砂糖塩味の「楽曲考察・解釈記」

楽曲の歌詞やMVから意味の解釈・考察をしていきます

米津玄師『灰色と青(+菅田将暉)』歌詞の意味・解釈と考察

フォロワー7000人ありがとうございます!!
作者の意図や訴えを知ること、考えることでその音色は何通りにも変化します。
しかしながら多くの方々はメロディーと歌声ばかりに耳が向き、「作曲された意図」を考えていません。
私はそんな方々の代わりに楽曲の解釈・考察をして、新たな音楽の楽しみ方を提供したいと考えています。
「楽曲考察」の文化を一緒に築き上げて行きたいです。

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米津玄師さんの『灰色と青(+菅田将暉)』とてもいい曲ですよね!

しかし歌詞の意味まで読み解いてる人は少ないと思います。

そこで今回も私、砂糖塩味が『灰色と青(+菅田将暉)』の歌詞の意味を解釈してみたいと思います!!

タイトル『灰色と青』の意味

 「灰色」は、灰の色のような、黒と白の中間のくすんだ色。ねずみ色。

比喩的に、陰気なこと、味気ないこと、を表します。

 

「青」は晴れた秋空や藍(あい)染めのような色。また、その系統の色。

 

今回のタイトルの場合は、比喩的に使われていそうですね!

米津玄師『灰色と青』のテーマ

「君」がいない灰色の世界=色のない世界から、青の世界=晴れた空のように鮮やかな世界へと歩き始める。

 

この曲はそんな自分を中心に回る世界を描いた一曲なのです!

米津玄師『灰色と青』歌詞の考察

何も変わらない、変われない「僕」

袖丈が覚束ない夏の終わり

明け方の電車に揺られて思い出した

懐かしいあの風景

たくさんの遠回りを繰り返して

同じような街並みがただ通り過ぎた

窓に僕が映ってる 

 「袖丈が覚束ない」

夏本番は通り過ぎてしまったけれど、まだ暑さが残る夏の終わり。

半袖を着ている人が多いんでしょうね。

もうそろそろ夏も終わるけど、まだ半袖を着ていて、季節にはまりきってない状況です。

「君」といた無邪気な日々

君は今もあの頃みたいにいるのだろうか

ひしゃげて曲がったあの自転車で走り回った

馬鹿ばかしい綱渡り 膝に滲んだ血

今はなんだかひどく虚しい

 「君」といた無邪気な日々を思い出しています。

馬鹿ばかしいと思えるような、そんなくだらない毎日が何よりも

輝いていたんだと、当時のことを回想しています。

 

「君」も覚えてくれていますように

どれだけ背丈が変わろうとも

変わらない何かがありますように

くだらない面影に励まされ

今も歌う今も歌う今も歌う

 あれからは時間は過ぎたけど、そんな素敵な思い出が

「僕」を励ましてくれている今。

「君」もどこかで幸せにやっているかな?

そんなノスタルジックな想いに駆られています。

 

時間に追いつけずにいる「僕」

忙しなく街を走るタクシーに

ぼんやりと背負われたままくしゃみをした

窓の外を眺める

心から震えたあの瞬間に

もう一度出会えたらいいと強く思う

忘れることはないんだ

「忙しなく〜くしゃみをした」が表現しているのは、

忙しく過ぎていく時間に追いつけず、あの頃と何も変わらない、変われない自分がいるということです。

 

今も「君」のことが忘れられずに、空虚な日々を過ごしていることが伺えます。

時計の針は止まったまま・・・

君は今もあの頃みたいにいるのだろうか

靴を片方茂みに落として探し回った

「何があろうと僕らはきっと上手くいく」と

無邪気に笑えた 日々を憶えている

 「靴を片方茂みに落として」も、そんな困難があっても自分たちなら

探し出せる、絶対うまくいくんだと、無邪気に笑い合えたことを思い出しています。

 

「僕」の中の時間が「あの頃」のまま止まっていることがわかる場面です。

時計の針が止まっているんですね。

 

過去に花束を

どれだけ無様に傷つこうとも

終わらない毎日に花束を

くだらない面影を追いかけて

今も歌う今も歌う今も歌う

 来る日も来る日も、「君」を思い、そして「君」がいないことに傷つく毎日。

それなのに、いまだにくだらない面影や思い出に恋をしたまま、過去の記憶に花束を贈ってしまっています。

 

すべてが灰色に映る

朝日が昇る前の欠けた月を

君もどこかで見ているかな

何故か訳もないのに胸が痛くて

滲む顔 霞む色

 その景色だけを切り取ってしまえばどこにでもあるものですが、

今の「僕」は、そんなありふれた情景を見ても胸が痛くなってしまうほど、

「君」のことが忘れられずにいます。

 

もう一度、やり直せるものなら

今更悲しいと叫ぶには

あまりに全てが遅すぎたかな

もう一度初めから歩けるなら

すれ違うように君に会いたい

 

もう一度、どこかで偶然出会えないかと「僕」は思います。

今までの過去もなかったかのように、新しく二人の関係を始められたら、やり直せたらいいのにと、後悔の気持ちが伝わるパートです。

 

堂々巡り

どれだけ背丈が変わろうとも

変わらない何かがありますように

くだらない面影に励まされ

今も歌う今も歌う今も歌う

 やっぱり「僕」は変われないでいるんですね。

堂々巡りの中にいることがこのサビでわかります。

もう思い出になっていることはわかっているんです。

それでも記憶の中の「君」をずっと忘れることができません。

 

「今も歌う今も歌う今も歌う」

今も「君」といた美しい日々が輝いています。

 

青の世界へと歩き始める

朝日が昇る前の欠けた月を

君もどこかで見ているかな

何もないと笑える朝日がきて

始まりは青い色

「もう終わったことなのにまだ忘れられないでいるよ」と、いつまでも前に進めずにいた自分に客観的に気づく場面ですね

何か整理がついたように感じられます。

 

「何もないと笑える朝日」

切ないですが、前を向けた瞬間かもしれません。

明け方の青に溶け込んでいく。

 

最後の最後に「僕」の止まっていた時計の針が動き出す。

そんな瞬間を迎え『灰色と青』の終わりを迎えます。

 

最後に

米津玄師さんの『灰色と青(+菅田将暉)』の解釈と考察、いかがでしたか??

私、砂糖塩味が以前考察した同じく米津玄師さんの『orion』のアフターエピソードのように感じられました。気になった方は合わせて読んでみてください!コメントもお待ちしていますね!

www.sugar-salt.com

 

今回も楽しく考察させていただきました!

次回もお楽しみに♪