米津玄師『爱丽丝』歌詞の意味・解釈と考察

 

米津玄師さんの『爱丽丝』とてもいい曲ですよね!

しかし歌詞の意味まで読み解いてる人は少ないと思います。

そこで今回も私、砂糖塩味が『爱丽丝』の歌詞の意味を解釈してみたいと思います!

タイトル『爱丽丝』の意味

タイトル『爱丽丝』=アリスは、1865年にイギリスで刊行された児童小説『不思議の国のアリス』からインスピレーションを受けていると思われます。

ディズニー映画『ふしぎの国のアリス』のイメージを強く持っている方も多いのではないでしょうか?

また米津玄師、本人のツイッターには

あと爱丽丝というタイトルはこれまた友達のCHiNPAN@aricui_CHiNPANが作ったタトゥーシールから影響受けました。感謝。因みに爱丽丝は「アリス」と読みます。

https://www.instagram.com/p/BW7sWj7D_bc/

引用:米津玄師 ハチ@hachi_08   https://twitter.com/hachi_08

との投稿がありました。

インスタグラムのリンクを開いていただくと、お友達のCHiNPANさんの首に「爱丽丝」の三文字を見ることができます。ここからイメージを膨らませて、『爱丽丝』という楽曲を作っていったようですね。

米津玄師『爱丽丝』のテーマ

何が正しいか曖昧な世の中で、確かなことは「今」だけだということ。

がらくたのように余計な情報に溢れている現代。

そんな現代に流されている多くの人々を知りめに自分らしく生きる覚悟をした米津玄師さんのプライドと覚悟が練り込まれた『爱丽丝』は、世の中に流される人々を感化させる力を持った楽曲であると、私、砂糖塩味は解釈しました!

米津玄師『爱丽丝』歌詞の意味

不思議の国「現代」への入り口

真っ逆さまに落っこちた ふとした刹那につまづいて

マンホールの中に落っこちた そこからはパラノイア

まず、導入部分から見ていきましょう。

“真っ逆さまに落っこちた”という歌詞。ディズニー映画『ふしぎの国のアリス』で主人公のアリスが、白ウサギを追いかけて穴に落ちてしまうシーンを連想することができます。『爱丽丝』の中では“マンホールの中に落っこちた”としています。

そして“そこからはパラノイア”だと言っています。

(パラノイア:ある妄想を始終持ち続ける精神病。)

映画同様、『爱丽丝』の主人公も不思議の国へ迷い込んでしまうのでしょうか??

 余計な情報に溢れた現代=がらくたの街

心臓のあたりで少年が ひたすらバタバタ駆け巡るまま

今日は何して遊ぼうか がらくたの街の中

少年はがらくたの街に落っこちて、ひたすらバタバタ駆け巡っているとようです。しかも、“心臓のあたりで”と言っていますね。

ということは『爱丽丝』の主人公は“少年”なのでしょうか??

私、砂糖塩味はそう簡単に解釈してはいけない気がしています。

気になります。次を見ていきましょう!

 がらくたの街へ導く兎

姦しまやかしお伽の国で 兎の背中を追いかけていた

どこかの誰かが蓋を開いて ばら撒いた空騒ぎを見ていた

まず用語説明です。

姦し(かしまし):正道にそむく。悪賢い。

まやかし:人目をごまかそうと、見掛けをにせて作り構えること。そのにせもの。

お伽の国:おとぎ話に出てくる、美しく楽しい世界。

上記を踏まえて、この歌詞パート前半一行を言い換えてみると

「偽りの美しい世界で兎の背中を追いかけていた」

ということになります。

そして後半の一行では、誰の仕業かはわからないがその世界が空騒ぎをしているだけで何の意味も生産性もないということを表現しています。

なんとなく、快楽に溺れるだけの世界のことを言っているのかな?という印象を受けました。

一旦、冒頭からここまでの歌詞を整理したいと思います。

ポイントとなるのは“心臓のあたりで少年が”という歌詞です。

私、砂糖塩味は一瞬、『爱丽丝』の主人公は“少年”なのか、と解釈してしまいそうになりました。でも違うんですね。

主人公は「少年が落っこちたお伽の国の空騒ぎを眺めている人」。

『爱丽丝』ではお伽の国は、それを眺めている人の心臓のあたりにあると言っています。今回の考察の便宜上、その人を仮に米津玄師さん自身だと仮定します。

つまり米津玄師さんは

偽りの美しい世界、快楽と空騒ぎのがらくたの街で少年がバタバタしている様子に自分自身の心模様を映し出していたのだと、私、砂糖塩味は解釈しました!そしてその様子はまるで“パラノイア”=病的だと言っています。

整理ができたところで次のサビパートを一緒に見ていきましょう!

