテン語で「炎」を意味するflammaに由来しているそうです。

今回の曲はタイアップやコラボ曲ではないため、自分を出した曲であるとインタビューで答えていらっしゃいました。

自分の中のぐずぐずしたものやみっともないものを表現している、とのお話の上で、具体的に歌詞を見ていきましょう。

 


みっともない男の姿

宵闇に 爪弾き 悲しみに雨曝し 花曇り
枯れた街 にべもなし 侘しげに鼻垂らし へらへらり

PVの始まりは、真っ赤な服の米津さんがおぼつかない足取りでふらふらと現れています。

「宵闇」とは月のない暗い様子、「爪弾き」は簡単に言うと嫌われ、避けられることです。

「雨曝し」はびしょ濡れの様子、「花曇り」は花が咲くころの湿って曇りがちな天気のことです。

「にべもなし」は愛想がない、そっけない、「侘しげ」はやりきれなくつらい、という意味になります。

用語だけでかなり難解な感じはしますが、「にべもなし」が自分ではない他の誰かだとすれば、その誰かに嫌われ避けられていてつらいような状況でしょうか。

「へらへらり」というワードが、この曲全体のテーマとなる「みっともなさ」のある男性を思い浮かべます。

美しい女性への恋心

笑えない このチンケな泥仕合
唐紅の髪飾りあらましき恋敵
触りたい ベルベットの眦に
うすら寒い笑みに

また用語の解説から入ります。

「チンケ」は劣っていてつまらないさま。

「泥仕合」は互いに相手の弱点・秘密などをあばきたててみにくく争うこと。また、その争い。

「唐紅」は紅花で染めた濃い紅赤色のことです。

「あらましき」は「荒まし」の活用と解釈すると、荒く激しい、荒々しいといった意味になります。

唐紅の髪飾りと言われると風流な昔ながらの美しい女性が思い浮かびます。

PVの様子からも遊郭のような、女性を買う遊び場がモチーフなのかもしれません。

「ベルベット」は滑らかで高級感のある生地のことで、「眦」は目尻のことです。

妖艶で目元に艶のある、手の届かない女性を巡って争っているようです。

荒々しい恋敵との泥仕合をしてでも、その女性に触れたい想い。

「うすら寒い」は心が冷えている様子を言いますので、おそらくその女性は男性のことを好いてはなさそうです。

うすら寒い笑みというところからも、愛想笑いだったり営業のような雰囲気が見られます。


寂しさと嫉妬

あなた フラフラフラ フラミンゴ
鮮やかな フラフラフラ フラミンゴ
踊るままフラフラ笑ってもう帰らない
寂しさと 嫉妬ばっか残して
毎度あり 次はもっと大事にして

フラフラフラフラミンゴのフレーズが印象的なサビ部分です。

PVの中ではふらついているのは米津さんで、フラミンゴとは一体誰の比喩なのか考えさせられますが、このサビを素直に受け止めると「あなた」=遊郭の女性が「鮮やかなフラミンゴ」と取ることができます。

華やかな世界のフラフラした女性は、自分の元に帰ってこないとわかっている。

それでも寂しさと嫉妬は自分の中に残ったまま。

「毎度あり」という言葉が、金銭の発生する関係を想起させます。

手に入らないと分かっている女性への未練や嫉妬心が、この曲の表現する「みっともなさ」なのかもしれません。

「次はもっと大事にして」は自分に言っているようにも、女性に言っているようにも思えます。

再びみっともない男の姿

御目通り 有難し 闇雲に舞い上がり 上滑り
虚仮威し 口ずさみ 狼狽えり軽はずみ 阿保晒し

「御目通り」は貴人にお目にかかること。

「上滑り」は物事の表面にとらわれて、本質を見抜けないこと。

「虚仮威し」は見せかけはりっぱだが、中身のないこと。

ここだけの文で、随分男性のかっこ悪さが見えてきます。

女性に会えて嬉しくて舞い上がるけれども、なんだか上滑りしてしまって中身のないことを喋ってしまう。

立派に見せようとしても中身がなくて、うろたえたり軽はずみなことを言ってしまったりして、阿呆なところを見せてしまっている男性の様子が描かれています。

やはり仕事としての女性に惚れてしまっているのでしょうか、女性の方が立場が上のように思えます。

他の女なんて目に入らない

愛おしいその声だけ聞いていたい
半端に稼いだ泡銭 タカリ出す昼鳶
下らないこのステージで光るのは
あなただけでもいい

「泡銭」は苦労しないで、また不当に得た金のこと。文字通り泡のようにすぐ消えるお金。

「昼鳶」は昼間、人家などに忍び込むこそどろ。

遊郭や、お金を使って遊ぶキャバクラのような場所を想定すると、半端に稼いだ泡銭に群がってくる女性たち、ということでしょうか。

けれども男性の目当ては一人だけで、「愛しいその声だけ聞いていたい」し、「下らないこのステージで光るのは」その目当ての女性だけでいいのでしょう。

半端に稼いだ、というところからも、無理してお店に通っているのでしょうか。

歪んだ恋心への移り変わり

それは フラフラフラ フラミンゴ
恐ろしや フラフラフラ フラミンゴ
はにかんだフラフラあかんべえ もうさいなら
そりゃあないね もっとちゃんと話そうぜ
畜生め 吐いた唾も飲まないで

2つ目のサビは「恐ろしや」と恐怖を語っていますが、それは魅力的すぎる女性に対してのものかもしれません。

ここまでは女性の美しさや愛する気持ちが描かれていましたが、ここからは少し八つ当たりのような、少し歪んだ愛情も見られます。

すぐにさよならしてしまう女性への恨み言が出てしまう。

もっと話したかったのに、という気持ちが、「畜生め」という悪態になって出てきています。

所詮は夢物語

氷雨に打たれて鼻垂らし

私は右手に猫じゃらし
きょうびこの程度じゃ騙せない
朝まで彷徨うとこしえに
地獄の閻魔に申し入り
あの子を見受けておくんなまし
酔いどれ張り子の物語
やったれ死ぬまで猿芝居

Cメロの歌詞です。

「氷雨に打たれて鼻垂らし」はみっともない男性の姿でしょう。

「右手に猫じゃらし」とはどういう意味なのでしょうか。

「猫じゃらし」は後ろで結んだ帯の両端を不均等に長く垂れ下げたもの、という意味もありますが、この後の歌詞からしても、「女性の気を引くもの」の比喩と考えられます。

「きょうびこの程度じゃ騙せない」とあるところから、今までの歌詞を踏まえて、お金、泡銭、といった意味かもしれません。

はした金では女性に振り向いてもらえない。

朝まで飲んで永遠にさまよっても、何も解決方法が見つからない。

だから地獄の閻魔様に申し入れして、「あの子を見受けておくんなまし」=自分のものにしてほしい、と祈ってみる。

けれどもそれは単なる夢物語で、閻魔様が願いを叶えてくれるわけもない。

「酔いどれ張り子」=酔ってはりぼてのように空っぽの自分の、ただの物語。

お店の女性は男性に対して、恋人のような演技をしてくれますし、「やったれ死ぬまで猿芝居」で、結局現状のまま変わらない、演技での恋人のような関係を皮肉る様子が見えます。

この部分は一続きになっていて、酔って醜態を晒しながら、女性への想いを抱き続ける男性の様が感じられます。

酒を飲んだ時のことを思い出しながら作った曲であると米津玄師さんが答えていますが、酔いに乗じて女性への想いがかなり溢れ出しているように見えます。

より強く残る嫉妬と、変わらない日常

あなた フラフラフラ フラミンゴ
鮮やかな フラフラフラ フラミンゴ
踊るまま フラフラ笑ってもう帰らない
嫉妬ばっか残して
毎度 あり次はもっと大事にして
宵闇に 爪弾き 花曇り 枯れた街 にべもなし 鼻へらり

最後の部分は初めとほぼ同じです。

一つ違う点は、初めのサビは「寂しさと嫉妬ばっか」残していたのが、「嫉妬ばっか」になっています。

後半に行くにつれ、だんだんと歪んでいく、嫉妬心が強くなる男性の様子のように思えます。

最後の部分は初めに戻り、またふりだし、日常に戻るような感じでしょうか。

男性の気持ちは強くなっているのに、関係性は変わらないままといった様子です。

 

まとめ

「みっともなさ」をテーマにした曲とのことでしたが、男性の「嫉妬」や「どろどろした気持ち」が描かれた、テーマ通りの曲のように思えます。

遊郭の遊女と客のような情景ではありますが、現代にもこういった感情は残っていますし、自分と重ねてしまう人もいるのではないでしょうか。

1曲通してみて、フラミンゴには二重の意味が隠されているのではないかなと思いました。

美しく自分のものにならないフラフラとした女性、そして、酒に酔ってフラフラの状態のみっともない男性も表しているのではないかと、個人的には考えています。

深い歌詞と中毒性のある世界観のある1曲であり、前回のlemonとはまた違った魅力があります。

まだまだ米津玄師さんの活躍を楽しみにしていきましょう!



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