今を生きよう

曖昧な意識で彷徨った 摩訶不思議なアドベンチャー

虚しさを抱えたまんま 愛を使い果たした

何の話をしていたっけ フラついて零したブランデー

全てを明日に任せて踊ろうぜもっと

サビパートです。

一節一節を理解しようと時間をかけて繰り返し読んでいたのですが、この歌詞パートは

全体で捉える必要性を感じました。

一言で要約するならば今を生きようということ。

これはほぼ間違いないと思います。

米津さんは、この一言を表すために豊かな表現力を用いて歌詞を綴っています。

人生に虚無感を抱いていること、世の中に確かなものなどほとんどないということ、過去さえも過ぎてしまえばどうでもいいことを連ねた後で、どうなるかもわからない明日のことは置いておいて踊ろう=楽しもう、今を生きようと言っているのだと解釈しました。

 自分らしく生きる覚悟

真っ逆さまに落っこちた さよなら数多のつまらぬ日々よ

計画もなく息巻いて 飛び込んだメトロの中

こんな日々すら万が一 夢幻ならどうしようか

まあそんならそれで大歓迎 こんにちは元の鞘

これまでの考察を踏まえると、

「真っ逆さまに落っこちた」が表しているのは「世間から外れてしまった」ということである、と推測することができますね。

自分は社会生活不適合者なのだと。

しかも、その後「さよなら〜メトロの中」をみてみると、つまらない社会からあえて飛び出したのだという背景が感じ取れます。

後半の二行では、もしもその飛び出した先の世界ですらも、つまらない社会と同じであったらどうしようと想像した上で、それでも構わないと「覚悟」を決めた様子が見受けられます。ダメだったとしても元の世界に戻るだけだと。

もしこれが本当に米津玄師さん自身のことを歌っているのだとすれば、覚悟を決めた道というのは「音楽の世界」ということになるでしょう。

続いてみていきます。

 右倣えを求める現代

「この街はもう駄目だすぐ逃げろ」と メゴラに跨る魔女が言う

実を言うならばそんなこと知ってんだ とかくわたしは疲れ果てたんだ

「音楽の世界では生きていくことができないからやめた方がいい 」

それを“「この街はもう駄目だすぐ逃げろ」と”で表していると思われます。

メゴラに跨る魔女は文明の力に頼って、正義という盾に身を隠した偽善者です。

そして米津さん自身は「そんなことはわかってんだ」と、音楽の道を志す中で様々な心の葛藤や苦しみがあったと思います。そして音楽を夢にしている人への風当たりというものは強く「音楽なんて才能のあるやつしか叶わないからやめた方がいい、現実を見ろ」などと言われてしまうことは少なくないと思います。

そんな日常に辟易していたということでしょう。

確かなものは「今」だけ

曖昧な意識で彷徨った 摩訶不思議なアドベンチャー

虚しさを抱えたまんま 愛を使い果たした

何の話をしていたっけ フラついて零したブランデー

まだまだまだ今日よ続けと歌おうぜもっと

先ほどのサビパート同様、世の虚しさを綴った上で

“まだまだまだ今日よ続けと歌おうぜもっと”と

過去のこと、見えない未来のこと、そんな不確かなものは置いておいて、

今を楽しんでいこうという主張を読み取ることができます。

葛藤を乗り越えて

曖昧な意識で彷徨った 摩訶不思議なアドベンチャー

虚しさを抱えたまんま 愛を使い果たした

何の話をしていたっけ フラついて零したブランデー

全てを明日に任せて踊ろうぜもっと

この歌詞は一番の歌詞と同じですが、曲のアレンジが少し変化していますので、その観点から考察してみます。

このサビパートは不安感を煽る間奏パートの後にきています。

そしてアコギのコードをシンプルに鳴らしながら、一言一言を確かめるように歌っています。

不安感を煽る間奏は、様々な心の葛藤を表し、それを越えた後に

「曖昧な世の中で確かな今を楽しく生きていこう」と強く再確認するパートだったのではないかと解釈しました。

操作される人々

遠くで何かが燃えていた 真っ黒焦げ星とタイヤ

側には群がる人と 目を見張るドローン

何の話をしていたっけ 染み付いて残ったブランデー

全てを明日に任せて踊ろうぜもっと

そして最後のパートです。

一行目は「メゴラに跨る魔女」が燃えたことを表しています。

つまり社会の流れに乗っていれば安心だ、という安易な生き方をする偽善者は廃れるのだということを揶揄しています。

“側に群がる人と目を見張るドローン”

は何かニュースがあればこぞって騒ぎ出す現代の人々を表し、そしてそれはただ何かに(例えばメディアなどに)監視され操作されているだけなんだ、ということを表現しています。

つまり、メゴラに跨る魔女と側に群がる人は=で結ばれています。

後半の二行からは米津さんが自分の芯を持って生きているということが感じられますね。世間一般とは違う軸で生きているということが表されています。

自分さえもどうなるかはわからないけど、メゴラに跨る魔女のように人のことを気にしてる暇があれば“全てを明日に任せて踊ろうぜもっと” と言いたかったのかもしれませんね!


最後に

米津玄師さんの『爱丽丝』。非常に考察が難しかったです。

がらくたの街、お伽の国、そんな現代の様子を斜め上からみている感じがしましたね。

本家の「アリス」は、少女が不思議の国に迷い込んだお話。

そしてこの『爱丽丝』は、米津さんにとっての不思議の国である現代に迷い込んでしまったお話。

米津玄師さんの芯の強さというか、覚悟の強さというか、プライドのようなものを感じられる歌詞でした。

米津玄師さんの楽曲を聴く時は、「このワンフレーズは何を示しているんだろう?」とクイズ感覚で聴いてみると楽しいかもしれませんね!

本当に奥が深い楽曲だらけでびっくりです!

また米津玄師さんの楽曲は考察しますので、楽しみにしていてくださいね!

コメントもお待ちしております!



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